第2話 知らない自分、知ってた自分

「……なんだあのクソ野郎はぁぁぁぁぁっっ!!!!?」

「ひゃわぁっ⁉」


 ユーリウスの怒りが爆発した。一方的に言いたいことを言うだけ去っていった父親への怒りは、とっくに限界を迎えていたのだ。むしろ、直情的な彼がよくここまで我慢したといえるだろう。

 いきなり叫んだため、ヘレナは思わず変な声を上げてしまったが、それを気にすることもなく、彼は怒りを吐き続ける。


「なんだよあの態度⁉ 記憶喪失になった息子への態度じゃねぇだろ!! 心配のかけらもしねぇくせに一丁前にやれ貴族がどうだの魔法がどうだの言いやがってよぉ!! 何が誇り高きペイルウルフ家だよてめぇの偉大さなんて知ったこっちゃねぇよ!! しまいにゃヘレナにも無茶苦茶言いやがってぇ!! ホントマジでぇ……クソがぁぁぁっ!!!!」

「えっ…あっ……⁉……えっと……」


 正真正銘のブチギレである。息つく間もなく放たれるユーリウスの父親への罵倒の数々に、ヘレナは困惑して声を掛けることが出来なかった。

 そうして一通り怒りを吐き切った彼は、はぁはぁと肩で息をしながら再び俯いてしまう。


「…………あの……、ユーリウス様?」


 ヘレナが恐る恐る声を掛ける。少しの間彼は黙り込んでいたがいたが、深呼吸をして息を完全に整えると、彼女に向き直り、


「…………すまん……、当たり散らすようなことをしちまって……」

「……えっ⁉」


 頭を下げ、彼女へ謝罪の言葉を述べた。いきなりのことにヘレナは驚きを露わにする。

 

「あまりにもイラついたもんで我慢できなかった……。ホントに申し訳ない……」

「い…いえ……、そんな……別に謝っていただかなくても……」

「いや……、こういうのはよくない。感情的になりやすいのは俺の悪いクセだ……」


 そう言って彼はため息を漏らす。先程とは違い今は本当に落ち込んでいるようである。


「……ユーリウス様は悪くありません! ……それに……私も謝らなくてはなりません」

「? ……なにを?」


 今度はヘレナの方から謝罪する。ユーリウスはなぜ彼女が謝るのか分からなかったが、彼女は申し訳なさそうに言葉を続ける。


「ユーリウス様の助けになるかと思い、旦那様をお呼びしたのに……。まさかあんなことになるとは……」

「……あぁ……なるほど」


 確かにユーリウスとその父親の顔合わせは最悪のかたちで終わった。しかし彼女には悪気は一切なく、ただユーリウスのためを思ってあの父親を呼んだということは、ユーリウスもよく分かっていた。


「気にすんな、悪いのはあんのクソ親父なんだからな。ヘレナはなんも悪くねえよ」

「! ……ありがとうございます!」


 ヘレナの表情がぱっと明るくなる。それを見てユーリウスも、落ちこんでしまっていた心が軽くなった。


「……なぁ」

「? ……はい」


 ふと、が気になったため、彼はヘレナに質問する。


「“前の俺”ってどんなヤツだったんだ?」

「……えっ⁉」


 父親であるウィリウスは、ユーリウスに魔法の才能があるということは言っていたが、肝心の“前のユーリウス”がどういった人物だったのかは一切話さなかった、彼は“南雲勇利”の記憶を受け継いだ“ユーリウス・ペイルウルフ”として生きていくつもりであるため、“前のユーリウス”がどういった人物であるのかはどうでもいいが、それはそれとして興味はある。


「…………えっと……、そう……ですね……」

「……む?」


 しかしヘレナは、正直に言いにくいというか、言葉を選んでいるというか、なかなか話そうとしない。その時点でがあまり素行の良い人物でないことは察することができた。


「別にそんな取り繕わなくていいぞ? 正直、“前の自分”のことを悪く言われようとどうだっていい。……自分と同一人物という感覚が薄いし……」

「い…いえ! 悪く言うつもりは……。ただ……」

「ただ?」


 彼女は意を決したように話し始める。


「……あまりお礼や謝罪を言わず……気高いといいますか……、私どもに何かと無茶なことをおっしゃって……やんちゃといいますか……」

「…………あぁ……なるほど」


 前から思っていたが、どうやらヘレナは思ったことが顔に出るタイプらしい。

 思い返せば父親を呼びに行く際の礼を言った時や、先程のユーリウスが謝罪した時では、ヘレナは驚いていた。それは、“前のユーリウス”があまり人に謝ることも、礼を言うこともしてこなかったからである。しかも彼女の言葉から、日常的に困らせていたことも察せられた。つまり……、


