本編
第一章 レーナ・ヒアシンス
第1話 転生と運命の出会い
突然だが、ある日、俺は爆発に巻き込まれて身体ごとお陀仏になった。
アニメを夜通し一気見した状態で、研究室での化学実験を行い、薬品の調合を間違え爆発を起こしてしまった結果だ。
ちなみにアニメのジャンルは悪役令嬢もの。
転生系からそうでないものまでいろいろ見た。
そしてその中で、俺は一つの結論を出した。
悪役令嬢は最高のヒロイン(俺のタイプ)の原石である。
行動の一つひとつに色々と問題はあるが、それは婚約者を思ってのもの。つまり本質は一途。
問題のある部分を矯正すれば、生涯を通して愛し続けてくれるはずなのだ。
そして何より、彼女たちは気が強い。
俺は気が強い系のヒロインが大好きだ!
とまあ、そんな痛々しい俺の性癖の一部を知ってもらったところで、本題に戻ろうと思う。
爆発に巻き込まれた結果、俺は二十代前半の若さでこの世を去ることになった。
唯一幸いだったのは、研究室にいたのが俺一人だったことくらいか。そして――
「アールお坊ちゃま。昼食の支度ができました」
「分かった。今行く」
どういうわけか、俺は前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
転生したのは、プロテア聖王国と呼ばれる国の極東部を治めるクローバー辺境伯家の嫡男で、名前をアールという。
前世と同様、黒髪黒目の至って平凡な少年で、今年で十五を迎えるが、今のところ特筆すべき才能は見つかっていない。
自業自得にもほどがある最期を迎えておいて、チート能力なんて都合のいいものはもらえないということだろう。
というより、前世の記憶に加え、貴族の子息という身分があるだけで特典としては十分だ。
さて、俺個人のことはこれくらいにして、お次は家族についてだ。
俺を呼びに来た執事のバートランドに連れられ、一室の扉を開けると、長机に中年の男女が一人ずつ席についている。
まずは端正な顔立ちの男性もといアールの父親であるアラン・クローバーが口を開く。
「アール、もう少し早く来なさい。料理が冷めてしまうだろう」
口調だけ見れば厳しい印象を受けるアランだが、手元の料理にはまだ手がつけられていない。
食事はできる限り家族全員でというクローバー家のルールを忠実に守ってくれているのだ。
そんな父親のアランに続いて、今度はその隣に腰かける三十代後半の綺麗な女性、母親であるルーシー・クローバーが微笑みながら尋ねてくる。
「また剣を振っていたのですか?」
「はい、日課ですから」
「そうですか。本当に誰に似たのやら」
「少なくとも私ではないな」
「いえ、あなたですよ」
「いや、そんなことは――」
「あなたですよ」
「――はい」
見ての通りの上下関係だ。
ルーシーはアランを完全に尻に敷いている。
そして、俺を含めたこの三人が現在のクローバー家になる。
貴族は兄弟が多いイメージだが、ルーシーは身体が強くなく、子供は俺一人が限界らしい。
ちなみに、この国は一夫多妻制を認めているが、アランに側室はいない。
アランがルーシーに本当に一途で、一生作らないと言っている。
こんな感じで、兄弟こそいないが、家族には恵まれていると思う。本当にありがたいことだ。
そんなクローバー家だが、一つだけ大きな問題がある。
国境沿いであるにも関わらず、訳あって近隣に大きな町は存在しておらず、あるのは小さな宿場町と農村が数箇所あるだけ。
あとは草原や森林といった豊かな自然が広がっているだけで、娯楽施設は一切ない。
最初こそストレスフリーな環境でのスローライフを満喫していたが、十五年も過ごすと物足りなさを感じるようになった。
いかにも乙女ゲームで悪役令嬢が追放されてきそうな場所なので、誰か来ないかと期待したが、そんな都合の良いことなど起こるはずがない。
さっき剣を振るのが日課だと答えたのも、本当はそれくらいしかすることがないからだ。
さて、今日の午後は何をしようかな……
静かに食事を終え、今日の残り時間をどう潰そうかと考えを巡らせようとする。
しかしその前に、普段はすぐ書斎へ戻るアランが、珍しく食卓に残っていることに気がついた。
「どうしたんですか父上」
「アール、少しいいか?」
何かしただろうかと疑問符を浮かべる俺に対して、アランは少し気落ちしたような表情で一通の書状を差し出してくる。
「実は今朝、これが届いていてな」
「これは……」
