エピローグ

『よく聞け。お前の力は強力だが、その分反動が強すぎる。自分の命を捨ててまで守りたいと思える相手にしか使うな』


先輩……私、見つけましたよ。自分の命を捨ててまで助けたい、救いたいと思える人が。

胸の前で両手を組み、膝上で眠る満身創痍の彼に祈る——成功したら、すりすりしていいよ。


「私の名前は後輩ガブリエル。世界神に仕える大天使の一柱であり、大切な者を守るためにこの身を犠牲にする者——」

「——っ‼︎き、貴様ぁっ!」


私の目的に気がついたヴェルガノートが禁器アロンダイトの斬撃を放つ。

だが、その一撃は私に届く前にハルカとウォンの魔法によって相殺された。

ありったけの結界魔法が私たちの前に展開された。全身傷だらけの二人が私たちの前に立つ。


「ガブ!私たちが時間を稼ぐわ!」

「ルゼのことは君に任せたよ!」

「二人とも……うん!」


止まってしまった祈りを再開する。

これまで出会い、別れた全ての人たちが私を支えてくれている。

小さく深呼吸。目を瞑り、静かに口ずさむ。


「今、紡ぐは禁じられし古の魔法」


知らない詠唱が自然と口に出る。


「我、望むは勇者の帰還」


言葉が頭の中に流れてくる。


「英雄は明日の希望を願い、勇士は隣に座る王女の笑みを欲す。故に私は今日も祈る。最愛の人よ。世界の救済の為、天の呼び声にその身を委ねよう」


祝福を告げる鐘が鳴った。傷を癒し、悪を浄化する光が私たちを包み込む。

私の純白の双翼を見たヴェルガノートが叫ぶ。


「なぜ……なぜ大天使がここにいるっ!奴らは根絶やしにしたはず。神秘の祭壇を開くことのできる者は、今やこの世界に存在しないっ」

「ヴェルガノート。貴方の敗因は禁器アロンダイトを手にしたことによる慢心。その剣は確かに強い。ですが、ルゼには届かない」

「黙れぇぇっっっ!!!!!!」


アロンダイトが輝き、ハルカの炎獅子を切り刻み、ウォンの土巨人を一撃で吹き飛ばす。

怒りで全身を真紅に染めたヴェルガノートが苛立ちの眼差しをこちらに向ける。


「貴様らがどれだけ強くとも、禁器の頂点に君臨するアロンダイトには勝てぬ。断固あり得ぬのだっ」


アロンダイトが金色の光を放ち、急速に周囲の魔力を吸い込み始めた。

あれがアロンダイトの禁忌解放オーバードライブね。まさに必殺の一撃。

私たちの前で二人の魔法使いがしっかりと手を繋いだ。


「それじゃ、僕たちはお膳立てだね」

「間違っても倒さないでよ?ルゼ以外が倒すと復活しちゃうから面倒なのよ」

「へいへい」


ウォンは禁器ツヴァイハンダーを。ハルカは禁器クレイモアをそれぞれ取り出す。

二人は禁忌の長杖の先端を空中でぶつけると、矛先をヴェルガノートに向ける。


「いくよ!」「了解!」


対の禁器、ツヴァイハンダーとクレイモア。

この二本の杖が重なる時、全てを吹き飛ばす殺戮の旋風が敵を襲う。

古の神の名を授かりし神秘の一撃を今ここに。


「「弩級之殺天風バハムート・ヘブン」」


漆黒の大嵐が音速を越える速度で放たれ、ヴェルガノートの体を瞬きの間に切り刻む。

目を開けることは出来ない。一瞬でも気を抜けばこちらも吹き飛ばされてしまう。

私は膝上の愛する者をしっかりと抱きしめ、破壊の権化とも言える一撃をひたすらに耐える。

——目も開けられない旋風の中、微かに誰かが脚を撫でた。扉がパタリと閉まる。腕の中から彼が飛び出していく。


「手緩いっ!」


雲一つない空から光が差し込み、アロンダイトを天に突き上げているヴェルガノートを明るく照らした。

しかし、すでに全身は傷だらけ。純白の鎧の半分近くは吹き飛び、抉れた胸からは拍動する心臓が顕になっている。


「どうだ……。どれほどの禁器が集まり力を合わせたとしても、アロンダイトの絶対的な力には及ばぬのだっ!」


