第2話 殿下の見る目がないわけではない


 嫁探しという難題を押し付けられた俺だったが、貴族院入学初日にして早くも運命といえる出会いを果たした。


 運命の相手の名前はレーナ・ヒアシンス。


 ハーフアップにされた金髪に、アメジストのように綺麗な紫目が特徴的な侯爵令嬢であり、プロテア聖王国の王位継承権第一位――アルフォンス・キング・プロテアの婚約者。


 おいおい何が運命の相手だよと、普通この肩書きを見ればそう思うところだろう。


 だが、これが案外何とかなるかもしれないのだ。


「あなた。下級貴族でありながら、また殿下と気安く……っ!?」


 おっ、またやってるな。


 大学の講義室を彷彿とさせる教室に入ると、殿下と話す一人の少女に対して我が愛しのレーナが厳しい言葉を投げかける。そして――


「す、すみませんレーナ様……」

「止めないかレーナ。ごめんよ、マリー」


 圧をかけられた薄紫髪の少女が謝罪を口にすると、すぐに殿下(金髪碧眼イケメン)がレーナの行動から少女を守る。


 ちなみにレーナの目の敵にされている少女はマリー・アイリスといって、準男爵家の長女に当たる。

 彼女は身分こそそれほど高くないが、容姿だけでいえばレーナに負けず劣らずの美少女で、おまけに性格は素直で純粋だ。


 俺としても、本来王族に入るのはマリーのような人がいいと思うし、何より殿下の性格的にレーナよりマリーのほうが合っていると思う。


 だから、殿下の見る目がないわけではない。


「どうして彼女をかばうのですか、殿下! 彼女のような身分の方と密接に関わられては、他の貴族からの反感を買いかねません!」

「止めないか、レーナ。何度も言うがここは学校だ。同じ学び舎で学ぶ以上、身分は関係ないだろ」

「――っ、で、ですが……」

「一度出ようか、マリー」

「えっ、は、はい……」


 申し訳なさそうにマリーが殿下に連れられて行く。


 ちなみに、貴族院に通い始めて半月近く経つが、あの三人は毎朝同じやり取りを繰り返し続けている。


 と、ここまで説明すれば察しがつくのではないだろうか?


 そう、見ての通り、現在レーナは完全な悪役令嬢状態にある。 

 そしてこの状況が続けば、いずれあのお約束イベントが来る可能性は十分考えられるというわけだ。

 そういうことで、俺にチャンスがまったくないというわけではない。


「レーナ様、座りましょう」

「ええ、そうね……」


 殿下が去った後、取り巻きに促されるようにレーナは悲しそうに自分の席に着くと、俺も同じように自席へと向かう。


「おはよう、アール」

「おう、おはようラフル」


 席に着くと、隣に座る水色の髪と瞳をしたイケメンに声をかけられる。


 こいつの名前はラフル・ケルプといって、俺と同じ辺境伯の嫡男だ。


 まあ、辺境伯といってもラフルの住むケルプ領は海に面しているということもあって漁業が盛んで、クローバー領より色々と栄えているらしい。


 それに、すでに素敵な婚約者までしっかりいるのだとか。羨ましい限りだ。


 とはいえ、同期の中で唯一の辺境伯仲間ということで、今のところ仲良くさせてもらっている。


「なあラフル」

「何だい?」

「レーナ様たちのやり取りをどう思う?」

「どう思うってのは?」

「どっちが間違ってるかってこと」

「う~ん、どうだろうね」

「まあ、難しいところだよな」


 これが今まで見てきた悪役令嬢ものなら、どちらかに明らかな非があることが多いのだが、今回に関しては一概にどちらが悪いとはいえない。


 まずレーナの言う通り、下級貴族と仲良くしていては他の貴族からあらぬ疑いをかけられる可能性がある。

 現に他の貴族が王族の地位を奪おうとしているといった話は、王都に来てから何度か耳にしている。

 そして何より、婚約者として他の異性と仲良くされるのは辛いだろう。


 そして殿下の言い分も当然一理ある。

 学校である以上階級差別をするべきではないという考えは、ある意味、人の上に立つ王族として相応しいもののように思える。

 それにマリーは同級生の中で唯一の準男爵家の人間で、現状この教室内で最も身分が低い立場ということになる。

 聡明で有名な殿下の狙いは、そのことでマリーが孤立、もしくはイジメられるようなことを事前に防ぐことなのかもしれない。


「ねえ、アール。僕からも一ついいかな?」

「ん、何だ?」

「さっき、どうして”殿下たち”ではなく”レーナ様たち”と言ったんだい?」

「――っ、そ、それは……」


 これは完全に失態だな……


 確かにラフルの言う通り、普通は一番身分の高い殿下を使うものだ。

 これは俺が王族の反乱分子と見なされてもおかしくない。

 大袈裟な話だが、些細なことであらぬ疑いがかかってしまうのが貴族だ。


 ここは背に腹は代えられないか……


「ラフル、誰にも言わないか?」

「――内容次第かな」


 友人の表情が真剣みを帯びる。


「まあ、その、あれだ……レーナ様のことが気になるんだよ」

「えっ、気になる?」

「そ、そうだ。ここまで言えばわかるだろ?」

「……っ、ぶはっ……っ!」


 僅かな逡巡の後、その場でラフルが噴き出した。


 下品な行為なのにイケメンがやると絵になるのだから腹が立つ。


「そんなに笑うなよ。恥ずかしいじゃないか」

「いやいや、ごめん。でもそうか、レーナ様か」

「はっ、分不相応とでも言いたいんだろ?」

「いや、そんなことはないと思うよ」


 あれ?


「おいおい、それはどういう意味だよ」

「ああ、それはね――」


 再び真剣みを帯びた表情に戻すと、ラフルは続けた。


「もうすでに婚約破棄の話が出てるみたいなんだよね、あの二人」

「――えっ……?」


 マジ? 早すぎない? 


 俺、まだ何の用意もできてないんだけど。

 

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辺境貴族に転生した悪役令嬢好きの俺が、婚約破棄される侯爵令嬢の追放先に立候補する話 9bumi @9bumi_novel

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