第3話 地下は明るい。地上と違って。
“壊滅屋”の床に空いた大穴からエレベーターに乗り込んで、さらに深く深く潜れば、小さな地下鉄車両に行きつく。
軍曹が独自に作ったもので、この島最後の生存域に繋がっている。滅んだグレートブリテン島の中央やや北。かつてはリーズと呼ばれた都市の真下に。
車両を下りれば、青空が低い天井に取って代わった。映像によるイミテーション。ずっと昔の、まだ太陽が青年だった頃の空を再現している。
超巨大な蛍光灯は、死んだ太陽の代理である。その下にある都市は、水晶のように白く透き通っていた。ガラスと白い金属で作られた高層ビル群。建物同士は連絡通路で繋がっていて、さながら蜘蛛の巣のようだ。
ビルの隙間は小川が流れ、滝が落ち、そこかしこに大小さまざまな庭園が造られている。通路の底に敷かれた明かりのおかげで、闇はない。清潔で、真っ白な世界。
リムジンのような車両の中で、ロージアは冷ややかな目を車窓に向けた。
「最上層ですか。もしや買い手とは、どこぞの悪趣味な資産家ですか?」
「ちーがーいーまーすー! ちゃんとした人ですよ! 大体、あなただって悪趣味な資産家のひとりでしょう!」
「心外ですね」
隣に座ったモスリンが、腕を組んで不服を示す。ロージアは足を組んだ。
「しかし、資産家でないとするなら、一体誰に売るおつもりで? あなた、パトロンがつかないと前に嘆いていたはずですが」
「すぐにわかりますよ。軍曹さんはもう気付いてるかもしれませんけど」
「ふむ」
ロージアは運転席の方を見る。壁しか見えない。運転席に繋がる扉はそこになく、車両を操作する軍曹の姿は隠されていた。
彼女は人目に付くのを好まない。作業中は、特に。
「まあ、水と紅茶が買い込めるなら良いでしょう。音楽があればさらにいい。ここのところ、ヒットチャートも落ち目ですからね」
「……これだから上層の人は……」
泥を垂らしたような眼差しのモスリンを無視。流れる景色と雑踏に目を向けていると、やがて道は途切れて広いオアシスが現れた。
ロージア個人所有の地下鉄は、オアシスを分断する線路に乗った。
清らかな人口の湖は、上から見ればドーナツのような形をしているだろう。それを均等に切り分けるようにして、太い車線が放射状に延びている。その中央、筒のような塔こそ、目的地にして中心部。
「行政庁……? まさか死骸の買い手は……」
「ここのお役人さんです!」
ロージアは目を丸くした。
そうしてる間に、車両は線路を横断し、円筒状の建築物へと滑り込む。
車両が停止し、扉が開くとモスリンはすぐさま出て行った。チェスのポーンのような形をしたドローンが彼女を囲み、何やらやりとりをし始める。
壁に切れ目が入って、開いた。軍曹が、運転席から出てきたのだ。
「行きつく先が、よりにもよって行政庁か。あの娘、虫嫌いのドワーフどもに死骸を売ってどうするつもりだ?」
「嫌な予感しかしませんね。まさか私ごと売り込むつもりとか」
「あるかもな」
軍曹に肩をすくめられ、ロージアは嘆息しながらシートに沈んだ。
機械仕掛けの巨大な虫に、人類は為す
人では勝てない。地上はもはや虫の楽園。一歩出れば人は死ぬ。なので地上に行く道はなく、外に出ようとする者もない。唯一、ロージアを除き。
「軍曹、彼女を置いて逃げましょう。もし行政のお偉方に売られた場合、我が家に帰れなくなります。もしモスリンがすべてバラせば、幽閉されるか分解されるか駆除業者として飼われるか……私はどれも御免です」
「その言葉、あと十分早く聞きたかったぞ」
軍曹が親指で扉の方を指し示す。モスリンが揚々と戻ってきて、笑顔を覗かせた。
「お待たせしました! 買い手が直接会ってくれるそうですよ!」
モスリン越しに、ドローンが後部車両に行くのが見えた。積み荷のことまでバラしたらしい。
「軍曹、このまま逃げたらどうなりますか?」
「車両は既にロックされたぞ。用が済むまでこれは動かせん」
「………………」
ロージアは顔の前で手と手を合わせ、深い溜め息を吐くと、観念して立ち上がる。
グレートブリテン最後の人類生存圏、地下階層都市アンダーリーズ。死を待つばかりのミミズの霊廟。その統治を行う者のひとりと引き合わされるらしい。
飛び跳ねるような足取りのモスリンから解説されて、ロージアはますます気が重くなった。
夜の蜘蛛は縁起が悪い~壊滅屋、落陽を見届けり よるめく @Yorumeku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夜の蜘蛛は縁起が悪い~壊滅屋、落陽を見届けりの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます