13 まだ続けますか
月夜の光で満たされるその部屋に入ると、やわらかい炎の明かりのもと、物書きをしている人物がいた。
「シンクレア? ちょっと、待っててね。えぇっと……これが……こうだから……」
白ワンピに黒いローブ姿の彼女は、アイリス・アイオライト。青紫色の瞳に栗色の髪のハーフアップがとってもエレガントなお姉さん。薔薇の花のいい香りがします。
私は手持ちのぬいぐるみのベリクマの背中から、あめ玉をひとつ取り出すと口に頬張り、アイリスの作業が終わるのを静かに待ち続けた。
「──12260822、かな。お待たせシンクレア」
「なにしてたの? アイリス」
「前から少し気になっていた事象の数式があって、それを解いていたの……そうだ、これを今回の宿題にしてみましょう」
胸の前で両手を合わせ、笑顔のアイリス。彼女は博識で色々、大抵のことは何でも知っている。実に私も、さまざまなことを教わった。
例えばこの世界。精神と物質のはざまに存在し、時は複製と消滅で刻まれている。
【精神〈 世界 〉物質】
具体的には分厚い本を思い浮かべる。1ページそのものが現在で前後ページが過去と未来。時を刻むということは、次のページに現在を複製する。そして今まで現在だったページは消滅する。それは同時におこなわれる。
つまりは静止しているものが連続で複製と消滅を繰り返し、時間を認識しているということ。なので消滅している過去にはいけない。そして複製されていない未来も同様のこと。あるのは今だけだ。
私はその複製のときに、自分の精神と物質、心と体を目視できる範囲以内で移動させている。これにより魔量子転移──テレポーテーションを実現している。
もちろん、魔力消費量がえげつないです。なので『あめ玉』という名の魔晶石をカリカリポリポリ……おかげさまで軽くギザ歯です。
「うん、わかった。やってみるね」
「それで、今日はどんなことがあったのかしら?」
「えっとね……──で、めちゃくちゃ追いかけられた」
「ウフフッ。まぁまぁ、それは楽しかったわね」
私は彼女の、アイリスの優しい笑顔が大好きだ。初めて会ったのが彼女だということもあるが。もし世界に終わりがあるとすれば、それは彼女の笑顔が消えるときだろう。
──トン! トン! トン!
「はい。どうぞ……」
「……失礼します」
部屋を訪れたのは、黒装束姿のアイシャ・アメシスト。紫色の瞳に藍色の髪のポニーテールがとってもクールなお姉さん。腰に2本の刀剣を装備し、鋭い眼差しです。
「例の件の報告なのですが、対象者の接触に成功し数日が経過。関係者および、所在地の特定が完了したようです。追跡調査はまだ続けますか?」
「そうね……もう少し様子を見てみましょう。対象者の言動を監視してください。なにかいつもと違う変化があれば、即時行動を開始したいと思います。皆にそう伝えてください」
「承知しました。それでは失礼します……」
去り際にアイシャが私の頭を『ポンッ』としていった。
【13 まだ続けますか】────
────【14 なんやかんやで】(予告)
そこは仄暗い場所、地下迷宮の奥底。誰もおらず退屈で、何もないのが当たり前の毎日だった。それが私の最初の記憶だ。
次の更新予定
◆闇の陰刃【Shadow Braid of Dark】 なおみこ @naomiko
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