異世界に存在する物質等についてのレポート

@akahara_rin

ゴーストライトについて

『ガイオスの如く』


 この諺をご存知だろうか。

 タヤト神話に曰く、竜狩りの英雄ガイオスは大層胃袋が大きかったとされている。

 神話には大食、大酒飲みとしての逸話も多く残されており、それが転じて『ガイオスの如く』は大飯食らいという意味を持つこととなった。


 ――さて、このガイオスの名を持つ鉱石があることを、皆さんは知っているだろうか。


『ゴーストライト』


 諺はともかく、この鉱石の名がガイオスから取られたことを知っている人間は少ない。

 しかし、ゴーストライト自体を知っている者は少なくないだろう。

 連絡機、列車、果ては兵器に至るまで。

 ゴーストライトはあらゆる魔力を必要とする物に使われている。

 最早、ゴーストライトと人類は切っても切り離せない関係にあると言っても良いだろう。


 ここでは、このゴーストライトについて解説していく。




 ◆




 初めに言った通り、ゴーストライトは英雄ガイオスの名から取られている。


 タヤト神話には、ガイオスが冥界を探索したというエピソードがある。

 それによれば、冥界はとても暗く、一寸先すら見渡せぬほどだったと語られる。その暗闇を照らすために、ガイオスは闇夜にて光る石を用いた。


 その石こそが、現代におけるゴーストライトである。


 現在のゴーストという名前は、ガイオスが訛り、変形したものという説が主流だ。

 あるいは、ゴーストライトの暗闇で薄らと光るという性質も無関係ではないかもしれない。


 そう、ゴーストライトは暗闇で光る。

 厳密には、常に光っているのだが、明るい場所では目立たない。

 しかし光る理由については、長い間不明とされてきた。

 魔力によるものであることは確かだが、何故術式を経由せずに光るのか、そして魔力を発散しないのか、人類は近年に至るまで解明できなかったのだ。


 この謎が解明されたのは、今から凡そ150年前。

 アニス・カルフォンという魔法学者によって、ゴーストライトが光る仕組み。

 現代における魔素力学第三法則、俗にアニスの法則と呼ばれる定説は発見された。


 第一法則によれば、魔力は使用されても消失しない。

 第二法則によれば、魔力は空間内に於いて一定の濃度を保とうとし、物体内に於いて密集しようとする。

 そして第三法則によれば、魔力は密集することで完全に融合する。


 ゴーストライトは、この第三法則の産物である。


 そもそも魔力とは何か。

 端的に語れば、魔力とは空中に存在する、極めて高いエネルギーを持つ浮遊粒子である。これは呼吸によって生物の身体へと取り込まれ、生物が行使する魔法等によって体外へと放出される。

 この放出を、人類は長らく消失と錯覚していた。

 その錯覚の否定こそが第一法則である。


 そして魔法として寄り集まった魔力は、次第に空気中へと霧散していく。そこに法則性と呼べるような動きは存在しないが、まるで水に染料を溶かすように、魔力は均等に空間へと広がる。

