若手芸人の追っかけ
綿来乙伽|小説と脚本
芸歴3年目「スリリングス」
彼らはまだ、知らない芸人が主催の知らない芸人が人気者のライブに少し出ている程度だった。先に人気者の芸人が登場してしまった場合、後から登場する「スリリングス」を後目にたくさんの観客が席を立つ。その度に視界良好のステージを眺めることが出来る。
だが人気者の芸人と一緒のライブはチケットを取るのが難しかった。人気の芸人は「日々揚々」という名前らしく、どちらも高身長でイケメンで運動神経が良いと隣にいた女子大生めいた女性達が話しているのを聞いた。身長が高いことと顔が良いことと運動神経が良いことは笑いに繋がるのだろうかと考えたが、私の推理力では解決出来ない問題であった。だが彼女達からしてみれば、笑える、や、面白い、という感情は私が感じるものとはまた違う。むしろその感情の為に劇場に来ているわけではないようだった。
私は夜勤以外のシフトであれば劇場に必ず顔を出した。だからいつも寝巻のような、良いように言えば抜け感コーデのような、スウェットを着ている。だが彼女達はいつでも艶やかな格好をしていた。「日々揚々」の二人がいつも赤のスーツと緑のスーツを着ていて、それに合わせて観客である彼女達の服装や化粧も赤や緑に染められていた。最初はいつになく冬の温かみを感じる、コンビニのクリスマスケーキが全く売れないコンビニ店員時代を思い出す、などと考えていたがそれは「日々揚々」の二人も観客の彼女達も赤と緑を纏っていたからだった。私が灰色の上下スウェットなのに対し、彼ら彼女らはいつも華やかだった。そんな姿をずっと見ていると、自分の存在はこの世界にいないような気がした。クリスマスパーティーで盛り上がっている会場の端っこに目立たないように居座り、人が歩いたり走ったり抱き合ったり踊ったり歌ったりする瞬間に少しだけ発生する風のおかげで数ミリ進む埃。私はそのものだった。
彼女達が「日々揚々」の笑顔を見て猿のように喚く時、私はそれに反応し背中を逆撫でされる。彼女達の歓声は、私にとっては狂気であった。だが彼女達は我儘で、ステージ上の赤と緑が去った時、同じように劇場を去る。クリスマスパーティーをたったの七分で終えるのだ。狂気と呼んだ歓声が一気に姿を消していく。
そしてようやく、私が存在しても良い世界になるのだ。
若手芸人の追っかけ 綿来乙伽|小説と脚本 @curari21
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