4月1日⑦:九重志夏は育ち盛り

深参兄さんが仕事を始めて一時間が経過した。

私はブースに戻らず、共用の食事スペースでメニュータブレットと向き合っていた。


「…色々あるなぁ」


私が来たのは確か、ネットカフェ。

…なのだが、ファミレスにでも来たのだろうか。メニューの豊富さはファミレスのそれだ。

こう、目的が定まらないうちに見てしまうと…どれも食べたくなってしまう。


今日の食事は全て深参兄さんの財布支払いなので、私の財布は傷まない。

何なら、遠慮無しに贅沢をしたいところなのだが…食べ過ぎて夕飯が入らず、音羽をおこ…悲しませるわけにはいかない。手加減をしなければ。


特製カレーや定食セットに興味を惹かれるが、こんなものを食べたら間違いなく腹八分目を突破してしまう。

ここはサイドメニューやデザート系で攻めるべきだろう。


メニュー画面をそれに合わせ、ゆっくりと物色していく。

見れば見るほど迷いが生じてしまうのは、悲しい性…。


そういえば、家族皆で外食なんてした記憶がないな。

今でこそ、九人兄妹で大体毎日一緒にご飯を食べようとは言っているが、深参兄さんは家に帰ってこない。

元々、周囲と足並みを揃えるのが苦手な人だ。

私も同じタイプだから、理解できてしまう。


「志貴さん…」


ふと、頭によぎるのは、志貴さんのこと。

七峰志貴ななみねしき。深参兄さんの幼馴染で、親友。そして仕事の相棒。

そして、深参兄さんの同居相手だ。


深参兄さんの仕事は、作曲家。

何をきっかけにしたかは分からないが、小学生時代から音楽が好きだった深参兄さんはお父さんからパソコンを買い与えられてからずっと曲を作っていた。

それにピアノを独学でやっていた志貴さんを巻き込んで、曲を共同作成。

動画投稿サイトに投稿したそうだ。


そこから彼らの音楽人生が始まった…らしい。

家族の事だけれど、詳しいことは全然知らないのだ。


それに深参兄さんは高校入学と同時に家を出て、寮生活だったし…。

学校の課題が大変だったのか、はたまた仕事に追われていたのか…家に帰ってくる回数は少なかったし。

だからといって、高校を卒業し…無事にエスカレーターで大学に進学した深参兄さんに、高校時代の話を聞くわけにもいかないのだ。


なんせ、高校三年生の冬前に…あの事件は起きてしまったのだから。


あの話は我が家でも禁句。深参兄さんの前でそれ関係の話をするのは御法度だし、志貴さんの話題は滅多なことがない限り口に出してはいけない。


「…志貴さん、元気にやっているのかな」


半年前以降から、彼の話題は全然聞かなくなった。

むしろ我が家で話すことが禁じられているかのような空気さえある。

そんなことはないのだが、兄さん達はあえて避けているとは思う。


「ま、私が気にするのは志貴さんのことじゃないけどさ…」


志貴さんのことよりも、彼が巻き込まれた事件の事が私にとって大事なこと。

今朝、一馬兄さんに頼んだのもそれに関わる話。

別に、仇討ちとか考えていない。志貴さんは「兄の友人」なだけで、私にとって他人も同然。

目的は、別にある。

その為なら私は…なんだってやれる。


…しかし、今は休みの時間。追跡者になるのはまた別の時間でいい。


今は、年相応に楽しくやっておこう。


「さて、そろそろ注文する品を決めないと、深参兄さんの仕事が終わっちゃう」

何も食べられないまま終わるのは嫌だ!

ああ、でもどうしたら…。全部食べたい。普段は食べられないご飯を、お腹いっぱい…!

『お肉ばっかり食べないよね?』


そうだ!大魔王おとはに逆らおう!

栄養バランスがうんたらかんたら、野菜を沢山食べろとか口うるさい妹の目はここにはない!今ならお肉食べ放題!ひゃっほぉぅ!

なんなら焼き肉食べ放題に連れて行って貰った時よりも色々と肉が食べられる!

焼き肉だと牛肉しか食べられないからね!ここは鶏肉と豚肉が食べられる!

それに加えて、全て深参兄さんの奢り!なんと素晴らしい世界だろうか!

に〜く!に〜く!にっくにく!にくにくにくにくにくぅぅぅぅ〜!


