故郷に変化を望む者アキハナ。


 午後の暖かな日差しの中、執務室でアディルさまの仕事を手伝っていると、様々な手紙の中の一通に目が止まる。美しい紙の封書を手に取るとペーパーナイフを使い丁寧に開封する。素早く文字に目を走らせ読んでいく。それが待っていた龍王さまからの良いお返事だと分かって顔が緩む。


「アディルさま、龍王さまとマホロさまも一緒に行ってくれるそうです」

「そうか。今度こそ解決するといいね」

「はい」


 ボクの故郷、結鬼村では龍王さまに神鬼の子を生贄として捧げる風習がある。それを無くすために、もう何年もアディルさまと結鬼村に通っているのだけど、話し合いは平行線のまま終わっていた。


「それでいつ村に行くと書いてあるんだい?」

「一週間後に村で待つと書いてあります」

「なるほどね。メルガリスからはギリギリといったところだね。じゃ、今からでもデートも兼ねて行こうか」

「はい!」


 あの日以来、アディルさまは龍王さまと会う機会があったとしても、心を揺らすことはなくなった。大きな変化は、ボクとアディルさまの間にあった壁のようなものは跡形もなく消えて、今は自然な感じに二人で過ごすことができていることかもしれない。



 十日後、結鬼村。


 村に向かっている途中、嵐に見舞われて到着が遅れてしまった。


「無事には着いて良かったわ」

「大変だったな」


 唯一の名もなき宿屋で、マホロさまと龍王さまが待っていてくれた。ボクたちが到着したのを見て安心したのか、遅れたことを咎めたりせず笑顔で迎えてくれた。しかも二人共、龍輝国の正装だ。龍王さまの腰には立派な剣がさしてある。マホロさまの銀の簪には龍があしらわれている。二人の姿に思わず魅入ってしまうくらいかっこいい。


「はい。途中ソラの街で嵐が過ぎ去るのを待ちました」

「ここに来るまでも、川が氾濫してるところもあったけど龍輝国は大丈夫なのか?」

「そうだったのね」

「この村もだが龍輝国の方角は、あまり雨も降らなかったから被害は殆どないな」


 馬車を宿屋に預けてから、話しをしながらボクの家に向かって歩いていく。


「へぇ! やっぱり大きなお屋敷だったのね!」

「一応、村長と言うことになってますから、建物だけは立派なんです」


 マホロさまはボクと逃げた日の、夜のお屋敷しか見たことが無かったようで、驚いた表情で見てる。


「なかなか素晴らしい庭だな」

「だよね。ほら、鯉も元気そうだよ」


 日本庭園に似た広い庭の間の小道を四人で歩く。龍王さまは興味深げに庭に見入ってるし、アディルさまは何度もお屋敷に来てるので楽しそうに鯉にちょっかいを出している。


 ガラガラガラガラー……。


 お屋敷に到着すると、ボクの家でもあるので遠慮なく引き戸を開ける。案の定いつも通り鍵はかかっていない。靴を脱いで入る。


 両親が過ごす部屋は分かっている。迷わずその部屋を目指して畳敷の廊下を歩いていく。アディルさまたちも後ろからついてくる。


「ここです」


 三人が頷くのを確認してから、襖を勢いよくスパーンと開けた。


「アキハナ貴方また来たの?」


 呆れたような顔の母上の腕の中には、前回訪れた時にはいなかった赤子が抱かれていた。


「何度、来ても風習を変えることは許されない。龍王様の呪いを鎮めるのが我が一族の務めなのだ。このままでは災いが起きる」


 父上は苛立ちを隠すことなく、ボクをギラついた目で睨みつけてくる。


「正式に龍王を継承した俺が、生贄を必要としないと言っても変えることは出来ないと言うのか?」


 ボクとアディルさまだけだと思っていた父上と母上が驚きに固まる。


「これまで生贄として捧げられた者たちも生きて、俺の元で仕事を手伝ってくれてる。それでもナリディーアは存在している。だから呪いなど存在しない」


 腰の剣をスラッと抜いて、部屋に灯された仄かな光にかざす。


 すると剣先から、美しい七色の龍がフワリと踊り出た。


「この剣は、龍の一族に伝わるもので王にしか持つことを許されない剣だ。龍王として正式に生贄はいらないと伝えにきた」


 シンッと鎮まりかえった、次の瞬間。


「ありがとうございます」

「ようやく我が一族は許されたのですね。ありがとうございます」


 母上と父上は、涙を浮かべながら感謝をする。


 同時に、これで本当にボクは未来を手に入れたのだと思えた。


「ところで今さらだが、何故このような古い言い伝えを守っていたのかを聞かせてくれ」

「分かりました。お待ちください」


 父上は立ち上がると隣の部屋に行き、すぐに巻物を手に持って戻ってきた。


「これが我が神鬼の一族に代々伝わる巻物でございます。まぁ、荒唐無稽すぎて信じている者はほとんどおりませんがね」


 持っていた茶色く変色した巻物を、龍王さまに渡す。


 受け取った龍王さまは、床に座り込むと紐を解き巻物をスラッと広げた。所々、文字が擦れていたり紙がよれて破れていたりするけど、大切に保管されていたのか全体的には綺麗なままだ。


 マホロさまもアディルさまも、そしてボクも初めて見る書物なので、同じように座って読みはじめた。



—————————



 二億五千万年程前、この世界ナリディーアの中心都市であった結鬼帝国には高度に発達した科学、そして魔法が存在した。


 その帝国の片隅にある研究室では、あまり人に知られてはいない研究がされている。


「遂に完成した」


 少し大きめの家庭用の浴槽に並々と水がはられ、その水中には美しい薄紫色の長い髪を揺らめかせ静かに眠る女性がいる。


「これでナリディーアは滅亡から救われますね」

「あぁ。最先端の科学と魔法を詰め込んだんだ必ず上手くいく」


 浴槽の回りには数十人の白衣を着た科学者が集まって、それぞれに喜び合い涙まで流す者までいた。


「けれど呪われたりしないかしら?」

「ナリディーアを守る為なのだ。彼らも本望だろう」

「……そう、ですね」


 赤い髪をポニーテールにまとめた女性ヨルハが、不安そうに背後を見る。そこには鈍く光る銀色の四角いケースが五つ、無造作に置かれたままになっている。中身は見るに耐えないおぞましいモノだ。


「あとは目覚めを待つだけだ」


 ヨルハの不安げな声は、ナリディーアを守る使命に夢中な科学者たちには届かない。


 皆が実験の成功を祝い酒や食事を賑やかに楽しむ中、ヨルハはこっそり台車に銀色のケースを乗せ部屋を抜け出し研究所の裏手の雑草が生い茂る薄暗い場所に穴を掘り埋めた。


「たとえ世界を守る為とは言え、ごめんなさい……」


 十年後にナリディーアに魔族が襲ってくると、政治家たちが心酔する占い神子に神託が降ったのだそうだ。下っ端の研究者のヨルハには詳しい事を知る権利は無い。


「せめて安らかにお眠りください」


 土を撫でて祈る。埋葬したモノたちは、地域で神と崇められていた龍や鬼と言った神聖な生き物たちだ。その中にはヨルハが心から愛し慕っていた龍の王、雪華もいたのだ。優しい雪華は、ヨルハが力を貸して欲しいと頼んだとき疑う事なく研究所まで来てくれた。それなのに、あり得ない程の裏切りを犯した。


 目を閉じてヨルハは、惨劇の日を思いだしていた。



「ヨルハよく連れてきたな。捕らえろ!」

「所長! 何するんですか!!」


 研究所の玄関先で、待ち構えていた所長がいやらしい気味の悪いニタニタした笑みを浮かべ、五名の部下に手を上げ合図した。


「ウグッ!?」


 部下たちが雪華を取り囲む。そして投げ縄の要領で封印符が刻まれた鎖を雪華の身体に巻きつける。


「貴様ら人間は我らを裏切ったのか!」


 符の効果で力を封じられた雪華は脱力し膝を地につけ、黒かった瞳を真っ赤に燃えたぎらせヨルハと所長たちを睨む。


「……雪華さま」

「裏切り者!!」


 後悔しても遅い。互いの視線と心が交わる事は、もう二度と無い。


「心臓さえ無事なら良い。ヤレ!」


 五人の部下たちは、懐から銃を出し銀の弾丸をこめた。


「所長! やめて!!」


パァーン! パァーン! パァーン! パァーン! パァーン!