 対して物体の中、例えば生物の体内では、魔力は一箇所、具体的には肺を通して心臓に集まろうとする。

 これが第二法則である。


 ゴーストライトは永らく、この第二法則に由来する物質だと考えられていた。

 あくまでも鉱物が先にあり、後から魔力が込められた物質であると。

 その否定こそが第三法則、アニスの法則である。




 ゴーストライトは、非常に特徴的な構造をしている。

 まず特筆すべきは、その硬度だろう。

 鍛造した鋼に比べても遜色はなく、高位の戦士が金槌で叩こうと傷の一つすら付かない。

 また、衝撃だけではなく、摩耗に対しても非常に強く、ミスリル製のヤスリを逆に削ったという記録すら残されている。


 この硬度の秘密こそが、アニスの法則である。

 現代において、物質が原子と呼ばれる粒子の集合によって形作られていることは周知の事実だ。

 人間だろうと鉱物だろうと、そこに差異はなく、分解していけば、皆同じものになる。


 だが、ゴーストライトは違う。

 ゴーストライトは魔力という粒子の集まりではなく、魔力という粒子そのものなのだ。


 例えば、ここに何の変哲もない石ころがあったとしよう。

 この石は様々な原子で構成されている。その石を構成する原子の数を、仮に千としておこう。

 対して、その石と全く同じ大きさのゴーストライトがあったとしよう。

 このゴーストライトを構成する原子の数は一体いくつになるだろうか。


 正解は、一である。


 そう。ゴーストライトとは巨大な粒子なのだ。

 極めて硬度が高いのは、つまり既に最小単位の物質であるからに他ならない。

 しかし一体どのような理屈で魔力同士が融合するのか、そのプロセスについては、未だ謎が多い。

 今のところ分かっているのは、魔力を完全に密集、融合させるためには、現行の魔法技術では再現不可能な加圧が必要ということだけである。

 故に、人工ゴーストライトの生成については、ここでは口を噤んでおく。


 さて、次はゴーストライトの発光現象について解説しよう。

 この発光現象について語るためには、まず魔法という現象について理解しなければならない。


 魔法とは、端的に言えば魔力により発生する現象のことを指す。

 物理法則を捻じ曲げ、林檎を宙に落とす。

 目の前の現実を否定し、そこに火がないという事実を、火があるという虚構に塗り替える。

 魔法とは、すなわち魔力という浮遊粒子が持つエネルギーによる現実への干渉そのものである。


 前述の通り、ゴーストライトはいわば魔力の塊だ。

 浮遊という特徴を失ったとしても、エネルギーを持つという特性までもが消え去るわけではない。

 故に、ゴーストライトは非常に強いエネルギーを秘めている。


 熱した鉄球が触れた水を沸かすように、高いエネルギーを持った物体は、周囲に相応の影響を与える。

 ゴーストライトもそれは同様だ。

 しかし鉄球と異なるのは、そのエネルギーを発散しないこと。発光の理由が不明だったのは、その一点が解明されなかったからだ。


 元々、ゴーストライトは魔力を多分に含んだ鉱物だと考えられていた。それであれば、発光という現象には必ず魔力の放出が伴う。

 だが、ゴーストライトが巨大な粒子であると分かれば、話は簡単だ。

 この発光は、ゴーストライトそのものではなく、周囲の魔力の反応なのだ。


 第二法則より、魔力は空間に於いて一定の濃度を保とうとする。

 要するに空間は魔力で満ちているわけだ。

 そして、エネルギーは高い方から低い方へ流れるようにできている。

 空気に満ちる熱がやがて一定の温度になるように、ゴーストライトと接触した魔力も同様に、触れた瞬間にエネルギーが移動する。

 エネルギーが低い魔力粒子はゴーストライトからエネルギーを奪い、逆にエネルギーが高い魔力粒子が接触すると、エネルギーはゴーストライトに移動する。

 その際に移動するエネルギーが、熱と比べて格段に高いため、その余波としてゴーストライトは発光しているように見えるのだ。




 さて、特性の話はこれくらいにして、次は人類とゴーストライトの関係について語ろう。


 前述の通り、ゴーストライトは魔力を用いる様々なものに使われている。

 と、いうよりも、その硬度故に加工するのが極めて難しく、炉に入れようと溶けないため、単純なエネルギー源以外では使いにくいのだ。


 さておき、ゴーストライトが巨大な魔力である以上、魔力を使う器機であれば、多少規格を変えればゴーストライトに置き換えられる。

 ゴーストライトは通常の魔力と比べて、当然ながら出力が高い。

 そのため、使われるのは必要とされる魔力量が多い大規模な器機が主だ。


 例えば、連絡機。

 元々、人類は念話と呼ばれる遠隔での連絡手段を有していた。

 しかし念話が可能な距離は短く、精々が同じ街の範囲内。それも端と端にいれば途切れ途切れになってしまうような、便利ではあるが使い勝手の悪い代物だった。

 だが、ゴーストライトを用いた連絡機を経由することで、この念話に許される距離は飛躍的に増加したのだ。

 いや、より正確には、人力でも可能ではあったが、中継となる魔法使いに会話が筒抜けとなるという問題から、あまり使いたがる人間がいなかった。

 しかしゴーストライトに人格はないし、盗み聞いた話を言いふらす心配もない。黎明期には念話の混線等の問題もあったそうだが、それも近年では解決している。

 この連絡機が普及するのは、当然の結果だったのだ。


 例えば、前述した列車。

 列車に従来の型、というものは存在しない。

 元々考案はされていたが、要求される魔力の問題から実現できなかったものを、ゴーストライトが実現した。

 仕組み自体は実に単純であり、ゴーストライトを用いて湯を沸かし、蒸気の力で車輪を回している。

 湯を沸かすためには継続的な火力が必要だが、魔法使いによる人力では、求められる人間が多すぎたわけである。

 だが、ゴーストライトを用いることで必要とされる魔法使いは最小限で済み、多くの人間や貨物の輸送が可能になった。


 このように、ゴーストライトにより、人類の生活水準は目に見えて向上した。







 ところで、諸君は核分裂と呼ばれる現象を知っているだろうか。


 非常に端的に説明すると、最小単位である筈の原子に存在する核。

 通称原子核が分裂することを言う。(自然発生するケースも見られるが、ここでは人為的なものを指す)


