嘘つきなお嬢様と執事
藤泉都理
嘘つきなお嬢様と執事
お嬢様は嘘つきだ。
執事の
お嬢様は嘘つきだ。
「ええ。お裾分けのコッペパン、ありがとうございます。ふふ。ええ。手製の蜜柑ジャムと一緒に食べてみますね。とっても楽しみです」
夫人に対して、おしとやかに立ち振る舞いしていた焔は、けれど一時的に滞在している家の中に入った途端、態度を一変させた。
穹窿は先ほど外を見ていた窓にカーテンをかけた。
「あ~あ~。コッペパンかよ。腹が膨れねえじゃねえか。お裾分けなら、米か肉にしてくれってんだよなあ。穹窿………んだよ。あっちのおしとやかな私がお好みなのかよ?諦めろ諦めろ。おまえも知ってる通り、こっちが素の私なんだからな」
「ええ。私はおしとやかな女性が好きなので、お嬢様がおしとやかな女性ではなく、至極残念です」
「安心しろ。私だっておまえなんか好みじゃねえし。ほら」
「はい。コッペパンを頂戴します」
「おう。腹が膨れるもんに変身させてくれよな」
どっかりと。
ソファに乱暴に座った焔は足を広げては近づいてきた穹窿に、六個のコッペパンが入ったバスケットを差し出した。穹窿はそれを受け取ると深々とお辞儀をしては、焔に背を向けて数歩歩いて辿り着く台所で調理を開始しながら、お嬢様は嘘つきだと心中で呟いた。
国王である焔の父親が死んだ時に、国王の数多くいる妻の一人であった焔の母親は、焔を案じて王位継承権を放棄したのだが、焔の父親の後に継いだ焔の父親の弟は、自分の王位を脅かすとして、王位継承権を持つ者をなんやかんやと理由を付けては次から次へと牢屋へと押し入れたのだ。
焔は焔の母親の機転により、執事である穹窿と共に城から脱出。
他国へ無事に亡命するまでは偽装夫婦として乗り切る事にして今。もう少しで国境に辿り着くという小さな町で、様子を窺っている最中であった。
(………お嬢様は嘘つきだ。本当はずっと、あのような乱暴な立ち振る舞いをしたくはないはず。ずっとずっと、お嬢様は偽り続けてきた。叔父様に目を付けられないようにと。母上様から王族らしからぬ態度を取るように言われ続けてきた。けれど本当は。無事に他国へ亡命できれば、お嬢様はもう偽りの自分を見せる必要はなくなる。早く。お嬢様を自由にしてあげさせたい)
(………本当にこっちが素の私なんだが。いや。別にこっちが素ってわけでもない。か。もう。どれも私で。乱暴な私も、おしとやかな私も。多分。ただ。実際問題、どれが素の私かなんてよくわかんないんだけどな。ずっと演じなくちゃいけないって考え続けて。もう。わかんねえ。他国に行けば。叔父に狙われなくなれば。わかるのかね?素の自分が。乱暴じゃない自分だったら。穹窿は喜ぶんだろうか?あいつ。おしとやかな私が………好き。なの。か?だったら。だったら、そう、演じたら、ずっと。この偽装の夫婦を続けて。くれるんだろうか?でも。あいつは。演じる私を。受け入れてはくれない。心の底から。私は受け入れてほしい。抱きしめてほしい。から。他国に行って。他国に行けたら。言うんだ。好きだって。ずっと傍に居てほしいって。それまでは。お嬢様と執事を貫き通さないと。な)
「お嬢様。頂いたままのコッペパン、蜜柑ジャムと鶏の照り焼きとレタスを挟みましたコッペパン、そして揚げコッペパンの三種類をご用意しました。どうぞお召し上がりください」
「うんまっそう!」
両の手を強く叩いた焔は勢いよくソファから下りると、ひとっとびで食卓に腰を下ろすのであった。
「ほら。早く食うぞ。旦那様」
「はい。失礼します」
焔の真正面に座った穹窿は大きな口を開けては、小さく歯で千切ってコッペパン食べる焔を、目を細めて見つめた。
(まあ。実際問題。おしとやかでも乱暴でもお嬢様であれば何でもいいのです。ただ、私がお嬢様に懸想している事さえ、ばれなければ。私は生涯、お嬢様を守るだけ。お嬢様がこれから育んでいくご家族を守るだけ。それだけの存在なのですから)
「わたくしの分も召し上がりますか?」
「ばか。ちゃんと食え。そこまで食い意地が悪くはない」
「嘘をつかないでください」
「………じゃ。じゃあ。揚げコッペパン。半分だけ」
「はい。どうぞ」
「へへっ。夫婦っぽいな」
「ぽい、ではなく、夫婦ですよ。今は。我慢してください。わたくしもしています」
「っへ。わかってるよ」
(………うう。やっぱり。他国に行けても告白は止めようかな。脈なさそう。いや。諦めるな。私。諦めるにしても、告白して、きちんと振られてからだ)
鼓舞しては、穹窿から半分に千切って手渡された揚げコッペパンを、焔は大切に大切に食べたのであった。
(2024.11.22)
嘘つきなお嬢様と執事 藤泉都理 @fujitori
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