 ヨルハの悲鳴と銃声が重なり、そして雪華は声もなく倒れた。


「雪華……ごめん……なさい」


 たとえヨルハ自身に、雪華を害するつもりは無かったとしても許されない。


「私は……あなたを……愛すべきではなかった……出会っては……いけなかった」


 涙が頬をつたい、乾いた地面にポタポタ落ちては染み消えていく。泣き崩れるヨルハを、所長は冷めた目で見つめ唾を吐き研究所へ入っていった。


 その後の所長は狂ったように研究に没頭し始めた。所長を心酔する部下たちを引き連れ、龍だけではなく鬼や天狗など伝説の生き物から、更にはどうやって捕まえてきたのか分からない天使や悪魔まで研究所に持ち帰り、それらを合成して一人の美しい女性の姿をした魔人を作り出してしまった。


 多くの犠牲を払ったにも関わらず未だに水槽に沈み眠る魔人。禍々しいソレがナリディーアを救うと皆が信じている。


「全く……バカバカしいったらないわ」



 十年の時が過ぎても魔人が目覚める気配は全くなく。ナリディーアは、ついに壊れ始めた。雨は降らず湖や川どころか海さえ消え始め、日中の気温は常に五十度を超え人間が暮らせる場所が限られ、しだいに地下に住むようになっていった。


「研究費が底をついてしまったんです。所長そろそろ手を引きましょう」

「所長もうおやめになりませんか?」

「所詮ただの幻想だったのですよ」

「これ以上はやめましょうよ! 本当に呪われてしまいます」


 周囲の者たちが口々に研究の中止を求めたり、失敗だったと言っても、所長だけは諦める様子がなかった。それどころか衣食住すら忘れ、ますます魔人の研究にのめり込む。


 しだいに部下たちは完成の見えない研究と、未来のない研究室から去っていった。だがヨルハは研究室を去りたくてもされなかった。


 雪華をおいていくことがヨルハには出来なかったからだ。


 だがそれが、すべての歪みの始まりだった。


「ヨルハ、もうお前しか残っていない。魔人にその身を捧げてくれぇ!」


 昼も夜もない地下研究室、ナイフを手にした所長と二人、ヨルハを助けてくれるものもいなければ、逃げだせる場所すら無い。


 禍々しくぬらぬらと鈍い輝きを放つナイフがヨルハに迫った。


 ヨルハは思わず目を閉じて、うずくまった。  


 ガキィィィーン!!


 瞬間、鋭い金属同士がぶつかり合う音と共に、室内が熱い光で満たされる。


 ヨルハが恐る恐る目を開けると、目覚めないと思われていた魔人が宙を浮き所長の剣を受け流していた。魔人の手は何も持っていない。素手で防いだようだ。


『妾ノ大切ナ人ヲ傷ツケル許サナイ』


 響くは人とも魔物とも判別がつかない不思議な音色の声音。


 けれどヨルハは気がついた。魔人の中にまだ雪華の一部が息づいているのを。


 所長は攻撃をを防がれたにもかかわらず、全身で喜びを示して魔人に駆け寄ると、躊躇いもなく抱きしめた。


『神ノ名ヲ持ツ鬼ヨ……貴様ヲ未来永劫、許シハシナイ……』


 数多の命の集合体である魔人は、所長が神鬼の一族あるのを一瞬で見抜いた。


「所長は鬼の一族だったのですね」

「そうだよ。神の血族なんだ」


 その事実はヨルハも知らなかった事。


 所長が秘密にしていたのは贄にされたくないという己の保身か? それとも神鬼としてのプライドか?


