第6話 駄菓子屋の源さん
最初の目的地に辿り着いた。
通りの片隅にある小さな駄菓子屋。
入り口はシャッターのみ。
お店が開いていると吊り下げ菓子がまるでお店の暖簾の様に垂れ下がり、様々な駄菓子が雛壇になって陳列されているのが見えた。
店に立つと幼かった頃の記憶が蘇る。
「お母さん、あの店に行ってもいい?」
無邪気に尋ねると、母は微笑んで頷いた。
一目散に駄菓子屋へ駆け寄り、扉を押し開ける。
中に入ると、色とりどりの駄菓子が所狭しと並び、甘い香りが漂っていた。
「いらっしゃい、坊や。」
カウンターの奥から聞こえてきた声に、顔を上げた。
そこには、年老いた駄菓子屋の亭主が柔らかい笑顔を浮かべて立っていた。
白髪混じりの髪を整え、少し曲がった背中を支えながらも、彼の目は優しく輝いていた。
「好きなものを選びなさい。今日のおやつは何にする?」
大きな瞳で棚を見渡し、迷いながらも一つの飴玉を手に取った。
それを見た亭主は微笑みながら、
「それは良い選択だ」と言った。
母から貰ったお小遣いでいくつかの駄菓子を買い、満足そうに笑った。
その姿を見た亭主は、ふと何かを思い出したように、一つの飴玉を取り出し差し出した。
「これは、特別なおまけだよ。坊や、覚えておきなさい。人生は、時に苦く、時に甘いものだ。苦い時でも、この飴のように甘い瞬間がある。それを忘れないで前に進むんだ。」
子供ながらにその言葉は、幼い心に深く刻まれた。
駄菓子屋の亭主は、訪れるたび少しずつ人生の教訓を教えてくれた。
やがて、駄菓子屋は俺にとって特別な場所となり、亭主は人生の師とも呼べる存在になっていった。
しかし、時が経つにつれ、商店街は変わり始めた。
新しい大型店舗が次々と建ち、古くからの店々が少しずつ姿を消していく中で、駄菓子屋もその波に飲まれていった。
ある日、いつものように店を訪れると、そこには「閉店」の張り紙が貼られていた。
戸惑い、店の中を覗くと、そこには疲れ切った表情の亭主が一人、静かに佇んでいた。その目には、かつての輝きはなかった。
「坊や、すまないな。もう店を続けることができなくなったんだ。」
言葉を失い、何も言えなかった。ただ、胸の中で何かが壊れる音がした。
そしてその日を最後に、俺は駄菓子屋を訪れることはなくなった。
だが、亭主の言葉は大人になった後もずっと心の中に残り続けた。
過去の記憶に浸っていると、薄暗い駄菓子屋の奥から亭主が姿を現した。
雰囲気が他の世次元の人達と違う。
亭主の身体から黒いモヤが出ていて悪い神がついているのがわかる。
神機を握りしめ、目の前の駄菓子屋の亭主を見据えていた。
かつては温かい微笑みで、人生の教えを説いてくれた男。
しかし今、その目には冷たい光が宿り、手には古びた菓子袋が握られている。
酷い化粧を施した出来損ないのピエロみたいな顔。バッ○マンに出てくるピエロみたいだ。
かろうじて見慣れたエプロンと、主人が好んで履いていたGパンとサンダルで駄菓子屋の主人と解る。
「久しぶりだな…坊や。」
亭主の声には、かつての優しさがほんの僅かに残っていたが、すぐにその表情は憎悪に歪んだ。
雫は店の奥を見て顔を青ざめる。
俺も雫の視線の先に何があるかを理解し、背筋がぞっとした。
店の奥で飴を配っていた少年があられもない姿で磔にされている。
「こいつはうちの飴を奪おうとしたんだ。大事な大事なうちの子達を取ろうとしたんだよ。」
主人はニタァと歪んだ笑みを浮かべる。
「メイク・ミ〜・キャンディ〜♪」
そう言って少年の指に触れると、指は飴に変わり、乾いた音を立てながら床に落ちた。
「.……ぁあ.……ぁあああアアア!!」
少年は自分の指が飴になり抜け落ちるのを見て慟哭する。絶望の表情に、駄菓子屋の主人は満悦の笑みで答えた。
「くぅくくくくくっ、これで飴を配る事も出来なくなるね。このままだと寂しいでしょ〜?、君もこの店の仲間にしてあげよぉかあぁ(ハート)」
駄菓子屋の主人は少年の悲痛な姿を弄ぶ。歪んだ顔を少年の顔に近づけ、目の前で飴にした指を舐めまわした。
惨烈な光景に俺の怒りは極限にまで達していた。
膜が破けたかの様に視界はクリアになり、全身を嘶きを上げる意識は僕の胸を揺さぶる。
手が拳をつくり、忘れていた何かが雄叫びを上げ、怒りが止まっていた心のスイッチを入れた。
「源さん!!!」
駄菓子屋の主人の名前を叫ぶ。
殺気を感じた主人は姿勢を変え、戦闘体制に入る。
「坊主もワシから全てを奪うのか!!」
駄菓子屋の主人は唾を飛ばし、叫び散らす。
手にした菓子袋からカラフルな駄菓子が束になって空を裂くように向かって飛んできた。
それに答える様に神機の表面の革が波打ち、神機全体がしなやかに変形していく。
手のひらを通し、産声を上げる神機の全てが俺の頭の中に入ってくる。情報の渦が頭の中を駆け巡った。
鈍い金属音を立てながらバッグの底が開く。
内部から複雑な機械音が響き、バッグの底から無数のミサイルの先端が姿を現す。
飛んでくる駄菓子を睨みつける。
「行け」
その瞬間、その言葉に応えるかの様にミサイルの表面に漆黒の光が走り、バッグの底から流星の如く無数のミサイルが勢いよく飛び出した。
漆黒の煙は辺りを覆いつくし、無数の漆黒の煙の尾が空を裂くように駆け巡る。
ミサイルで飴玉やチョコレートが散り、地面にパラパラと降り注ぐ。
爆発音と雨が地面に落ちる乾いた音が止み、静寂に包まれる。
「あははは!坊主は黒か!!!黒の神機持ちか!!黒ってこったぁ、よっぽど苦い経験を!あの世で生き地獄を経験しただろうに!」
駄菓子屋の主人は目の前に広がる漆黒の煙の壁に言い放ち、静寂を破った。
その瞬間、ロケットが雲を突き抜けるように、漆黒の煙の壁から現れた俺は駄菓子屋の主人に蹴りを喰らわせる。
溝おちにクリーンヒットした主人は店の奥に吹き飛ばされ、店は半壊し、少年は開放された。雫は直ぐに少年を保護し、前線から距離を置く。
「ぐぅぅうれいとぉ〜。坊主、成長したじゃないか。」
駄菓子屋の主人が頭から血を流しながら、店の奥からヒタヒタと出てきた。
「坊主よぉ、人の店こんなにして。損害賠償ってやつよ。その体をもってよぉ、ワシをメイク・ミー・ハッピーにしてくれるかぁ!?」
更に化粧が崩れた顔と睨み合う。
「民法709条!!!ビバ民法!!」
血混じりの唾を吐きながら、天に仰ぐように両手を広げ駄菓子屋の主人は両手で指を弾いた。
「パチンッ!」
駄菓子屋の主人の周りに無数の神使が現れる。
「坊主、遊びは終わりだ。総戦力で相手してやるよ。」
駄菓子屋の主人が呼び出した神使は、人気及ばず生産中止になったお菓子のキャラクター達の姿をしており、どの個体も返り血を浴びた邪悪な姿。体長は2メートル近く、手には致死率の高そうな鈍器を持っている。
「堕伽士(だがし)達!!こいつを肉塊にしろ!!」