 これが起こる際、周囲の同物質原子核にもまた連鎖反応が起こり、次々に核分裂が起こる。

 核分裂には発熱効果があり、連鎖反応による核分裂も総合した場合、とてつもない熱量を生み出すことができる。

 原子、と聞いてピンと来た者もいるだろう。




 ゴーストライトは、一つの巨大な原子によって構成される。




 言うまでもなく、ゴーストライトにも原子核は存在している。

 というより、目視できるそれが核そのものだ。

 故に、非常に硬いソレを砕くことができたなら、当然に核分裂反応が起きる。

 分割されたゴーストライト自身、そして周囲に満ちる魔力との連鎖反応も起こるだろう。


 初めてが起こったのは、今から90年前。

 アニスの法則が発見されてしばらく経ち、ゴーストライト研究は最盛期を迎えていた。


 ネビル・ビバレントもまた、ゴーストライトの研究を行っていた。

 彼の研究内容は、主にゴーストライトの加工だった。

 厳密には、形状を変化させることで、より運用しやすくしようとしていたわけである。


 この研究の最中、ゴーストライトの核分裂が起こり、彼の研究施設から半径四キロメートルが焦土と化した。


 無論、彼自身も研究施設も、何も残らなかった。

 彼が妻と頻繁に念話を行う念話マメでなければ、そして彼の邸宅が研究施設に近ければ、その原因すらも分からないままだっただろう。

 それから、ゴーストライトの加工、特に破壊に関する研究は禁忌となった。


 だが、人間は愚かである。

 禁止されれば、盛んになるのが世の常なのだ。




 オーベル・■■■■■■(親族の名誉のため、家名は伏せる)の研究により、ゴーストライトの核分裂、その兵器転用は実現した。


 サニラ王国に着弾した、通称『ガイオス』は彼の王国の国土、そのを焦土に変えた。


 ゴーストライトの核分裂と、それに伴う周囲の魔力の連鎖反応。爆風により周囲の魔力が吹き飛ぶまで、連鎖反応は続く。

『ガイオス』は、半径凡そ四十センチメートルの魔力の核を分裂させたと云われている。


 だが、この邪悪な兵器の真の恐怖は破壊力ではない。

 もちろんそれも強力で恐ろしいものだが、もっと恐ろしいのは。


 この兵器は、魔力を不可逆的に消費するのだ。


 第一法則の通り、魔力は使用されても消失しない。

 エネルギーを一時的に失うだけで、時間が経てば必ず元に戻る。

 だが、核分裂で失われた魔力は、二度と魔力という形には戻らない。

 これがどれほど悍ましく恐ろしいのか、諸君等にも理解できるだろう。


 この世界の魔力は有限だ。

 無限のように思えたとしても、水と同じように、一定の量が循環しているに過ぎない。

 もしも新しく地上に増やすなら、宇宙から持ってくるしかないのだ。


 もし、地上から魔力が消えたら?

 人類は、否。この地上に生きとし生ける全ての動植物は死に絶えるだろう。

 それ程までに、この地上の生物は魔力というものに依存した進化を続けてきたのだ。


 そんな貴重な資源である魔力を。

 あろうことか、たかだか破壊のために不可逆的に消費するなど、笑い話にもならない。(もちろん、『ガイオス』の被害者を軽く見ているわけではない)


 ゴーストライトは、竜狩りのガイオスから名付けられたのだ。

 断じて、『死の光ガイオス』などという無粋で品性のかけらもないあだ名から取られたわけではない。




 ゴーストライト。

 この素晴らしき物質を。


 ガイオスとするのか。

 はたまた『死の光ガイオス』とするのか。


 その未来は、我々の手に掛かっている。




 しかし、嗚呼。

 願わくば、二度とこのような悍ましい兵器が使われぬことを。




 了。


 記 アルマ・カルフォン。

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