冥狐ノ契り

如月 月華

序章__


篝火黎(かがりび れい)が生贄に選ばれたのは、雪の降り始めた冬の夜だった。

村の小さな家の一角では、震えるような静寂が辺りを包んでいる

火の気がほとんどない薄暗い室内で、黎は膝を抱えながらじっと座っていた。


彼の小さな体には、今は亡き祖母が編んだ古びた毛布がかけられている。だが、それでは凍えるほどの冷気を遮ることはできなかった。風が戸の隙間から吹き込み、彼の頬を刺すように冷たくなでていく。


外では、村の男たちが小声で話し合っていた。聞こえてくるのは、どれも黎の運命を決める内容ばかりだ。


「次だ4年後……あの子を祠に連れて行く。」


いんが出たんだ。他に選択肢はない、我々の村が滅びるわけにはいかん。」


「面隠れ達の怒りを鎮めるために毎年一人を捧げている。それが決まりだ。」


黎が住んでいる町外れの村では昔からの習わしで3年に1人、村に住む10を迎えた男女の誰かの体のどこかに黒で印が刻まれる。

印が出たものは神から選ばれたものとして生贄に出される。それが決まりだ。


彼らの声は、冷たい冬の風にかき消されるように途切れ途切れに聞こえる。それでも、その意味ははっきりと黎の耳に届いた。


――生贄。


幼い黎にも、その言葉が何を意味するのかは理解できていた。村がこれ以上災厄に襲われないために、誰かが犠牲になる。それが自分であることも、とうの昔に察していた。


(どうして僕なんだろう……。)


その答えを誰にも問うことはできなかった。

自分の印が出た左頬を片手で触れながら涙を流す。

彼の目には、生まれた時から他の人には見えないものが映り込む。その力が異端だとされ、村の人々に疎まれていることを、黎はよく知っていた。


――「お前のせいだ。」


かつて、そう言われたこともある。村に面隠れ達が現れ、村の4割が炎に包まれた日、大勢の人が家を失い、悲しみに暮れる中、黎は炎の中に揺れる奇妙な影を見た。それを口にした瞬間、大人たちは黎を睨みつけ、口々に責めた。


「こいつらを呼び寄せたのはお前だ!」


そのせいで黎の両親は自害に追い込まれ、10歳になった年にそれまで育ててくれた祖母も他界した。


それ以来、彼は自分の目に映るものを誰にも語らなくなった。それでも、村人たちの間での彼の存在は、「災いの子」として固まってしまった。







____冥狐ノ契り《めいこのちぎり》

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