猛々しく吠えるヴェルガノートを見て、魔力を完全に消耗している二人は——笑った。

確かに、弩級之殺天風バハムート・ヘブンはアロンダイトの禁忌解放に及ばなかった。

でも、全てはこの一撃を決めるための囮にすぎない。

英雄から意識を逸らすために、反撃の一手を決めるために二人は奴を消耗させた。


「何がおかしい……まさかっ!!」

「そのまさかだよ。ヴェルガノート」


どさくさに紛れてヴェルガノートの背後に回り込んだ少年が回し蹴り。

アロンダイトが宙を飛び、地面に深々と突き刺さった。

少年はズボンのポケットに両手を突っ込み、しっかりとこちらに聞こえる声で呟く。


「僕の禁忌は大天使様の御御足おみあしに触れたこと。あと、キスもした。太ももは柔らかかった。色はとても白い」

「! 死ねぇっ‼︎」


放たれた雷撃はルゼに当たる直前で霧に。荊の雨は砂となって大地へと降り注ぐ。

ルゼが笑ってこちらを見た。子供のような満面の笑みで。いつも私に説教されている時みたいに。


「僕は脚が好きだ。故に、彼女の美しい脚はこの世界の何より優先される。もしそれを汚そうとする愚か者がいるのなら……」

『——っ!!』


ゾッと背筋が凍る。慣れることのない全身を刃物で貫かれているような感覚。

立っているのも困難。息を吸うことすら満足に出来ない。

私はよろよろと地面に座り込む。結局、大天使の私でも耐性がつかなかった。

流石に禁器を破壊する禁忌の覇気は彼にも通じたようだ。


「や、やめっ……」

「やめない。君が彼女に触れる資格はない。代わりに僕が触れることなく潰してあげよう。一度不意打ちで殺された恨みもある。死ぬまで絶望と苦しみの中で懺悔を繰り返すといい」


あの日、チェルさんは言っていた。


『異世界の帝王ルゼ。その性格は残虐で強欲。

敵には一切の容赦がなく、自らに手を出した愚か者への処分は死以外には存在しない。これが今の彼の肩書きさね。さて、ガブちゃんはどう書き換えてくれるのかしら?』


「——真之帝王ジ・エンペラー


ルゼを中心として吹き出した黒い霧が、文字通り全てを飲み込み、圧縮する。

まだこんな力を隠していただなんて……。


「バカな……バカなァァァッッッ!!」


呪詛混じりの声が消える。初めから何事もなかったかのように。存在そのものが消えた。

数千年に渡って人間、魔族を巻き込んで世界の頂点を目指そうとした邪神の最期は、随分とあっけなかった。

膝上にしっかりと重みが加わる。触られる。


「ひゃんっ!!」

「あ〜落ち着くわぁ。死んでる間は感覚なかったからさ。このスベスベ感が味わえなくて不足してたんだよねぇ」

「こ、このバカは……」


振り上げた拳を私はそっと下ろす。今日だけは彼の強欲を満たしてもいいのかもしれない。

それが彼のご褒美になるのなら。


「いい匂い……ゴフッ」

「やっぱり降りろ。この変態がっ!!」


後に天邪大戦と呼ばれるこの争いは終結した。

最後の禁器アロンダイトは、ほぼ全壊した状態で見つかった。彼の必殺の一撃を受けて耐えたのだ。流石は最強の禁器。

ウォンとハルカのツヴァイハンダー、クレイモアはロゼリアに渡した。あとは彼女がうまくやってくれるはずだ。

さて——


「ルゼ、いい加減起きてくれない?膝の上に頭乗せられて足が痺れてるんだけど——」

「僕が退くことは決してない。断じてない!」

「はい、精霊之矢ホーリーアロー

「ゴフッ……」


無理やり彼を天井へ縫い付けると、私は洗濯物を干しに外へ出る。

今日はいい天気だ。空がよく見える。

銀の指輪がキラリと光を反射した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

生足天使と禁器収集 @namari600

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