【短編小説】とある高貴な子供電話相談室(約7,900字)

藍埜佑(あいのたすく)

【短編小説】とある高貴な子供電話相談室(約7,900字)

 都内の静かなビルの一室に、子供電話相談室がある。そこでは、元気な声で子供たちの疑問や悩みに答える「相談室のお姉さん」たちが働いていた。その中でも一際熱心で親切なことで評判の高いスタッフがいる。名前は高梨さやか、28歳。落ち着いた優しい声と、的確なアドバイスで子供たちから絶大な人気を集めている。


 この日も彼女のもとには、全国の子供たちからたくさんの電話がかかってきていた。


「はい、こんにちは!子供電話相談室のさやかお姉さんです。今日はどんな相談かな?」


 電話の向こうからは、小さな男の子の声が聞こえた。だが、どこか妙にきちんとした話し方で、少し普通の子供とは違う雰囲気を醸し出している。


「こんにちは、さやかお姉さん。僕、リヒトって言います。少し相談したいことがあるんです」


「リヒトくん、こんにちは!どんなことでも大丈夫だよ。お姉さんに教えてくれるかな?」


 リヒトはしばらく考えた後、話し始めた。


「ええと……国のみんなが幸せになるには、どうしたらいいんでしょう?」


 その質問に、さやかは一瞬戸惑った。「国のみんな」という言葉が大きすぎて、まさか目の前の子供が本当にそんなスケールのことを気にしているとは思えなかった。


「リヒトくんは優しい子だね。みんなの幸せを考えるなんて偉いね!でも、もうちょっと具体的に教えてくれるかな?たとえば、どんなことをしたらみんなが喜ぶと思う?」


 リヒトの声がさらに真剣さを増した。

「うーん……最近、国のみんなが何か不満そうなんです。だから、みんなにたくさんお金をあげたり、美味しいご飯を配ったりするのはどうかなって思ったんですけど、それだけじゃダメなのかなって……」


 さやかは軽く笑った。

「リヒトくん、それもすごくいいアイデアだね!みんなが喜びそう。でもね、大事なのは、ただ物をあげるだけじゃなくて、みんなが自分で何かを頑張って達成できる環境を作ることだと思うな。たとえば、学校で楽しく勉強できたり、友達と遊べる場所があったりするのが大事だよね」


 電話の向こうで、リヒトが「なるほど……」と呟くのが聞こえた。


「それに、リヒトくんがみんなのために頑張っている姿を見せたら、きっとみんなももっと幸せを感じると思うよ!」


 そのアドバイスに、リヒトは感激したようだった。

「ありがとうございます、さやかお姉さん!僕、頑張ります!」


 そう言って電話は切れた。それからさやかは、次々と他の子供たちの相談に乗りながら、いつも通りの忙しい一日を過ごした。彼女はまさか、この一つの電話が世界を揺るがす出来事に繋がるとは夢にも思っていなかった。



 一方、その頃、地球の裏側にある小国「ラウエル王国」では、国家の運命を揺るがす重大な政策が進行していた。この国の国王、リヒト三世――そう、先ほどのリヒトこそが、実はこの国の10歳の若き君主だったのだ。


 玉座に座ったリヒト三世は、大臣たちに向かって堂々と宣言した。

「皆に告げる!国民がもっと幸せになるために、学校をたくさん作り、遊び場も増やす。そして、お金や食べ物を配るだけではなく、みんなが自分の力で頑張れるような国を目指すんだ!」


 側近たちはその大胆な宣言に目を丸くした。

「陛下、それは素晴らしいお考えですが、具体的にはどのように……?」


 リヒト三世は自信満々に答えた。

「さやかお姉さんがそう言ってたんだ!」


 誰だそれは、と顔を見合わせる大臣たち。しかし、国王が言う以上従わざるを得ない。リヒト三世の提案を基に、急遽新しい政策が次々と打ち出された。


 だが、この政策が発表されるや否や、世界各国がざわつき始めた。


 ラウエル王国の「国民に全力で幸せを提供する政策」は、いくつかの国から「革命的」と評価されたが、他の国からは「過剰な支出による財政崩壊の危険性」や「国民を甘やかしすぎる政策」として猛反発を受けたのだ。さらに、一部の国では「ラウエル王国が国際社会で覇権を取ろうとしている」という陰謀論まで飛び交い始め、外交的緊張が高まる一方となった。


