第2話 絵の具と対話で構成されていたので

絵を動かす魔法は何度か見たことがあるが、しょせんは子ども騙しだ。

物語に動きを加えるだけに過ぎない。

今後、科学技術が発展すれば、絵なんていくらでも動き出すだろう。


魔法が必要なくなる日もそう遠くはない。

そうは言っても、絵が実体を持ち、喋り倒すのを初めて見たのも事実だ。


少年は部屋を動き回り、壁にかけられた絵をじっくりと眺めていた。


「これ、全部ニケが描いたんやで。すごいよな!

命さえあれば、弟子にしていたって先生も言ってたし!」


命さえあれば、まだ生きていれば、絵を描き続けていた。

空白のキャンバスはこれから何かを描くつもりでいたのか。


棚を開けると、いくつか画材がしまわれていた。

文房具屋で売られている道具の中にいくつか、高級品が混ざっている。

画家の先生から譲り受けた物だろうか。


「私は昔、友人たちから画伯と呼ばれて以来、芸術はやってこなかった。

私にその才能はなかったみたいでね。美術は冗談抜きでマジでダメだった。

ずいぶん前に教えてもらったこともあったけど、結局身につかなかったな……」


「そうなの? 魔法はできるのに?」


「私の魔法は人を楽しませるそれじゃないんだ。

昔から魔法の才能があると分かると、そういう訓練を受けさせられる」


この少年だけじゃない。人知を超えた存在は昔からどこにでもいる。

人間と共存する気がない奴らは倒さなければならず、その対処法として発展したのが魔法だ。


最前線で戦っているうちに、いつの間にかこうなっていた。

死んだはずの人間が生きのびただけであれば、どれだけよかっただろうか。


何度も死んで転生してバケモノとなってしまった。


「そういえば、あなたは何者なの? 絵は全然詳しくないって言ってたよね。

人生を金額で判断するような人種は滅ぶべきだって先生も言ってたんやけど」


少年はスッとパレットナイフを取り出す。

なるほど、なかなか過激じゃないか。


「だから、それについては謝るってば……ニケの母親から君が苦しんでいると聞いたんだ。私じゃ何もできないと言ったんだが、君が出てきたことで状況が変わってきた。いろいろと話を聞かせてくれないか」


生気のない目が私をじろっと見て、パレットナイフを棚にしまった。

部屋には簡単な結界が張られており、外部から影響を遮断している。


それ自体は悪くないことだと思う。

今も絵は綺麗に残っているわけだし。


外からの影響を受けなさすぎて、世間知らずと化している。

ニケが死んでから、掃除意外に部屋にはあまり入らなかったのだろう。


外の世界のことを知らないから、先生のやったことが嫌がらせ行為であると気づくはずがない。

魔法は楽しいものであり、誰かを笑顔にさせるものだと思っているらしい。


「思想はともかくとして、君の先生のような魔法使いは本当に貴重なんだよ。

しかも、ここまで精密なのは見たことがない。

ウチの門下生でもない限り、ここまで精密な魔法は作れないだろうね。

そうでなかったら、誰に教えてもらったんだか私が知りたいくらいだ」


魔法に関する技術はかなり偏っている。

エンターテイナーを名乗る魔法使いなんて、子どもすら騙せない奴が本当に多い。

エセ魔法使いを連れてくるくらいなら、そこらへんの大道芸人でも捕まえてきたほうがマシだ。


それこそ、芸術作品みたいな一寸の狂いのない魔法を使える人間がいるなんて聞いたことがない。少年は嬉しそうに胸を張る。


「せやろ、せやろ? 先生の魔法、やっぱりすごいよな!

他の兄妹たちも俺みたいにするつもりだったらしいんやけど止められたんやって。

せやから、この魔法を使うのは俺が最初で最後みたい」


「だろうね」


「先生な、通りすがりの悪魔に助けてもらって、なんか5、6年くらいみっちり魔法を教えてもらったんやって。

その時に描いた絵でファンが増えたって言ってたな」


「世の中、そんなお人好しな奴がいるんだね」


「助けてもらったお礼に絵の描き方を教えたらしいんやけど、絶望的に不器用やったらしくてな。両目に穴でも空いてんのかって、本気で思ったんやって。

けど、その人があんまりにも美人だったから、神様が偶像を作る能力を根こそぎ奪ったに違いないって。だから、絵が描けなかったんだって言ってた」


「偶像ねえ」


「でな、決めつけるようなことをするなってみんなから言われてるんだけど、真実を伝えないと見えない物も見えないって先生は言ってたんだ!」


少年は話すのに夢中で、自分自身が解析されていることに気づいていない。

彼は画材と魔力で構成されており、外部からの影響を強く受けやすい。

一度きりしか使えないのは、それだけ画材が脆く弱いからだ。


先生はニケと対話を繰り返し、すべてをこの絵に記憶させた。

それらが数年前から死ぬ間際まで記録されている。


彼らの対話した記録をもとにこの絵は動く。

息子が死んだ後、絵が飛び出してニケの代わりに語るつもりだった。


以上が彼の魔法を解析して分かったことである。


門下生に話を聞きただすためにも、少しだけ補強しておくか。

一度だけで終わらせるわけにはいかない。こんな使い方を許してなるものか。


「なあ、この絵とかすごくない? 俺、一番好きかもしれないわ」


少年は壁から絵を外す。窓から見える風景が忠実に描かれている。

ニケが生きているうちに、彼がいたらどれだけよかったか。


「……何でニケが生きている間に君を外に出さなかったんだ?

作品自体は死ぬ前に完成したんだろ?

君が自由に動き回る魔法と真実を語る魔法、別々にしてもよかったんじゃないか? 別に害はなさそうだけど」


少年は驚いたようにため息をついた。


「すげえ! 魔法のことなら何でも分かるんやな!  

ニケも俺のことは好きにさせてあげてほしいって言ってたんよな。

今の自分と絵の自分は違うからって言っててさ。

俺がいたら記憶が上書きされるから、外に出してほしくないって」


少年はしゅんと眉を下げる。

綺麗な思い出を破壊してまで伝えたいこととは何なのだろう。

話を聞く限り、いいことではなさそうなのは確かだ。


「君はニケの母親についてどう思う?」


「俺は先生が親みたいなもんやから、人間のことはよく分からないんだけどさ。

ニケの話を全然聞かないし、嫌がってるのに俺を無理やり作らせたし。

ずーっとかわいそうだったなあ、アイツ」


何かしらの意図があるならそれを守らなければならないし、果たさなければならない。それは私の仕事ではないだろうけど。


「やっぱり、君のことはちゃんと伝えたほうがいいと思うんだよ。

こんなところにいても何も始められないし、私一人が聞いてもしょうがないだろうから。私が良いというまで絵から出てくるなよ、頼むから」


「俺、この部屋から出ていいの? ようやく外に出られるの? 

ニケのこと、話していいの?」


「そもそも、ニケを知る人間に聞かせるつもりで作られたんだろ? 

私は通りすがりの悪魔だからさ。人間じゃないんだよね」


「え? ただのいけ好かない金持ちかと思ってたんやけど違うの?」


「まあ、それもあながちまちがっていないか。

ともかく、まずは外に出てから考えるか」


私は少年がいた額縁を抱え、部屋の外に出た。

少年はいつの間にか、絵の中に戻っていた。

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