 本心は所長にしか分からない。


『穢ラワシイ鬼ノ血ヲ引ク者ヨ……オ前ノ血ヲ妾ニ捧ゲヨ……』


 真っ赤に燃え上がるオーラに所長の身体が包み込まれ、そして魔人が所長の首筋に牙を突き立てた。


「あはは! 完成した魔人の血肉になれるなら本望だ! さぁ、喰らい尽くせぇ!!」


 恍惚とした表情を浮かべながら食いつくされていく所長を、呆然と見つめるしかないヨルハ。次は自分が食われるとヨルハは直感した。


 予想通りヨルハと、僅かに残っていた人間を食い尽くした魔人は、悲しみと怒りで暴走してしまいナリディーアは滅亡した。


 全ての力を使い果たした魔人は、いつの間にか存在をナリディーアから消してしまっていた。



 一億年が過ぎた頃。


 ナリディーアに、再び木々が生い茂り海も川も、美しい自然も蘇った。地下深くで細々と生き残っていた人々も、徐々に地上に戻りつつあった。


 最初に結鬼村ができて、次に龍輝国ができた。その後も少しずつ国や街が出来ていく。


 ただし科学は発展しなかった。


 様々な国や街が平和な時を刻む中、結鬼村の人々だけは所長の子孫だったため、龍の一族が生きていると知って怯えて、生贄を捧げるようになった。



—————————



 巻物を読み終えると、丁寧に巻いて紐でしっかり閉じた。


「なるほどな。にわかには信じがたい。が、実は龍王の代々の墓の隣に並ぶ石碑にも似たようなことが書かれている」


 龍王さまの言葉に、両親の顔が怯えたように引きつる。


「だが、こうも書かれていた。初代龍の王、雪華の魂は愛するヨルハと共に此処に眠る。とな。だから既に手厚く供養はされているはずなんだ」

「そ、そんな石碑があるのですね」

「あぁ。これが生贄はいらない真の理由だ。その代わり墓参りに来てやってくれ。歓迎する」

「そうね。それがいいと思うわ。忘れないことが供養になるって聞いたことがあるもの」

「分かりました。家族全員でお墓参りに行きたいと思います」


 父上は床に頭を擦りつけてお辞儀をする。母上は少し涙ぐみハンカチで目元をおさえている。


「それでこの巻物、俺が持ち帰りたいんだが良いか?」

「はい。どうぞ、お持ち帰りください。わたくし共の所にあるより、龍王様の所に置いておくのが良いと思います」


 顔を上げた父上は、肩の荷が全て消えて安心したように柔らかな表情になっていた。


「では巻物は頂いていく。アディル、俺たちは先に帰る。アキハナあとは任せる」

「はい」


 懐に巻物を仕舞うと、立ち上がってスタスタと龍王さまは部屋から出ていってしまった。


「またね! アキハナ、アディル!」


 そのあとを、マホロさまが慌ててついていく。今日は神獣様アムリの姿が見えなかった。連れてこなかったのかもしれない。アムリは可愛いので、会えなかったのを少し残念に思う。



 早速、龍輝国に向かうと言う両親の馬車に、アディルさまと一緒に乗り込んだ。


 数日前の嵐が嘘のように思えるほどの、青い空と暖かな日差しの中を走りだした。窓を開けると、乾ききらない湿った土の匂いが風と共に入ってくる。


「アキハナ、今まですまなかった。言い伝えに縛られて周りが見えてなかったんだ」

「あの時、貴方が私たちの元から逃げていなかったらと思うと……」


 対面側に座った父上は謝り、母上は赤子を抱きしめながらも未だに涙が枯れず泣き続ける。


「ボクもあの時、マホロさまに連れ出されていなかったら、言い伝えを信じて疑うこともなく運命を受け入れてしまったと思います。けど結鬼村から逃げて色々な出来事を見て経験していくうちに、村の人々が言っていたように呪いなんてないのだと分かったのです。だから父上と母上にも呪いなどないのだと、気がついて欲しかったのです」

「龍王様を連れてきたのは、我々にそれを気づかせるためだったんだな」

「はい。龍王様からの直接の言葉であれば、父上と母上も話を聞いてくれると思いました」

「驚いたし、たしかに話を聞くしかなかったからな」


 父上が難しい顔をしながら頷くと、母上がようやく泣きやんで父上の手を握る。


「でもあなた、これでアキハナを喪うことはなくなりましたね」

「あぁ。これからの未来、生贄はいらない。だが供養は続けていこうと思う」

「そうね」

「お墓参りに行くときはボクにも声をかけてください」

「あ! その時はオレもアキハナについていくよ」

「そうね。みんなで行きましょう」



 龍輝国までは半日ほどで到着した。


 その足で龍王さまに連絡を取り、抱えられるだけの花を持って龍の墓所に訪れた。


 まるで塔のように高い墓石が中央に一基あり、回りを円形に囲むように数えきれないほどの大小様々な墓石が並んでいた。


 高い塔のような墓石の隣には、龍王さまが言っていた大きな石碑がある。


 膝をつき手を合わせ祈り花を手向けた。


 すでに日は沈み夜の暗闇に包まれる。



 ヒュォーン、ヒュォーンと、まるで龍が鳴いているかのように風が吹きつける。



 その時、生温かい何かが、一瞬ボクに触れて、すぐに風と共に消えていくのを感じた……。

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BL世界にモブ少女として転生した私は、スキル【空気に溶けこむ】で、たくましく暮らそうと思います!  うなぎ358 @taltupuriunagitilyann

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