第10話

平日の午後、魔堂零士はカフェオーナーから預かった茶色い封筒を手に、いつものカフェを訪れていた。この店は、零士にとって行きつけの場所であり、オーナーとも顔なじみだ。


「やあ零士、来てくれたか。」

カウンターの奥でエプロンをつけたオーナーが微笑む。白髪交じりの髪をきっちりと整えたその姿には、どこか温かみがあった。


「ったく、こうやってお使い頼まれるのも悪くないけどな。」

零士は軽い調子で答えながら、封筒を差し出した。


「悪いな、エリザに直接伝えるのもいいんだが、君がいると場が和むからね。」

オーナーの冗談交じりの言葉に、零士は肩をすくめた。




カウンター越しに目をやると、エリザが一生懸命カプチーノを淹れている。しかし、その様子はどこかぎこちない。零士が軽く声をかける。


「おい、大丈夫か?」

零士が尋ねると、エリザは振り返り、満面の笑みで応えた。


「零士様! ご安心を。私はこの『スチームミルク』という現代の技術をほぼ習得しました!」


「ほぼってなんだよ。」

零士が呆れた瞬間、エリザの手元でミルクが盛大にこぼれた。


「あっつ…! しかし、これも訓練の一環です!」

エリザは慌ててミルクを拭き取ろうとするが、タオルを床に落としてしまう。


零士は深くため息をつきながら、椅子に腰掛けた。

「お前な、もう少し落ち着けよ。」




その時、店の扉が開き、山田歩が制服姿で入店した。歩は周囲を観察するように目を細め、やがてカウンターへ向かう。


「歩、お前こんなとこ来るの珍しいな。」

零士が声をかけると、歩は真剣な表情で言った。


「現代の習慣を観察し、理解を深める必要があると考えた。」


「で、観察の結果、カフェかよ。」

零士が呆れる中、歩はメニューを見ながら真剣に呟く。

「この『ラテ』というものに興味がある。」


「ラテの何に興味持つんだよ。」

零士は笑いながら突っ込むが、歩は動じることなくオーダーを続けた。




歩のラテが準備される間、隣のテーブルから怒声が上がった。

「おい! このコーヒー、注文と違うじゃないか!」


エリザは慌てて駆け寄り、「申し訳ありません! 今すぐ対応いたします!」と謝罪しながらカップを下げようとする。だが、焦った拍子に砂糖の瓶を盛大に倒してしまう。


「ちょっ…砂糖の洪水だぞ!」

零士が笑いをこらえながら突っ込む。


エリザは真剣な表情で砂糖を見つめる。

「これは…砂糖の陣形を整えれば、お客様の怒りを鎮める結界にできるかもしれません!」


「お前それ、本気で言ってんのか?」

零士は完全に吹き出してしまった。


隣の客も目を丸くしていたが、エリザの真剣な表情を見て、呆れつつも笑いに変わった。

「いやもういいよ。こんな真面目な勘違い、久しぶりに見たわ。」




トラブルが収まり、店内が再び静かになった。エリザは深々と頭を下げながら呟いた。


「この世界の接客は、本当に奥が深いです。」


「いや、お前が深くしすぎてんだよ。」

零士が肩をすくめる。


オーナーが後ろから笑いながら言った。

「まあまあ、エリザのおかげで店が賑やかになってるよ。零士、君が手を貸してくれて助かったよ。」


零士は苦笑いを浮かべながらコーヒーを啜った。

「俺が手を貸さないと、この店どうなるんだよ。」


一方、歩はコーヒーを飲みながらポツリと呟いた。

「現代の規律は複雑だ。」




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勇者と魔王は馴染めない! 雨雲 @pandam3

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