特別ショート・ストーリー公開
書き下ろし特別掌編「心做しか」
「私は、こちらの
向き合う一対の鳳凰の意匠に、紅玉や瑠璃が散りばめられたそれは大層華やかだ。
「確かに、此度は新年の装い。より華を盛るのが定石です。ですが、やはり
宵胡は答えながら、
凜々が手にした梳き櫛と同じ金細工だが、色石などの装飾はなく、一見したところ左程目立たない。だが、羽模様の透かし彫りは精緻を極め、実に見事。いまにも羽ばたかんばかりに煌めいている。
ここ、玄冥宮の
その間、真ん中に座らされた白玲はひと言もなく、ただひたすらに時が過ぎるのを待っている。
「前回同様、宵胡の言い分はよくわかります。何事も過ぎたるは及ばざるがごとし。でも、
「凜々の意見も一理あります。しかし、暗中の花香がより芳しいように、美しさもまた秘めてこそ輝くのでは?」
「・・・・・・ええ、確かに。確かに、そうですけどっ。嗚呼、悩ましい!」
胸の中に溜まった倦怠をすべて吐き出す勢いで、白玲は大きなため息を落とす。
どちらでも、いや。そもそも、最初から髪も飾りもすべてどうでもいい、という主の態度はまるで目に入らないらしい。
一年も終わりに近づき、季節はすっかり冬に染まった。都の一帯は雪こそ滅多と降らないが、風は凍みるほどに冷たい。そんな尖る一方の北風に乗るように、李昭儀からおよそふた月ぶりに文と荷が届いた。
白玲と
白玲と花青公主の間を取り持ったことに責任を感じているようで、末筆に今後は自重を心がける旨が記されてあった。白玲にすれば、李昭儀は周囲のたくらみに巻き込まれた被害者側の人間だ。気に病む必要はないと伝えるべきかと迷ったが、そもそも玄冥宮は外界と関わらないのが鉄則である。このまま縁を断つのが李昭儀のためだと、返事はせずに終わらせた。
このまま、二度と関わることもないだろう。そう思っていただけに、白玲は大いに戸惑った。
だが、霖雨のみならず、凜々と宵胡も、個々の余得から李昭儀に対する肩入れが凄まじく、白玲は押し切られる恰好で文と荷を受け取らされた。
文には〈后妃たちの新年の晴れ着の注文を捌くうちに、どうにも我慢ならなくなった。ぜひとも、私に白玲様の晴れ着を見立てさせてくれまいか。というか、すでに仕立ててしまったので、どうか受け取って欲しい〉と、厳寒を蹴散らさんばかりの熱量で綴られていた。その熱波に後ずさりしながらも、そっと末尾に記された、〈少しずつではありますが、花青公主は活力を取り戻されておいでです〉という一文には憂慮が微かにほころぶのを感じた。
だが、安堵も束の間。
李昭儀が晴れ着に込めた情熱が凜々と宵胡に伝播しないはずもなく。ふたりは意気揚々と、幸福を表す
此度は前回と違い、茶会に出向く訳でもない。張り切って着付けたところで、一体誰に見せるというのか。
白玲が問えば、大真面目に
霖雨を介して十を超える髪飾りを集めた凜々と宵胡は、力尽くで白玲を東廂房の姿見の前に座らせると、そこから延々、並べた髪飾りを白玲にあててみては、これは違う、そちらはどうかと、熱心に意見を取り交わしている。
再び、白玲は息を吐く。
この不毛な話し合いはいつまで続くのか。もはや、頭の中には〈解放されたい〉という願いしかない。
「・・・・・・わかりました。では、いったん宵胡の意見に従いますわ」
「感謝します、凜々。では、力を合わせて最後の仕上げといきましょう」
ようやく決着がつきそうな流れに、白玲は愁眉を開きかけた――のだが。
「では、次は髪形をどうするか、ですわね」
「梳き上げるか、はたまた結うか。どうしたものか」
「またまた悩ましい! あ、編み込んでみるというのはどうでしょう?」
「なるほど、それも良い。ひとまず、片っ端から試して――」
「梳き上げるだけでいい! いや、梳き上げるだけがいい!」
堪りかねて、白玲は叫ぶ。
とうに我慢の限界は過ぎているというのに。このうえ髪を梳いたり結ったり、果てに編み込まれるなどあり得ない。
「髪は前と同じく、梳き上げて括れ。異論は聞かん。これは命令だ!」
白玲は決死の覚悟で言い渡す。
