第3話 モノクロの命になり真実を語る
「そういうわけで、絵を持ってきたわけです。
何度も言いますが、芸術に関してはまったくの素人です。
ただ、せっかく先生をお呼びして綺麗に描いてもらったんですから、大事に飾ったらいいんじゃないかと思うんですよ」
少年の絵をリビングの壁にかける。
遠回しに絵に価値がないと言っているようなものだ。
彼は私たちのやり取りをじっと観察している。母親は少しだけ目をそらす。
自分でも思うけど、こんなことを言う奴ほど信頼できないんだよな。
「あの子が死んだ後、絵が不気味に見えてしまって……部屋に結界を張ったんです。なぜか嫌な予感がしたので」
嫌な予感か。
絵の仕掛けに気づくことはなくとも、込められた魔力には気づいたらしい。
「あの結界、あなたが仕掛けたんですか。なるほどね。
さて、画家の先生はなんと言ってました。
肖像画を制作するにあたり、何かしら記録があると思うんですが」
肖像画に関する契約書や領収書、ニケを観察した際のメモ書きや対話した記録、完成までの作業計画など、書類が山のように出てきた。
魔法に関する書類は一切出てこない。
画家の先生とニケだけの間で交わされた約束だったらしい。
「念のために確認しますが、絵には触れていないんですよね?」
「はい、先生にお任せしていたので何も知らないんです。
自分でもよく分からないんですが、なんだか苦しそうな気がしたんです。
本当になぜでしょう」
「もしかしたら、何か絵に仕掛けがあるかもしれませんね。少し調べてみましょう」
探偵みたいなことを言いながら、私は絵を壁から外す。
額縁を外すと、絵の裏にびっしりと呪文が書かれていた。
魔法を構成する言葉である。母親は小さく悲鳴を上げ、後ずさった。
「嫌な予感がすると言っていましたが、あながちまちがっていなかったようですよ」
「私、ニケや先生から何も聞かされていないんです。
こんなことするなんて……これ、一体なんなんですか?」
「魔法です。あなたが張った結界よりも精密で寸分の狂いもない、正確な魔法です。よほどの技術を持った誰かに教えてもらったんでしょうねえ。
こっちのほうがよほど価値がありますよ」
「そんな、聞いていません! 私はただ、絵を描いてほしいって依頼しただけなんです!
何でこんなことを……あの子はこんな訳の分からないことをする人とずっと一緒にいたのよね……。ニケ、本当にごめんなさい。
あなたから逃げてしまったから、恨まれて当然よね。本当にごめんなさい」
母親はひたすら首を横に振るばかりだ。
ぶつぶつと独り言を言い続ける。
「魔法が怖い?」
「え?」
少年はハードルを飛び越えるように、外に飛び出した。
「ども! 俺が魔法だよ!」
彼女は金切り声を上げ、廊下へ走った。
予定が狂った。これから分かりやすく説明しようと思ったのに。
これだと話ができないじゃないか。
彼女は玄関でへたり込み、震えている。
「今のって……あの子の絵が勝手に動いて、飛び出してきましたよね?」
「ええ、あれが絵に仕掛けられた魔法です。
本当に何も聞いていないんですか? 何か驚かせるようなことをするとか」
母親は目に涙を浮かべ、首を何度も横に振る。
「危害を加えるようなものじゃありませんが、どうしましょう?
こちらで引き取りましょうか?」
「俺はどっちでもええでー」
少年はとことこと歩き、彼女の前でしゃがむ。
「初めまして、俺は魔法やから名前はないんや。
あのな、俺は先生とニケで約束したんだ。
何も知らないみんなをアッと言わせようって。
けど、なんかやる気失せちゃったな。どうしようかな」
「どうしようかな、じゃないんだよ!
どうしてくれるんだよ、この状況!」
魔法を見たことがなかったのだろう。
彼女は頭を抱え震えながらも、じっくり眺めていた。
「あなたは、ニケと何もかも違うのね……」
「当たり前やん。俺は絵やで」
「ねえ、ニケとどんなことを話したの?
魔法はよく分からないけど、あの子なりに何か伝えようとしたんじゃないの?
私は本当に何も知らないの。だから、教えてくれる?」
少年は私のほうを見る。
しばらく黙っていると、語り始めた。魔法が動き出した。
病気になった途端、ニケは両親から見放された。
医者も匙を投げ、ひとりぼっちになった。
よく知っている状況だ。
手に負えないと分かると、どこか遠くへ追いやる。
彼の場合、物理的な距離を置かないだけマシだったかもしれない。
絵を描いてくれるという画家と話し合っているうちに、情が移ったらしい。
せめて、目に物を見せてやろうと息子の話を絵画に収めた。
家族に対する復讐とまではいかなくとも、忘れられないようにしたかったらしい。
彼女は顔を上げ、悲し気に笑う。
「あなたはこれからどうするの?」
「俺の役目はもう終わったしなあ、絵に戻るだけなんやけど。
そういえば、ニケの絵、見た? 先生、めっちゃ褒めてたやん?」
「そうね、今も生きていたらあなたの先生に教えてもらっていたかもしれないわね」
「いろいろ見てたらさ、俺も外の世界に行きたくなってしまってな! 絶対に楽しいだろうなって!」
人型の何かが意志を持つとこうなってしまうわけか。
見たくない未来を見てしまった気がする。
「それもそうね。あんな部屋にいても、しょうがないものね。
私が言うのもどうかと思うけど、あの子の分まで楽しんできて」
「……ホンマにええの?」
「あなたはあなたなりに、生きてくれればそれでいいわ。私、魔法は使えないしね」
再び私の顔を見る。
「よし、分かった! いつ帰ってくるか分からないから、たまに手紙出すね!
それでええやろ?」
「もう好きにしてくれ……」
母親はすっと立ち上がり、深くお辞儀をする。
「いろいろお騒がせして、すみませんでした。
あの絵は持って行ってください。
ここに置いても、何のためにもならないでしょうから」
「分かりました。もうどこにでも連れて行きます。
私も手紙書きますし。ただ、マジでいつ終わるか分からないんです。
もう二度と会えないかもしれません。それだけは忘れないでください」
「なんでや、手紙を出すって言ってるやろ!」
「あのねえ、絵画って持ち歩くもんじゃないんだよ。
雨の日なんてもう、外に出られないからね? 分かってる?」
こうなったら、彼が生き延びられる魔法を考えるしかない。
いかに消耗せず、存在を維持できるか。
彼女は笑いながら、子ども用のレインコートを持ってきた。
「これ、あの子が使ってたの。
これなら、雨の日も大丈夫なんじゃない?」
「え、こんなんもらってええの? あ、せや。手紙と一緒にお土産も送ればええんとちゃう? な!」
「そうね、はぐれないように気をつけるのよ。それじゃ、元気でね。
行ってらっしゃい」
「うん! 行ってきます!」
少年はレインコートを受け取り、手を振って家を出た。
「なあなあ! 何で俺は絵に戻らへんの?」
「そっちのほうがおもしろいから。まずは君の先生のところに行くよ」
「ホンマに⁉ 先生の居場所を知ってるの⁉」
「歩いていれば、そのうちたどり着く」
「そんなこと言わないでさ、ちゃんと探せば見つかるって!
兄妹たちに聞けばすぐ分かるよ!」
私は椅子だけの絵と白黒の少年を連れて歩くことになった。
色なき魂は額縁を飛び越えた 長月瓦礫 @debrisbottle00
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます