第9話

日曜日の午後、山田歩と魔堂零士は商店街のカフェにやってきた。落ち着いた雰囲気の店内には、木製のテーブルと椅子が並び、心地よいBGMが流れている。


「ここが現代社会の『休息所』か。」

歩は周囲を見回しながら感慨深げに呟いた。


「カフェな。休息所って言い方、どっかの宿屋みたいだぞ。」

零士が苦笑しながらアイスコーヒーを注文する。


「だが、この飲み物の種類の多さは混沌そのものだ。秩序が感じられない。」

歩がメニューを指差し、真剣な表情で首をかしげる。


「また始まったよ。飲み物くらい好きに選べばいいだろ。」

零士が飽きれ顔でそう言った時、店員がテーブルにやってきた。




「ご注文はお決まりでしょうか?」

柔らかな笑顔で接客する店員。しかし、歩と零士に目を向けた瞬間、その顔が一瞬固まる。


「…まさか、あなたたちも異世界の者ですね?」

エリザは小声で問いかける。


「おいおい、いきなり何だよ。」

零士が怪訝そうに返すと、エリザは一歩後ずさりながら名乗り始めた。


「私はエリザ。かつて魔王軍の宮廷魔術師として仕えていました。魔王様には直接お会いしたことはありませんが、その偉業には敬意を抱いております。」

彼女が深々と頭を下げる。


「魔王軍…だと? 規律に反する者!」

歩が身構えると、エリザは冷たい目を向けた。


「元勇者アルヴィン。あなたが私たちの理想を無残に破壊したのは忘れられません。」

エリザの鋭い言葉に、歩は真剣に反論する。


「それは規律に基づいた正義の行動だ。」


「正義? あなた方の一方的な価値観ではありませんか!」

エリザが食い下がる。


「やめろやめろ。」

零士が手をひらひらさせて二人の間に割って入る。

「ここは戦場じゃなくてカフェだぞ。」


「ですが、私の力を奪ったのは、この現代社会とあなた方のせいです!」

エリザが悔しそうに拳を握る。




「力が奪われたって、それはこの世界のルールだろ。俺たちも魔力なんて使えないぞ。」

零士が肩をすくめて言う。


「でも、魔王様は…!」

エリザが零士を見つめると、彼は即座に否定した。


「俺を魔王扱いするな。つーか、もうただのサラリーマンだ。」

零士が呆れながら答えると、エリザは意外そうな顔をした。


「…魔王様がサラリーマン?」

その言葉に、零士は苦笑しながらコーヒーを啜る。


「まぁ、そうだよ。だから、ここで威厳を求められても困るんだ。」


「威厳がない…魔王様が、そんな…!」

エリザはショックを受けたように座り込んでしまう。


「お前な、そんなことで落ち込むなよ。」

零士が呆れつつエリザに声をかける。


「ですが、元勇者がいるというだけで…!」

エリザが再び歩に向き直る。


「私はただ規律を守り、現代社会で生きているだけだ。」

歩が淡々と答えると、エリザは歯ぎしりするように目を逸らした。




その時、隣のテーブルから声が上がった。

「おい! このコーヒー、甘すぎるぞ!」


エリザは慌てて駆け寄り、「すぐに交換します!」と対応しようとするが、手が滑って砂糖の瓶を倒してしまう。


「…大丈夫か?」

零士が苦笑しながら声をかける。


「魔術が使えれば…こんな失態は防げたはずなのに!」

エリザが床に散らばった砂糖を見つめ、真剣な顔で言う。


「いや、魔術関係ないだろ。」

零士が即座に突っ込む。


「砂糖がこれだけあれば、結界を作る手段になったはずなのに…!」

エリザの真剣な表情に、零士は頭を抱えた。


「その発想が異世界なんだよ!」


隣の客は困惑しながらも、エリザの必死さに圧されて「まぁ、いいか」と苦笑しながら店を後にした。




カフェを出た後、三人はそれぞれの帰路についた。


零士は肩をすくめながら笑った。

「あいつ、異世界のまんまだな。」


歩は静かに頷きながら言った。

「彼女のように、この世界でも何かを見出して生きていくべきだな。」


エリザは夕陽に染まる街を歩きながら呟いた。

「魔術がなくても、この世界で生き抜いてみせる…たぶん。」


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