タブレットを華麗に操り、食べたいお肉料理を沢山注文していく。

料理が来る待ち時間に、ドリンクバーとフライドポテト食べ放題を堪能し…。


「堪能した結果がこれかよ」

「うっぷ」

「げっぷで返事すんな。行儀悪い…」

「むーむー」

「なんだ。背中触られたくないのか。もう年頃だもんな。ごめんな、デリカシーなくて」

「いや、今背中叩かれたら、出ちゃうから」

「お前今限界ギリギリで耐えてんの?加減って知ってる?知らないほど馬鹿なの?兄ちゃん達はちゃんと教えたぞ?」

「うっぷ!」

「だからげっぷで返事するな」


仕事が終わった深参兄さんは、私が戻ってこないものだからブースを出て探しに来てくれた。

そして、私を見つけて絶句した。

それもそうだろう。半分ぐらい空になった器と、それに囲まれた満腹状態の私。

そしてテーブルの半分に用意された、手をつけられていない料理。

むしろ絶句しない要素がない。


「…これが音羽や双馬兄さんだったら、間違いなく怒鳴られているね」

「双馬はちょっと小言を言った後「残っているのか?全部食べていいか?」だぞ。解像度低いな志夏。あ、このチキン貰うからな」

「どうぞ〜」


なぜ兄の解像度が高いか低いかで小言を言われているのだろうか…。

まあいいや。後は深参兄さんがどれだけ食べ終えるか…ってところかな。


「…ところで、深参兄さん」

「なんだ?」

「今、なんで写真撮った?」

「いや、流石に今回は馬鹿が過ぎるので、懲りて欲しいな〜と…、切実に思いまして」

ぴこん、と通知音と共に…とんでもない情報が私の視界に映る。

「…家族チャットにこの写真、送った?」

「うん」

「うんっ!?」


一瞬喉元へ戻ってきた何かを飲み込みつつ、急いでメッセージ画面を開き、状態を確認しておく。


【深参:画像を送付しました】

【深参:ぴえーん!志夏が俺の財布をいじめるよ〜!助けて音羽〜!】

【志夏:あああああああああああああああああああああああああああああああ】


【三波:馬鹿すぎて失笑。志夏、お前の胃袋は脳みそも兼任してる感じ?】

【双馬:こんなに余っているのか?どういう注文をしたんだ全く…自分の腹と相談ぐらいしてくれ、志夏】

【双馬:ちなみに、お持ち帰りはできないのか?奥にあるカレーライスの味が非常に気になるのだが…】

【深参:今ここに出ている分の持ち帰りはできないが、テイクアウトメニューはあるっぽい】

【双馬:注文しておいてくれ。後で代金送金する】

【深参:おけ】


【双馬:あ〜、でも滅茶苦茶美味そう。歓迎会に参加せず、そっちに行きたい(´・ω・`)楽しそう】

【桜:流石にそれはダメでしょ〜】

【深参:来てくれるなら今すぐにでも来て欲しいよ。俺だけじゃ半分消化できるか…】

【桜:じゃあ私達行こうか?三波もいるよ】

【三波:俺を頭数に入れるなよ…。俺はお前より食事量が少ないんだぞ、桜…】


【三波:それよっか、今もなお沈黙を貫いている音羽の方が俺は怖いんだが。一馬兄さん、音羽今何してる?】

【一馬:音羽が…ぷっちんして…。リビングから凄まじい音が…多分ストレス発散で野菜のみじん切りをやっているっぽい…】

【一馬:とにかく、誰でもいいから早く帰ってきて…。奏も司も泣いているから、離れて音羽の相手ができない…】

【三波:魔王降臨しちゃったかぁ】

【桜:仕方ないねぇ】

【双馬:当然だなぁ】

【深参:なんかごめん】


【深参:とりあえず、こっちは俺がどうにかしておく。桜と三波は家に帰ってくれ】

【桜:了解!】

【三波:OK】


【双馬:皆ごめんな。何もできなくて】

【三波:気にしなくていい。人付き合いは大事にしろって、いつも言ってるじゃん。ちゃんと人付き合いしてこいよ、双馬兄さん】

【桜:じゃあ、帰りに音羽が好きなロイヤルロールケーキ買ってきて!】

【双馬:わかった。じゃあ、皆。また後で】


メッセージはそこで途切れる。

けれど、私の方にはまだメッセージが届く。


【音羽:後で説教】

【音羽:一週間、食事抜き。自分で用意して】


「何日飯抜き?」

「なんで分かるのさ…一週間」

「その程度で済んで良かったじゃないか」

「まあね。最長って誰だっけ」

「飲みたくない気分だったからと牛乳を流しに捨てた三波。飯抜き一ヶ月」


それに比べたらマシだと思う当たり、うちの食卓は音羽に制圧されているらしい。

私達もまた、そのお仕置きを当然の元だと受け入れ…罰を受ける。

まあ、それ相応のことをしている自覚はあるけどね。


「とりあえず、俺はできるだけ消化頑張るから。デザートが別腹なら攻めてくれ」

「うん」

「明日から一週間、うちに食いに来たらいい。響子が作ってくれる」

「協力者とはいえピアニストに何させてんねん。指労ってやりなよ」

「家事全般。あいつ料理趣味だし、好きにさせてるよ。それに家賃と生活費は全部俺が出しているからな。志夏もさっき言ってたろ?得意なことは得意な人間に任せたらいい」

「ドヤ顔でいうことかなぁ…」


「それに俺は音羽に台所出禁を食らっている。前、火事寸前までやらかしたからな!それを知られて以降、響子からもしっかり台所出禁を食らっている!」

「ドヤ顔でいうことかなぁ!?ご飯どうしてんの?」

「響子に作って貰ってる。たまにデリバリー」


「それで付き合ってないの?」

「付き合うわけないだろ」

「男女の友情は成立しないよ」

「もう五年以上成立しているんだが?」

「五年後ぐらいに破綻しそう…」

「なんだその生々しい予言は。やめろ」


それから二時間かけて、私と深参兄さんは注文した食事を食べ終えた。

双馬兄さんの要望通りにカレーのテイクアウトを頼んだ時は、人外を見るような視線を店員さんから向けられた気がするが、気のせいだと思いたい。


「…あのご兄妹、まだ食べるみたいよ」

「胃袋どうなっているのかしら…」


切実に、気のせいだと思いたい。

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