第6話

 それはある夜のことだった。ミシシッピ川の洪水が心配になる程の土砂降りの中、ドッケリー農場のバレルハウスは歌い散らしていた。ステージでは新顔のチェスターがギターを掻き鳴らし、ハニーボーイの奴がハーモニカを吹いたり吸ったりしている。この頃になるとチャーリー・パットンの名前はアメリカ南部に轟いており、色んな所から客が押し寄せ、新しい建物も寿司詰め状態であった。


雨の轟音、雨漏りに苛立つ老人、ビール瓶の輝き、それに眩まされた酔っ払い

ブルースの声、沸き立つ観衆、取り止めもない喧嘩

綿花の叫び、雷、空を転がる雷、ミシシッピ川の遠吠え

バレルハウスの熱、不気味な静寂、悲鳴


チャーリー・パットンが刺された!そう誰かが叫んだ。引き剥がされた犯人の女は殴り倒され、群衆に消える。首から血をだらりだらりと垂らした男がステージに上がる。ギターには血で十字架が描かれ、弦も真っ赤。狂乱の末に誰もいないバレルハウスに寂しいブルースが響き渡る。「惨めな僕(Poor Me)」そう歌う彼こそがチャーリー・パットンである。偶然居合わせたミスター・パラマウントが急いで録音し始めた。チャーリーは歌い終わると、屋根を見上げて、再び歌い始める。掻き切られた喉からはもうまともな言語は発されない。それでもブルースはここ、ドッケリー農場にて、今までにないほど沸き立っていた。遂にギターをかき鳴らす腕がだらりと力を失っても、微かな足音と、擦り切れた声が、聴き手をブルースの真髄へと導く。大雨のせいか、か弱そうな電球がジリジリいう音で、ミスター・パラマウントの魂は肉体に帰った。少し痺れた指で録音を止める。誰もいない夜の安酒場には、一人の男であったもの、いや、それ以上であったものが椅子から転げ落ちた。まるで赤い雨に降られた様なそれはもう二度と動くことはない、この世界がどれほど青くなろうとも。


チャーリー・パットンが死んだ。

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ミシシッピ川の歌声が聞こえる 〜ブルース伝説〜 Crystal Ship @user1971

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