異世界転生できたのだから夢オチだけは勘弁してくれ

磁石もどき

第1話 転生

「お待ちしておりました!創造主様!異世界へようこそ!」


スポットライトと共に現れたのは、とても愛らしい少女だった。サラサラとした白い髪は長く腰元くらいまである。真っ赤な瞳はルビーの様で、キラキラと光を受けて輝いている。彼女に釘付けになっていたが、辺りを見渡せばそこは見知らぬ空間で、というか何も無い。


「そ、そーぞーぬし?俺の名前じゃないですけど」

「君の名前くらい知ってますよ!ハジメくん!」

「へ?なんでぇ」


我ながら情けない声が零れた。しりつぼみになるし、ひっくり返るし、まだであって数秒というのに。すぐに自己嫌悪を拗らせるが、いやいやそれどころではないだろうと、無理やり考えを切り替える。


「ここどこ…ですか?」

「異世界ですよー!異世界!」

「はぁ……この暗がりが?」


辺りには何も無く、謎に彼女に降り注ぐ不思議な光があるくらいだ。とすればここは舞台の上かなにかだろうか。


「えっと、ここはお部屋の中と言うかなんというか……ほらあそこに窓が見えるでしょう」


彼女が指さした先には窓があった。よくイラストで見かけるような両開きの窓だ。窓の外を見ればそこには草原があった。遠くのほうに町を囲うレンガの柵らしきものがあったが、何故だろうか。


「なんかちゃっちくね」


そのレンガの柵らしきものは、本当にレンガの柵らしきものでしかない。すごく心許なく、アレで守れるのかと不安がぬぐえない。


「それは創造主様の想像力がちゃちぃからです」

「え、なんで俺のせい」

「だってここ、君の夢の中ですから」


ガラガラと何かが崩れていく。淡い期待はたんぽぽの綿毛のようにどこかへ飛散して行った。本当に異世界転生と思った自分を殴りたい。


「何だただの明晰夢ってことか、ちょっとだけ希望持って損した……本当にちょっとだけだけどさ」


自分でもびっくりするほどにしりつぼみになる。異世界に転生して、魔法とか使ったり、剣とか使ってたたかったり、苦難乗り越えてヒロインと結ばれるとか、若干そんな妄想が全力疾走でどっかに消えていった。


「なんで落ち込んでるんですか?」

「だって夢なんですよね」

「夢ですけど……なんでも出来ますよ?」

「それが俺はあんまし好みじゃないってかなんというか……」


彼女は真剣にフンフンと聞いている。あまりにもその眼差しが真っ直ぐとこちらを向いているから、気恥ずかしくなり思わず視線を逸らす。


「夢って言わない方が良かったんですね!じゃあここは異世界ですよー!」

「流石にそれは厳しいですって」


調子が狂う。夢ならばある意味は安心だ。なんでこんなとこにいるのかとか、目の前の女の子が何者かとか、あまり気にしなくて済む。床に寝転び大きくあくびをし、ケツをかく。夢から覚めればまた仕事か、思い出してしまった作業のあれこれで段々と頭が重たくなる、ヤダヤダとまたひとつ欠伸をすれば彼女は目を丸くしてこちらを見ていた。


「ごめんなさい、酷い顔見せてしまいました」

「なんでですか?」

「ん?」


どう説明したもんかと一瞬視線を逸らした。あまり良い言葉が思いつかず結局は最初に浮かんだままに伝える。


「いや、あくびってこう割と顔酷くならないですか?」

「そうじゃなくて、なんでなんもしないんですか?異世界ですよ!い!せ!か!い!」

「いやだから夢なんでしょ?」

「夢です!でも異世界なんですよ?!なんでも出来るんですよ?!ほら魔王とか、ドラゴンとか、経験値稼ぎとか」

「なんでどんどんしょぼくなってくんですか」


彼女の異世界ゴリ押しは凄まじい。夢もある種の異世界ってことなのだろうか。よくわからんと思っていれば、潤んだ瞳でこちらを見つめてくるもんだから罪悪感がズキズキと心臓を刺してくる。夢って時々リアルな痛みあったりするよなとぼんやり思う。流石に可哀想だと感じ、何かはしてみようと腰をあげる。


「んじゃぁ、なんですかね。すごいパワーとか神託とか頂けばいいんですかね」

「すごいパワーはもう持ってます!先程のしょぼい町のように君は思いついたものをなんでも創り出せる特性を持ってます!」

「俺TUEEEEできそうですね」


彼女は嬉しそうに笑った。表情のコロコロ変わる元気な子だなぁと思った。言葉にたまにトゲがあるのはたぶん、無意識なんだろう。いちいち突っかかるのはやめにした。


「じゃあ例えば最強の剣とか?」

「定番でいいですね!」

「いでよ剣ーみたいな?」


ふざけて水晶で占いをする人のように怪しげに動かせば、手元が強い光を放つ。目を見開けば、その光は3Dプリンターのごとく徐々に剣を編み上げていく。そして出来上がった剣は俺の手元へふわりと舞い降りた。のだが


「いや、何だこのふにゃふにゃ」


剣の柄は茶色で、ツカには赤い宝石っぽいものが埋まっており、刃は何故かふにゃふにゃとしている。あえて解像度を抑えて表現しているドッド絵の剣の方がまだ真っ直ぐだと感じるほどだ。


「最強の剣です!」

「どう見ても序盤の町で手に入る剣ですよね?!いや、主人公が色々あって仕方なしに持っている剣の方がしっくりきますけど?!」

「俺TUEEEE第一弾の始まりですよ!ほらほら、そこのモンスター倒しちゃって下さいよ!」

「いやモンスターって」

「ピギャグギャー!」


恐ろしい鳴き声が聞こえた。まさかとゆっくりと顔を鳴き声の方へと向ければそこには、モンスターがいた。目はぎょろりとでかく、位置が横に揃っておらずその身体は恐らく粘液の塊でできている。いかにも毒攻撃しますという面構えだ。何故か色が幼い子供がクレヨンで豪快に塗ったような配色をしており、不気味さがより一層際立っている。しかもそれが1mはあるのだ、腰が抜けても文句はないだろう。


「ふぁいとー!ですよ!」

「いや怖いですって!」

「大丈夫です!最強の剣があるでしょ? 」

「いやいや、だとしても怖いですって!」


言えるだけ弱音を吐き続けたものの、何故か相手は攻撃してこない。へっぴり腰になりながらもうどうとでもなれと振りかぶるも、距離を見誤りモンスターに刃は届かなかった。しかし少し遅れて斬撃が飛んでいき、パカっと目の前に大きな地割れを作った。地割れを覗き込めば奥が見えず遠くに赤い光がチラと見えた気がした。


「さすがです!」

「わ、わぁ…」


またもや情けない声が出た。つぇぇ!よりも驚きが混ざった結果だ.

謎の始まりの部屋から外へと出れば、外は明るかった。青い空に白い雲、旅立ちにはきっと良い朝なのだろう。そんな爽やかな朝に突如として現れたり地割れは、誰かが語るとするのなら凄惨な戦闘の爪痕、もしくは神の怒りとかだろう。最強のふにゃ剣を背中に背負い、都合よく作られた町への道をたどった。道は森の中を割くようにできている。


「この先に見える町はリマジハです!魔王を倒す勇者を今か今かと待ちわびてます!」

「リマジハってはじまりを逆さにしただけじゃないですか」


安直オブ安直。しかしだからこそ納得してしまった。ここは俺の夢の中だ。もしも本当に異世界ならば文化やら歴史やらしっかり土台があるだろうから。


「ネーミングセンスは酷いですけど、ちゃんと……うん!町にはなってる……はず」


それ以上は何も追求したくなかった。しかしどうせ直ぐに覚めて忘れる夢だ。ヘンテコなりに楽しむのもまた一興なのでは、と思うことにした。


町並みは賑わっていた。モブな顔の男に、モブな赤い髪の男に、モブな青い髪の……


「待って待って?!みんな顔おなじじゃないですか」

「はい!これが君の今の限界です」


髪の色はかろうじて差別化できているものの、みんなよくあるショートカットに何故かスーツ姿。あとはネクタイの色がそれぞれのカラーになっているだけで正直誰が誰とか分からない。


「試しに話しかけてみましょう!異文化交流は大切ですよ!」

「異文化交流って……」


試しにこちら側に歩いてきた赤髪の男に話しかけた。


「こんにちは」

「こんにちは!ここはリマジハ!ちょっと小さいけど暖かい町さ!」

「そうなんですか」


彼は右手をあげ、笑顔でそういえばそのまましばらくその場で立ち止まった。そして、なにか思い出したかのように方向を変換し、真っ直ぐと同じ歩調で歩いていく。あれだ、少し前のRPGの同じルートしか動けない村人の動きだ。


「出来ましたね!」

「ソウデスネー」


そして町中の人々に話しかけてみた。特別興味引くようなセリフはなく唯一あるとすれば「武器屋の店主はココ最近ずっと留守なんだ、魔物にやられたって噂されたりしちゃってさ」くらいなものだ。ゲームなら小ボス倒したら開放される系の奴だろうとか、自分は異世界にいるんだかゲームの中なんだか夢の中なんだかだんだん分からなくなっていく。


「サクサクと王様に会いに行きましょ!」

「なんで?」

「旅立つなら王様に会いに行くのは鉄板じゃないですか?」


彼女に連れられ、気がつけば王様の玉座の前だ。スエット姿の自分は不敬に当たらないかと少しだけヒヤヒヤとした。


「おぉ!勇者よ!よくぞ参った!魔王さ・いきょーが世界征服を目論んでおる。その野望を阻止するのだ!」

「導入雑すぎませんか?」


名前が雑なら旅立ちの言葉も雑で、しかし軍資金ら1000へけとたぶん初期装備と薬草とかなら買えそうな値段だった。


「俺役職勇者だったんですね」

「いいえ、創造主ですよ?」

「さっき王様は勇者って言ってましたよ?」

「王様は台詞が固定なので。それに、王様からすれば魔王に挑んでくれる方は立派な勇者ですから」


「ほんじゃまぁ、ひと狩り行きますか」

「クエストとかガン無視ですか?!お使いしたり、ちまちま経験値稼ぎしたり、装備整えたりって色々あるのに」

「最強のふにゃ剣あるし、頑張れば魔王倒せそうじゃないですか?」


すっかりふにゃ剣で定着してしまった剣が文句ありげに震えた気がした.彼女は何故かどうしようと慌て始めた。


「倒せるとは、思いますけど」


思わずガクッとした。倒すには重要なアイテムがとか、魔王の部下たちを倒さないと、とかなにか障害があるのかとも考えたがそうではなかったようだ。


「魔王城って空にあるんでしたっけ」

「はい、そうです。あの辺に浮いてるのが魔王城です」


彼女が指さした先には、何かが浮いていた。日本の昔の武将のようなお城のシルエットをしており、屋根には金色の何かが二つ設置されているのが辛うじて見える。


「和風だぁ」

「王様に魔王が云々言われてた際に雑に創ったのが原因でしょうね」

「そんな無意識下でホイホイできちゃうんですか?」

「そうですよ?君はこの世界の創造主なんですから、必要だと思ったら勝手に生えてきます」


少しだけこの世界が恐ろしいと思った。脳の中を全て誰かに見られていて、全部勝手に可視化されているだなんて、プライバシーの侵害も良いところだ。顔を青ざめさせていたら、彼女はこてりと首を傾げる。


「どうしたんですか?」

「いやなんでもないです、ひとまずどうやってあそこに」


そう足を踏み出した瞬間、視界ががらりとかわった。比喩とかではなく、今まで雑な町にいたはずなのに目の前には青空の元に堂々と聳え立つ城があった。禍々しい雰囲気もなければ、毒の沼とか、枯れた土地とかもなく、本当に城とそこに続く少しの道だけがあった。


「流石です!瞬間移動ですね」

「もう何でもありかよ…」


せめてウィンウィンウィンって音とか、なんかそれっぽい光とか放って欲しかった。あんまりにもスムーズに移動しちゃうからものすごく戸惑った。玄関口から入っていき、上へと登っていく。


「けっけっけ!人間だ!人間がきたぞ!いきょー様の元へはかせんぞ」

「よくいるゴブリン的なキャラですね」

「そうですね!よくいるゴブリン的なキャラなら、ふにゃ剣で何とかなりますよ」


背中から取り出そうとするも、腕の長さの問題で上手く引き抜けなかった。一度腰元に携え直せば、ゆっくりと引き抜く。


「う、うわぁ!!そ、そのつ……」

「え、えぇ?!」

「すごいです!流石創造主!敵を丸々一掃です!」


「くそ……まさか伝説のふにゃふにゃ剣があるだなんて」

「あの剣は俺のお父様の、お爺様の、兄弟の、奥さんの子供のお友達が、かざーんのマグマに落としたはずでは」

「そこまで行くと他人なのでは?」

「そしてそのお友達が俺だ!」

「どうも……」


敵キャラ達はすぅと灰になった。まるで気でも使われているかのようで、爽快感はあまりなかった。城と言っても日本の武将がいた様な城だ。異世界探検というよりも、ちょっとした旅行というか、日本の歴史の資料館を回っている感じだし。ちょっと思ってたんと違う感が拭えない。城のいちばん高い所へと登れば、そこには大柄の男が外を眺めていた。こちらに気がつけばゆっくりと、顔をこちらに向けた。黒いマントに大きな牛のような角、濃い灰色の肌に、真っ赤な瞳。口元には立派な髭が生えており、背丈は3mくらいあるだろうか。


「来たか勇者よ、セーブするのなら今のうちだぞ」

「メタァい!ってか異世界設定どこいったよ」

「たしかにRPGRPGしてきましたね。」

「というか、できるんですかセーブ」

「ほらほい!っと」


彼女の目の前にホログラムっぽいものが現れた。黒字に白いドット文字で、もちもの、どうぐ、セーブ、設定……とよくあるメニュー画面が現れ、三角のカーソルがセーブを選択した。


「出来ましたよー!」

「あ、あぁ。ありがとうございます」


この際何でもいいやと思い始めてきた。ふにゃ剣を取り出し、適当に構える。うおーと掛け声とともに、思い切り振りかぶり、相手に向かって振り下ろす。すると剣はピタリと止まった。


「は?」

「ふはははは!ふにゃふにゃ剣などとうの昔に克服したわ!」

「貴方いまさっき生まれたばっかですよね!なんでこの人だけやけに設定作られてるの?」

「創造主さんの昔昔に創った最強の敵とかから引っ張り出してきたのかもですね? 」

「なるほど?!」


一度後ろに下がり、間合いを取った。するとふにゃ剣に謎のビームが当てられ、灰となって消えていった。


「俺のふにゃ剣!!」


俺の悲鳴と魔王の高笑いがその場を支配した。思った以上に大ピンチだ。今スウェットだし、ポッケの中に何もあるわけないし。そうこう考えている間に魔王は、まさかの彼女の元へ攻撃を仕掛けた。


「このイキョーの一撃で、海の藻屑となれ!女!」

「なぜ海?!」


咄嗟に彼女を守らなくてはと、走り出す。そうだ最強の盾とか創ればわんちゃん、そう手をコネコネさせれば眩い光を放ち、盾が現れた。だがそれはほんの数歩遅く、魔王の攻撃は彼女を捕える。……そういえば、まだ君の名前も聞いていなかった。


「避けてぇぇ!」

「き、きゃー!!」


彼女の悲鳴とともに凄まじい閃光が放たれた。魔王は炎に包まれ、城をつきぬけ、雷をビリビリとあび、仕舞いには氷漬けにされ、謎に発生したブラックホールに吸い込まれ消えていった。情報量の多さに、思わず下手りこむ。彼女は目を開けばキョトンとした後に、こちらを見ればぱぁっと笑顔になった。


「流石です!創造主様!魔王やっつけちゃいましたね!」

「いや君だから」


こうして、世界に平和が訪れた。

しかし、魔王さ・いきょーが倒されたことにより

各地で燻っていた悪が世界を取ろうと動き始めた

彼らがその事実を知ることになるのは

まだ少し先の話なのである



というエンドロールが流れてきた。

おなじみの黒い背景に白のドット文字だ。

キャストロールに移行すれば

ビジュアル 俺

のような自体が乱発していたので途中でスキップさせてもらった。


「終わっちゃいましたね」

「そうですね……流石にそろぼち起きるだろうし」

「どうでした異世界は」

「異世界ってより出来の悪いRPG感凄かったけど、バグないしまぁうん」


どんな評価をしようが俺のせいになるため、なんとなく言葉にするのをはばかられた。


「宿屋で回復でもして終わるか」


相変わらずノンタイムでスムーズに街へと移動する。目の前にモブキャラの赤い髪が迫ってきて怖かった。進行方向に突っ立ってるとつっかえるアレだろう。


「そういえばさ、君の名前聞きそびれてたけど」


宿屋に入る手前でとうてみた。彼女は扉に伸ばした手をとめ、こちらをみた。


「ユリですよ!」

「ユリか……いい名前だな」

「えぇ、ハジメ君が考えてくれた名前ですもん」


自画自賛している人みたいになって小っ恥ずかしかった。宿屋に入り、床に就く。目が覚めればまた激務が待っているが、現実なんていつでもそうだ。目を閉じゆっくりと呼吸すれば自然と意識は沈んでいく。そして

ことりの鳴き声で目がさめる。シンプルすぎる天井は馴染みのないものだ、窓から差し込む光は眩しく、二度寝を許さない。起き上がり欠伸をすれば、手の感触で目覚まし時計を探すも見当たらない。おかしいなと振り返ればそこには定規で描いたような不自然にまでかくかくとしたクロゼットと、何に使うか分からない謎の宝箱が置かれていた。そこで一気に意識が覚醒し、ベッドから転げ落ちた。

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