「つまりだったと」

「⁉ ……いっ……いえっ! そんな……こと……は……」


 彼女の声は尻すぼみに小さくなっていく。どうやら推察が当たったらしい。


「いやいいさ……。さっきも言ったが“前の自分”がどう言われようが別に気にしねぇ。……むしろ悪いな、言いにくいこと質問しちまって」

「……いえ…そんな……、…………ありがとうございます……」


 ユーリウスは天を仰ぐ。先程は“前のユーリウス”のことなどどうでもいいと思っていたが、他の人……特にヘレナに迷惑をかけていたことは割とショックであった。

 目覚めてから今に至るまで、面倒を見てくれたヘレナにはとても感謝していた。彼女がいなければユーリウスは今も、混乱の最中にいたかもしれない。

 しかし、彼女の“ユーリウス”への印象はあまり良く無いだろう。我儘でろくに礼も言えないようなクソガキを好ましく思う人間などいないだろう。

 そんな印象を払拭し、なんとか距離を縮めたいと思い、ユーリウスはある提案をする。


「……ヘレナ、一つお願いがあるんだが……」

「? …… はい、なんでしょう?」


 彼女は姿勢を正し、ユーリウスの言葉を待つ。そんなに身構えなくても、と思ったがとりあえず言葉を続ける。


「これからは“ユーリ”って呼んでくれないか?」

「“ユーリ”……ですか?」


 “ユーリ”。それは前世の名前の“勇利ゆうり”とほぼ同じ呼び方だ。故に“ユーリ”という呼ばれ方は彼にとって呼ばれ慣れている名前である。

 “南雲 勇利”はその経歴から、家族以外に親しい人物などほとんどできたことが無く、ゆえに親密な関係の築き方などまるで心得が無い。そんな状態でなんとか絞り出した彼女との距離を縮める方法が、あだ名で呼んでもらうことであった。


「あぁ! “ユーリウス”だとしっくりこないし妙に長ったらしいし、ヘレナも呼びにくいだろ? 記憶が戻る気配のねぇし、今までの“ユーリウス”とは別人として扱って欲しい。……というわけで“ユーリ”って呼んでくれると嬉しいんだが……」

「いえ……、ですが……失礼な気も……」


 確かに、ユーリウスとヘレナは主と従者の関係である。従者である彼女が、主をあだ名で呼ぶのはあまりよくないことなのかもしれない。しかし、ユーリウスにとって、彼女が自分の従者であるという認識はほとんど無い。むしろ、自分のことを気に掛けてくれる姉のような印象を抱いていた。


「なぁに、俺は気にしないし他のヤツの前で呼ぶのがマズイなら二人きりの時だけでいい。ヘレナとはこれから仲良くしたいんだ。無理強いするつもりは無いんだが……どうだ?」

「!」


 ユーリウスがヘレナに問い掛ける。表面上は軽い感じでの提案ではあるが、内心、彼女が提案を受けてくれるか不安であった。

 彼女は少し悩んだのち、微笑みながら答える。


「 ……かしこまりました! でしたらこれからは“ユーリ様”とお呼びさせていただきます!」

「本当か⁉ ありがとう! ……これからよろしくな! ヘレナ!」

「はい! こちらこそよろしくお願いします! ユーリ様!」


 こうしては、ヘレナと少し距離を縮めることができた。その嬉しさで父親への怒りなどとうに吹き飛び、ユーリは初めて、あだ名で呼ぶような親しい人できたことを喜んだ。


 そんなこんなしていると、部屋に射している光がオレンジ色になっていた。窓の外を見ると、太陽が傾いているのが見える。


「……あっ、もうこんな時間に……。……ユーリ様、旦那様に言われたお勉強は明日からにして、そろそろお風呂にしましょうか」

「む、……あぁ。……あるんだ……お風呂」

「はい! ペイルウルフ家自慢の大浴場です!……入れるのは旦那様や坊ちゃまだけで、メイドの私なんかは別の狭いお風呂しか入れないんですけどね……」

「そうなのか? なのにもったいない……」


 正直、中世のヨーロッパっぽい世界なので家に備え付けの風呂があるとは思ってなかったが、異世界なのであまり気にしないことにした。ユーリはヘレナに案内され風呂に入ることにした。




「…………ふぅ」


 ユーリは湯船に浸かり、溜息を吐く。大浴場はその名の通り無駄に広く、ユーリの前世の家のものと比べて十倍は広かった。これだけ広いと泳ぐこともできそうだが、今のユーリにはしゃぐだけの気力はなかった。

 じつのところ、ここに来るまでに何度か転びかけた。前世である“南雲 勇利”だった頃とは体格も力の強さも全く違うので、当然と言えば当然であった。


「……細ぇな」


 自分の腕を見て呟く。前世のころとは3倍以上は腕の細さは違った。まだ10歳の体ではあるが、それでも前世よりはるかに貧相な体である。一から鍛えなおさないといけない事実に思わずため息が出る。


「お湯加減はどうでしょうかー!」

「あぁ!いいお湯だよ!ありがとう!」


 浴場のドアの向こうからヘレナの声がする。どうやら脱衣所で衣服の準備をしてくれているらしい。

 浴場に来る途中、ヘレナ以外のメイドにも何人かすれ違った。挨拶をしたら一人の例外なく驚かれたため、改めて“前のユーリウス”の人柄を理解させられた。


「…………」


 全身をだらんと伸ばしながら、彼は思考にふける。

 本当に今日はいろんなことがあった。異世界への転生、ヘレナとの出会い、父親との邂逅。この世界に来てからは短いが、それでも大分濃厚な一日だった。

 それに、この世界に来てからも大変だったが、前の世界での出来事も相当である。


(……電車に轢かれそうだったあの女の子は大丈夫だったか?結構強くぶん投げちまったが)


 この世界に来る、すなわち死ぬ直前のことを思い返す。ちゃんと母親の方へ投げたつもりだが、投げられたのは幼い女の子だ。ユーリは少女が変にケガをしてないか少し心配だった。

 そして、彼にはもっと気がかりな人物がいた。


「…………姉貴」


 彼の姉であった人物、“南雲 優菜”である。彼女はしっかり者で自立した人間であるが、それはそれとしてには結構べったりしていた。そんな彼女の目の前で死ぬことになったのだから心配にもなる。


(変に気負ってねえといいんだが……。それに……)


 ユーリは死ぬ直前にした約束を思い出す。


(結局、約束守れなかったな……)


 優菜が勧めるゲームをプレイする。その約束は果たされることはなかった。誘いを受けた時の彼女の嬉しそうな表情を思い出し、彼は申し訳ない気持ちになる。


(こんなことになるなら、もっと前に誘いを受けるべきだった……)


 今更思ったところでどうしようもないことは理解しつつも、後悔せずにはいられなかった。

 少々センチメンタルになりつついろいろ思い返していると、勧められていたゲームのことも思い出す。


「確か……、『デュアリティ・ストーリーズ』……だったっけ」


 姉曰く、ギャルゲーにRPGの要素も盛り込んだ傑作で、特に魅力的なのが、主人公のステータスや他のキャラクターとの関係で無数に分岐するストーリーらしい。

 登場するキャラクターも多彩でメインヒロインを始め、友人やライバル、敵役といったキャラたちも人気が高く、中にはプレイヤーから嫌われている悪役も……、


「…………む?」


 そこで、が引っかかる。


「…………『デュアリティ・ストーリーズ』……“ユーリウス”?……どこかで聞いたような……」


 引っかかったのは、だ。先程までまるで聞き覚えの無い名前だと思っていたが、『デュアリティ・ストーリーズ』のことを思い出しているとなぜかを知っているような気がした。どこで聞いたか、と改めて思い返してみて、


