足好き勇者の禁忌回収

@namari600

プロローグ

「———♪」


普段は何もなく、誰もいない。

そもそも存在すら知られていないこの場所に、今日は透き通るような歌声が響いていた。


「———♪」


歌い手は若い女性……いや、女の子と言うべきだろうか。右手に葉のついた植物の枝を一本持っており、透けた床の上で美しく舞っている。

その姿はまさに”女神”だった。


「———♪」


少女は踊る。絹のように美しい白い髪をなびかせて。

少女は踊る。細い手足を動かすたびに、その周囲で魔力の粒が明滅する。

……何かを呼び出そうとしている?

少女が手を叩くと、足元に精密なる巨大な魔法陣が展開された。


「———♪」


少女の歌が、舞が激しくなる。終盤に差し掛かったのだろう。魔法陣も赤色の光を帯び、別世界の”それ”を呼び出そうとしていた。

ん、少し暴発しそうだな。まったく、あれほど力む癖を直せと言ったのに……減点だな。

両手を前に突き出し、数百メートル離れた場所から魔力回路に接続——頭の中で先日のやりとりが思い出される。


『いいですか!先輩は絶っっっ対に手を出さないでくださいね。こんな私でも成功できると言うことを見せてやりますからっ!!』

『了解した。世界神に誓って手は出さぬ』


……両手がだらんと垂れた。今更何を後悔しても遅いがため息を吐く。

あの御方に誓ってしまった手前、適当な行動ができんな。しかし、仮にも彼女は最上位天使の一柱。そう易々と失うわけにはいかぬ。

だが、他にできることは——


「わわっ!!召喚の魔法陣から煙がっ!!」

「何っ!?」


驚きのあまり声が出てしまい、存在隠蔽の魔法が解けてしまう。もちろん即座に再構築。まだ気が付かれていないようだ。

だが、問題は何も解決していない。召喚の魔法陣は暴発寸前。このままでは彼女の肉片は残らない。

数秒間の黙考。自分の未来と希望を天秤にかける……前に体は動いていた。


「このような問いに悩む必要はないな」


純白の双翼を羽ばたかせ、自分の出せる最大速度で後輩を迎えに移動する。

魔法陣が真紅に染まった。あと数秒でこのあたり一帯は吹き飛ぶ。私の全力でも間に合わないか……っ!?

魔法陣から勢いよく白煙が吹き出した。視界が奪われ、これ以上無理だと本能で悟る。


「ガブリエルっ!!」


白煙に包まれた後輩の名を呼ぶ。一点を見つめ、私は名前を呼び続ける。

……だから私の目はそれを見逃さなかった。

白煙の中で、召喚の魔法陣が正常を示す青色に輝いていたことを。

魔法陣から何かが飛び出し、後輩の両足に抱きつくようにして、爆風に乗って飛ばされていったことを。


これ以上のことを私は知らない。

私も爆風に巻き込まれた。

次に目を覚ましたのは病室だった。

怪我や火傷は治ったが、後輩を失った私の心の穴が塞がる様子はなかった。




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2024年11月24日 20:14

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