書状の送り主を確認すると、俺は思わずその場から立ち上がる。
「王立貴族院の入学案内……っ!?」
「そうだ。とりあえず座りなさい」
落ち着くよう促されて腰を下ろすが、胸の高まりは依然として収まらない。
「その様子だと貴族院のことは知っているな?」
「はい、通える日をずっと待っていました」
「そうか……」
貴族院は王都にある貴族専用の学校で、国内の男爵家以上の貴族の子息子女が十六になる年から、三年間通うことが義務付けられている。
何でも、算術や魔術を始めとする学術や貴族同士のマナーなど、聖王国の貴族として求められることを色々と学ぶらしい。
ここで特筆すべきは、貴族院が王都にあるということだ。
王都にはここより多くの娯楽がある。
三年間だけとはいえ、そこで過ごせるだけで、本当に嬉しくて仕方ない。だというのに……
「父上」
「何だ?」
「なぜ、浮かない顔をしているのですか?」
貴族院の話を切り出したときから、ずっとアランの表情が硬い。
「お前が喜んでいるのは、王都に住むことができるからか?」
「――っ、はい、まあ……で、ですがクローバー領が嫌だなどということは――」
「それは分かっている」
「で、ではどうして……?」
アランはさらに深いため息をついて続けた。
「貴族院に行く理由は何だと思う?」
「学術を学ぶためです」
「残念だが、それは違う」
「えっ?」
違うって、だって学校だよな?
「貴族院に行くのは、他の貴族の子息との関係を築くためだ。学べる学術はバートランドからお前が教わった内容と大差ない」
「そ、そうなのですか……では、その関係作りがどうしたのですか?」
「端的にいうと、嫁探しだ」
「……はい?」
今、何と言ったのだろうか?
嫁、探し……?
「アール。お前は社交界に疎いから知らないだろうが、次期当主になる子息には普通、お前くらいの年になると婚約者がいるものだ」
確かに、貴族には若くして婚約者がいることが多い印象だ。
「今、お前に婚約者がいないということがどういうことか分かるか?」
「い、いえ……」
「当主として情けないことだが、クローバー家にはそれだけ魅力がないということだ」
アランが今までで一番力強い視線を向けながら、告げる。
「アール。貴族院はな、お前が自由恋愛できる唯一の時間なんだ」
それからアランは、クローバー家と婚約者探しに関わる歴史を語ってくれた。
クローバー家は爵位の序列こそ侯爵に次ぐ辺境伯だが、とある事情故に権力的には男爵家と変わらない。
大した権力もなく治める土地はド田舎の辺境。それ故に、代々婚約者探しに苦労してきた歴史がある。
加えて、人材不足のせいで領地を離れられないということもあり、貴族院以降は出会いの場がないに等しいのだとか。
そして、貴族院という出会いの場を活かせなかったらどうなるのか。
更生不可能な性格に大きな問題を抱える訳あり令嬢を押し付けられる。
俺の祖父にあたる人物がそうだったようだ。
そんな祖父を見ていたアランはそうならないようにと、貴族院にいる間に懸命に相手を探し、最愛の相手を見つけたのだという。
「アール。幸いにも私はルーシーと出会うことができたから良かったが、それまでの道のりは苦難の連続だった」
「……」
「大袈裟に聞こえるかもしれないが、これは事実だ。そして嫁探しに失敗したのなら、あとはもう分かるな?」
「分かりました。全力で生涯を添い遂げる人を見つけます」
一生、この辺境でヤバい女性と夫婦生活を続けるなど、考えただけで恐ろしい。
俺は必ずことを成し遂げるとアランに誓った。
※※※
王立貴族院から入学の案内が来てから一年が経ち、ついに貴族院の門をくぐる日が来た。
「お坊ちゃま。あれが貴族院にございます」
「あれが……」
中世ヨーロッパを思わせる城下町を抜け、中央に住む貴族たちの屋敷が立ち並ぶ中、レンガ造りの一際大きな建物が目に入る。
「それではお坊ちゃま、頑張ってください」
「ああ、父上と母上をよろしく頼む」
門の前に来たところで、移動に付き添ってくれたバートランドに別れを告げる。
さて、これからどんな時間を過ごすのか。
期待と不安を抱きながら、校門へ向かって一歩を踏みだす。
そして、校門に足を踏み入れた瞬間だった。
「ちょっとあなた。下級貴族の身分で殿下に気安くしないでください!」
俺は運命の相手を見つけた。
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