「…………あぁ、そうだ確か──」


 前世での、姉とのとあるやり取りに辿り着いた。






「…………むぅぅー」


 自身の姉、優菜がモニターの画面に唸っている。

 彼女は自身の部屋でゲームをやっていた。近くには勇利もおり、部屋の姉のベットに寝そべり漫画を読んでいる。


「……ホントこいつは……!」


 彼女の口から怒気の籠った声が漏れる。どうやらゲーム画面の向こうによほど気に入らない存在がいるらしい。

 そんな彼女の様子が気になり、勇利は読んでいた漫画から目を離し声を掛けた。


「……どうしたー、やけに不機嫌じゃねぇか」

「んー……、いや大したことじゃないんだけど……、何度やってもこのキャラムカつくなー、って」

「へぇ、……どんなキャラなんだ?」


 優菜がゲームのキャラクターにそこまで言うのは珍しい。勇利はそこまで彼女をムカつかせたキャラクターに興味が湧いた。


「この“ユーリウス”ってキャラクター。ネットでも嫌われまくってる悪役で、こいつがホントにムカつく野郎でね」


 そう言われゲーム画面を優菜の肩越しに覗き見ると、淡い青の髪と眼をした男が映っていた。ぱっと見イケメンの男だが、立ち絵の雰囲気がどことなく嫌味なキャラクターであることを感じさせる。


「シエラちゃんってヒロインがいるんだけど……」

「シエラ……、どの子?」


 勇利は近くに置いてあったゲームのパッケージを手に取る。

 パッケージには『デュアリティ・ストーリーズ』というタイトルと、それぞれ違った印象を受ける五人の少女が描かれていた。


「その真ん中の銀髪の子。……で、こいつは最初、シエラちゃんの婚約者として登場するんだけど、そのへの態度があまりにも酷くてね。自分が上位の立場にいるのをいいことに、自分が命令したことは何でもしろー、とか言って雑用やらせたり、逆らったら親がどうなっても知らないぞー、って親を人質にとって脅したり! しまいには自分より目立ったって理由で暴力をふるうんだよ⁉ 事あるごとに主人公にも絡んで来るし……、ホントマジでムカつく‼」

「……あー、……そりゃ確かにひでぇヤツだな……」


 勇利は同意しつつも、徐々にヒートアップしていく姉をなだめる。だが彼女は、まだ不満があるらしく言葉を続ける。


「でもね! いっちばんムカつくのは……!」

「ムカつくのは?」

「あろうことか、“勇利ゆうり”と名前が似てるの‼」

「……あぁ、“勇利ゆうり”と“ユーリウス”でか……、なるほど」


 それを聞いて勇利は深く納得する。そんなクソ野郎が自分の最愛の家族と似たような名前をしていたら怒りが湧いてくるのも分かる。


「……まぁ、でもほぼ全てのルートで死ぬなり没落するなりして破滅するから、多少は鬱憤も晴れるんだけどねー」


 一通り怒りを吐き終え、落ち着きを取り戻した彼女は、再びゲーム進め始めた。






「……………………………………」


 ユーリは立ち上がり、足早に風呂から出る。

 向かう先は脱衣所、そこには大きめの鏡があるからだ。


「……あれ? ユーリ様? どうかなさいましたか?」

 

 脱衣所に入るとヘレナに声を掛けられた。しかし彼は、それに答えることもなく鏡の方へ向かい、その前に立つ。

 そこには、淡い青の髪と眼をした少年が映る。この世界で目覚めた時も同じように鏡を見たが、その時は知らない人間になっていると思っていた。

 

「……………………」

「……ゆ……ユーリ…様?」


 だが、今は違う。記憶のものよりも幼いが、ユーリは鏡の中の人物……、いや、を知っていた。


「………………ゆ……」

「……ゆ?」


 は、ゲーム『デュアリティ・ストーリーズ』のキャラクターで、ほぼ全てのルートで破滅が確定している“嫌われ悪役”。

 そう、“南雲 勇利”は“ただのユーリウス・ペイルウルフ”ではなく、


「“ユーリウス”じゃねぇか!!!!?」


 “『デュアリティ・ストーリーズ』のユーリウス・ペイルウルフ”に転生していたのだ。


 

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シナリオブレイカーズ!! ~ミリしか知らないゲームの悪役貴族に転生した元不良、定められた運命《シナリオ》を狂わせまくる~ @kon-i1911

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