夢は大魔王

白川津 中々

◾️

小学校六年生の頃、将来の夢を語ろうという授業で「大魔王」と言ったら怒られた。


教師は溜息混じりに「大丈夫か」と呆れていた。失礼な話だ。


とはいえ俺も本気だったわけじゃない。その時やっていたゲームが終盤で、もうすぐラスボスだなーなどと考えながらおざなりに受け答えしていたわけだから、俺こそ教師に対して失礼であったかもしれない。もっと真剣に、将来の夢について考えて発言すべきだっただろう。そうしたら、こんな状況は回避できていたかも知れない。


「あの、そんな溜息を吐かれましても」


「そりゃ溜息くらい出ますよ。大魔王になれだなんて、僕、今三十二なんですよ」


「大丈夫です。設定的に大魔王は六京歳ですから」


いつ産まれたんだ大魔王。

いやいやそんな事はどうでもいい。問題はどうして俺が大魔王などせねばならぬかという点である。


事の起こりは本日。いつもの休日を怠惰に過ごしていたところに玄関チャイム。フルシカトしてやろうと思ったが怒涛の連打にただならぬ気配を察知し恐る恐る扉を開けてみたら「こんにちわー」と元気な挨拶をかますスーツの男。こいつが先程「大魔王は六京歳なんですー」とのたまった輩である。


「恐れ入ります。私、お前の夢を叶えろ株式会社からやってまいりました。目内アキラです。田中シンジロウさんでお間違いありませんでしょうか」


「……違います」


「またまた……またまたまたまた。知ってます。あなたは田中シンジロウさんです。胸元の黒子がチャームポイント」


「なぜ、僕の黒子の位置を知っているんですか」


「弊社はリストに載っている方のパーソナルデータをご本人以上に把握しております。これは毎年行われる健康診断で……」


「分かった。分かりました。御社が個人のプライバシーを侵害しているのは理解しました。それで、何の用でしょうか」


「夢を叶えにまいりました」


「は?」


「田中さんの、大魔王になるという夢を叶えにまいりました」


「……帰ってください」


「まぁまぁまぁ。まぁまぁまぁまぁ。待ってください。田中さん、あなた、小学六年生の時、四時間目の特別授業で言いましたよね。大魔王になりたいって」


「記憶にないです」


「記録には残っています」


プロ野球か。

そんな言葉を呑み込み今、俺はこうしてスーツの男と対峙しているわけである。まさかあんな何気ない発言がこんな面倒を引き起こすたなんてどうして想像できようか。人生ってほんとクソ。



「とりあえず、戦闘機でも買ってその辺を爆撃しましょう。予算は出ます」


「お前に倫理観はないのか」


「そら罪のない人が死んだり文化遺産が消し炭になるのは心が痛いですが、仕事ですから」


「できれば被害を出したくないんですが」


「だったらどっかの民族を支配して虐げましょう。規模は小さくなりますが、現地人に"俺は大魔王だぞー"って宣伝していただいて認知されれば私のノルマは達成できるので」


「こう、人が不幸になるのやめません?」


「そんな事言われましてもね。大魔王は極悪非道じゃないですか」


「だったらこの話はなかった事に」


「いやいや、いやいやいやいやいや。あなたが始めた夢物語でしょう。責任持ってくださいよ」


子供の頃の適当な言葉に責任など持てるわけがない。そう言ってやりたかったが、相手は細部に渡るまで個人情報を保有しており、かつ、爆撃機を購入できるような金がある企業だ。拒否したら何をされるか分かったものじゃない。平和的に解決したいところである。



「……分かりました。予算は出るんですよね」


「はい。任せてください」


「だったら……これで」


スマートフォンで検索した画面を突き出す。


「ファイトオブアベニュー柒……格闘ゲームですね」


「そう。このファイナナのランクマで勝ち上がると、大魔王の称号が手に入ります。これを取ってミッション完了。つまり、夢の成就とするのはどうでしょうか。僕はハードからして持ってないので、御社で購入いただきたい」


「うーん……ま、いいでしょう。分かりました。それでは、それでいきましょう。では、早速密林で購入しますね。あ、そうだ。せっかくなら配信と投稿しながらやっていきましょうよ。やり方次第じゃ流行りますよこれは」


「あぁ、うん。任せます」


「それから私、田中さんが大魔王になるまで帰れませんので、しばらくお部屋にご厄介になります。着替え等も後で持ってきますね」


「……もう好きにしてくれ」



こうして、謎の男との奇妙な同居生活が始まった。俺は毎日毎日ゲーム三昧(会社は辞めさせられた)。配信と動画投稿も合わさって寝る時間もなく、社会人より忙しない殺人的スケジュールをこなすはめとなる。



「はい、遅い。フレーム認識できてませんよ。それに、今の攻撃はジャスガしても弱Pからめくりに繋がるのでしっかり把握しておいてください」


「……」


「あと、シュンレイ(俺が使っているキャラ)は近々ナーフされるらしいのでキャラ変えましょう」


「え、せっかく使えるようになってきたのに……」


「大魔王になるためです。これまでの情報から、次はこのワーキアが人権になる確率が高いので、今の内に練習しとおきましょう」


「おっさんキャラ使いたくねー」


「大魔王になるためですよ!」


「だるいなぁ……あ、アーカイブにアンチが沸いてる……」


「消してサクラ垢でコメント欄埋めますね。えーっと、"ドチャクソ好きな配信。今度スパチャ送ります"……」


「……」



解放される日は、まだまだ遠そうである。

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