このうえ毛髪をこねくり回すというなら、暴れてでも逃げ出してやる。そう全身で訴える白玲の姿は、さながら毛を逆立てて風呂を嫌がる猫のごとし。
さすがに、主にここまで抵抗されれば折れるしかない。凜々と宵胡は目を見合わせたあと、渋々ながらうなずく。
「承知しました」
「では、梳き上げるだけで」
「ああ。そうしてくれ」
凜々と宵胡は肩を落としながらも、互いに目配し、「いずれまた」、「そうですね、折をみて」と密かに取り決める。
とにかく、いまは白玲の機嫌をこれ以上損ねずに済むよう、凜々と宵胡は早々に髪を梳き上げ、括った根元に孔雀羽の
「はい。これでお支度が整いました」
「まだまだ吟味の余地がありますが、よくお似合いでございます」
凜々と宵胡がそろって歓声を上げる。
「やはり、李昭儀は手練れでございますね。此度の色合わせも見事のひと言。白玲様の美しさをよく引き立てております」
「本当に。まさに、高雅な華のごとしです。お口さえ開かねば」
左右から寄せられる感想を聞き流しながら、白玲は姿見の中の自分を眺める。
屍王は総じて、美的な事柄に対する感性や興味が希薄に創られている。
無論、白玲も例外ではない。
白玲が不機嫌に眉根を寄せれば、姿見の己も顔を顰める。
やはり、どれだけ眺めたところで何の感慨もない。見慣れた己の姿。それ以上でも以下でもない。
「・・・・・・とにかく、終わったんだな。じゃあ、さっさと着替えさせてくれ」
「あらあら、愛想のない。せっかくなので、冬惺殿にも見ていただきましょう」
「そうです。冬惺殿のご意見もぜひ窺いたい」
「は?」
白玲の眉間に刻まれた歪みが一層深まる。
仰々しい恰好だけでもうんざりだというのに。このうえさらに、冬惺に姿をさらせとは何事か。
以前の茶会の際も、冬惺の褒めっぷりは耳を塞ぎたくなるほど酷かった。あんな茶番を繰り返すなど、冗談じゃない。絶対に嫌だと言いかけたが、もちろんそれを聞き入れる侍女たちではない。
「確か、冬惺殿は表で鍛錬をするとおっしゃってましたわね」
「ええ。陽光の下での色映えも見ておきたいからちょうど良い」
「ではでは、白玲様」
「参りましょう」
見かけによらず、膂力自慢の凜々は有無を言わせず白玲を立たす。
すかさず宵胡が背後に回り、前後から白玲を挟み込むと、東廂房から廊下、正房から扉の前と、あっという間に白玲を引きずり出した。
凜々が左の掌底で扉を突き、勢いよく開く。
鍛錬をするの言葉通り、外の石畳の上で冬惺が剣をふるっていた。
「冬惺殿ー」
凜々が朗らかに声をかけながら、冬惺に駆け寄っていく。
宵胡も同じく進み出す。
引くと押す。ふたつの力によって、白玲もまた連れていかれた。
冬惺が動きを止め、こちらを見る。
一瞬、凜々と宵胡が身を強張らせる。
ふたりほどではないにしろ、白玲もまた目を細める。
もっとも、命懸けの戦いに臨む者にとって、それは当然の変容だろう。
梟炎や
それでも、冬惺は変化がいっそう顕著に映る。普段との落差もあって、本気で別人になったのではないかと思うほど、目つきもまとう空気も鋭い。
どれだけ温厚で、ふるまいが穏やかであっても、冬惺もまた鬼方士、血で血を洗う戦いに身を置く者なのだと思い知る。
しかし、それも一瞬。
冬惺が剣をふるい、鞘に収める。
白玲たちに向き直る頃にはすでに、いつも通りの優しげな顔に戻っていた。
凜々と宵胡がほっと力を抜くのと同時、今度は冬惺は目を見張る。
まじまじと、ひとしきり白玲を見つめたあと、冬惺はひときわ柔らかく相好崩す。
これまで何度も目にしてきた、見覚えのある表情。
あの顔をしたあとは、必ず褒め言葉の列挙がはじまる。それはもはや、太陽が東から昇るがごとく、絶対の理だ。
すでにうんざりしながらも、その一方で白玲は密かに思う。
屍王は美的な感覚に鈍く、殊に容姿の美醜についてはわからない。
わからないが、しかし。
何故か、自分に向けてほほえむ冬惺の顔は大層好ましく感じられる。
ただの気のせいかもしれない。
けれど、胸を温めるその心地はいまはまだ遠い春のぬくもりに似ていた。
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