目を見開き、唾を吐き散らしながら駄菓子屋の主人が叫ぶ。それに応え、堕伽士達が囲い込む様に迫ってきた。
「その言葉、そのまま返してやるよ。」
「パチンッ」
右手を駄菓子屋の主人に向け指を弾いた。
無数の式神が現れる。
「そぉんな!可愛い黒猫ちゃんで堕伽士は殺せねえぞぉ!!」
駄菓子屋の主人は馬鹿にする様に吐き捨てる。
「パチンッ!」
次は両手で指を弾いた。
式神達の目は青から赤紫色になり、野獣のこどき体格に変わっていく。それは正に黒い虎だ。2メートル近い堕伽士をゆうに超え、赤紫色の目が迫り来る堕伽士達を睨みつける。
「殲滅しろ。」
その一言で堕伽士達は一瞬の内に四肢をもぎ取られ、抵抗も虚しく腹を破られ臓物をばら撒かれた。
獣の圧倒的暴力。
神使達は商店街の一角を、バラバラにした四肢と臓物で赤く染め、役割を終えると背景に溶ける様に消えていった。
やはり、神使の姿になった式神は長く続かない様だ。
駄菓子屋の主人は圧倒的な力に後退りする。
「この世界に来ても奪われると言うのか。しかし、もう力は残っていまい!!」
亭主はさらに菓子袋を振り回すと、次々と色とりどりのキャンディが巨大な嵐のように巻き起こり、俺を包み込もうとする。
天に向かい神機を高く掲げると神機は再び変化し、巨大な盾となった。
キャンディの嵐が襲いかかるが、盾がそれを全て受け止める。
「坊や、まだ終わらんぞ…!」
亭主が菓子袋を地面に叩きつけると、袋の中から巨大な砂糖菓子の蛇が這い出し、俺に向かって鋭い牙を剥き出して襲いかかってきた。
「!!」
蛇の動きはまるで稲妻のように速く、神機がそれを捉える前に、蛇の胴体が俺の腕に巻きついて締め上げてくる。
目の前に表示されているステータス画面が青から赤に変わり、スーツの耐久ゲージが短くなっていくのが見える。
そして、耐久ゲージがゼロになりスーツから黒煙が勢いよく吹き出したその瞬間。
『天十握剣』
ステータス画面は一瞬乱れ、目の前に赤い文字が浮かび上がった。
瞬時に神機は10本の剣に変わり、剣は蛇が絡み合う様に絡み合い大剣を形成した。
巨大な剣になった神機は、身体に巻き付いた蛇の胴体を一閃した。
絡み合った剣の隙間からは漆黒の炎と漆黒の煙が出ている。
大蛇は切り裂かれた瞬間、まるで炎に包まれたかのように燃え上がり、その残骸は火の粉になり灰になっていった。
スーツから出た黒煙は身体を纏い、無数の稲光を光らせている。
「終わりにしよう…」
心を静め、神機に意識を集中させる。
身体を纏う煙と神機から出る漆黒の炎が大剣全体を覆うように渦を巻く。
大剣を強く握りしめ、深く息を吐き、一気に亭主に向かって突進する。
駄菓子屋の亭主は反撃しようとするが、大剣の刃が彼の胸に突き刺さると、その動きは止まった。
「坊や…」
亭主の声は微かに震え、かつての優しさが一瞬戻ったように見えた。
次の瞬間、彼の背中から悪い神が半身をむき出し姿を現した。目と鼻はなく、口だけの顔。身体は骨と皮。血の気が全く感じられない青白い肌が異質さを感じさせた。
悪い神は神機の漆黒の炎に悶え苦しみ、駄菓子屋の主人の身体に戻ろうとするが傷口についた漆黒の炎に消える気配はなく、戻ろうにも戻れなくなっている。
「ご主人、あれが取り憑いている悪い神!」
雫が指を刺す。
亭主は突き刺さった大剣を振り払い、息を荒げながら距離を取った。
その目には憎しみと悲しみが交錯しているようだった。
「坊や…いや、お前も、かつては純粋な心を持っていた。お前のような子供たちに、駄菓子を通して少しでも役に立ちたいと思っていたんだ…」
亭主は苦しそうに声を絞り出しながら、菓子袋を握りしめた。
袋の中から、昔嗅いだ駄菓子の匂いがかすかに漂ってくる。
「でもな…時が経つにつれて、俺の店に来る子供たちや大人達は変わっていった。大人達の無茶な要求、そして子供の万引き…そんな子供たちを見ているうちに、俺の心は少しずつ壊れていったんだよ。子供がやった事と言うが、そもそもそんな事をやろうと芽生える子、そうでない子とはっきりしている。親を見ればほら、親も同じ様に万引きをして、親も親なら子も子なんだよ。」
彼の声には深い絶望が込められていた。黒いモヤが再びその身体を覆い、悪い神の力が彼を蝕んでいることがわかる。
「私は、もう何も信じられなくなっていた。誰も…。ただ、壊れていくばかりだったんだ。人は落ちたら完全に戻る事はない。くしゃくしゃに折れ曲がった紙を戻そうとしても2度と戻らない様にな。」
俺は駄菓子屋の主人との優しい昔の記憶を蘇らせながら、その言葉に耳を傾けた。
かつて俺はこの店で温かい言葉をもらい、励まされてきた。今、その恩人が目の前で苦しんでいる。
「あなたは俺にとって、大切な存在だった。幼い頃の俺を支えてくれたあの日々、あなたは誰よりもかっこいい大人に映っていた。社会に出て自分だけが可愛い大人達に出会って、時には醜い心で人を見た事もあった。それでも、俺が落ちなかったのは、世の中、そういう大人ばかりでないとあなたに教わったからだ。俺は決して忘れない」
神機を再び握り、力を込めた。
「だからこそ、終わらせるんだ…あなたの苦しみを」
神機が輝きを放ち、大剣から白銀の光が溢れ出した。その光は、悪い神の黒いモヤを打ち消すかのように、駄菓子屋の亭主を包み込んでいく。今まで感じた事ない力の螺旋が身体を包み込む。
「…坊や、俺は…。」
亭主は微かに涙を浮かべたが、その瞳には安堵が浮かんでいた。
「ありがとう…そして、さようなら。」
その言葉を聞き届け、大剣を静かに振り下ろした。
白銀の刃が悪い神を亭主から離し、亭主の身体からは黒いモヤが消えていく。
「ご主人!神機を開放して!!」
雫が叫ぶ。
神機は大剣から大きな化け物の口に変わり、亭主を飲み込もうとする。
亭主の顔には穏やかな表情が戻っていた。
「さようなら、そして…ありがとう。」
俺は亭主を見つめ、幼き日の恩人に心からの別れを告げた。
神機は亭主を飲み込み。その後、鞄の形状に戻った神機から1枚の写真が出てきた。
写真が鳥の羽の様に空を舞い、地面に着地する。
写真には駄菓子屋の前に立つ優しい笑顔の亭主と幼き頃の俺が写っていた。
戦いが終わり、駄菓子屋は再び静寂に包まれる。
写真を手に取り俺はかつての記憶を胸に抱きながら、深い息をついた。
「ご主人、よくやったよ。」
初戦に安堵した雫。
感傷的な気持ちと、なかなか消えない戦いの興奮の中、俺は精一杯の作り笑いで答えた。諭す様に雫も微笑み返す。
雫も一緒に写真を眺める。
「駄菓子屋のご主人、すごく優しそうな顔してるね。」
「本当に優しい人だったんだ。」
「ご主人、なんで世界は優しくなれないのかな?」
「そうだな。」
絶望のサバド -限界30歳の復活- ふりかけまひろ @furikakemahiro
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