 国際会議の場で、リヒト三世は堂々と主張した。

「みんなが幸せになれる環境を作るのが大事なんだ!戦争なんてする必要ないよ!」


 しかし、他国のリーダーたちは子供らしい理想論を受け入れられる余裕もなく、議論はますます混乱を極めた。各国でデモが起き、国際的な貿易がストップし、ついには世界経済が大混乱に陥ってしまった。



 一方その頃、日本ではいつも通り子供電話相談室で働くさやかが、新聞の一面を見て目を丸くしていた。そこには、リヒト三世が「さやかお姉さんのアドバイスを元に行動している」と明言したという記事が載っていた。


「えっ……これって……まさか……!」


 さやかは頭を抱えた。自分が適当に返した言葉が、どうやら世界を揺るがしているらしい――。


 その日から、彼女の元には「相談ではなく事情聴取」の電話が各国からかかってくるようになった。


 子供電話相談室の事務所に、異様な緊張感が漂っていた。いつもなら、無邪気な子供たちの声に囲まれた明るい空間なのだが、今日は何かが違う。電話のベルが鳴るたびに、スタッフたちの顔が青ざめる。


 その原因は、当然、さやかである。彼女の机の前には、見るからに堅気ではないスーツ姿の男たちがずらりと並び、次々に名刺を差し出していた。名刺には、「外務省」「防衛省」「国連特使」など、恐ろしい肩書きが並んでいる。


「高梨さやかさんですね。こちら、国際問題に関する緊急協力要請の書類です。署名をお願いします」

「さやかさん、リヒト三世陛下が『これからもお姉さんの意見を参考にする』と仰っていますが、具体的にどのようなアドバイスをされたのでしょう?」

「高梨さん、各国首脳会議での参考資料として、陛下との通話記録を提出していただけますか?」


 矢継ぎ早に投げかけられる質問に、さやかはただ唖然としていた。

「ちょ、ちょっと待ってください!そんな大ごとになるなんて、全然知らなくて……ただ、普通に子供の相談に乗っただけで……」


 しかし、彼女の弁明はどこ吹く風。外交官たちは一切耳を貸さず、次々と書類を積み上げていく。


 そのとき、再び電話が鳴った。さやかは混乱しながらも、職業的な癖で受話器を取った。

「はい、子供電話相談室のさやかお姉さんです。今日はどんな相談かな?」


 すると、聞き慣れた声が返ってきた。

「さやかお姉さん!またリヒトだよ!今日はもっとすごいことを相談したくて電話したんだ!」


 事務所中の視線が一斉にさやかに集中する。外交官たちが「リヒト三世!」と口々に叫びながら、何かをメモし始めた。さやかは顔面蒼白になりながらも、冷静を装って話を続けた。


「え、えっと、リヒトくん……また相談なんだね。今日はどんなお話?」


 リヒトの声は、相変わらず無邪気だった。しかし、その内容は無邪気どころではない。

「実はね、他の国の王様たちが僕のことをちょっと嫌がってるみたいで……どうしたら仲良くできるかな?」


 その言葉を聞いて、事務所にいた全員が凍りついた。外務省の職員が「これ以上下手なことを言わせるな!」と身振りで止めようとするが、さやかは受話器を握りしめて離さない。


「うーん、そうだね……リヒトくんがその王様たちと仲良くしたいなら、一緒に楽しいことを考えてみるのはどうかな?たとえば、みんなで遊べるイベントを開いて、お互いのことを知る機会を作るのがいいかもしれないよ」


 リヒトは大きく頷くような声で答えた。

「なるほど!お祭りみたいな感じかな?それいいね!よし、僕、すぐに準備するよ!」


 電話が切れると同時に、外交官たちの顔が真っ青になった。

「お祭りだと……?陛下が他国首脳を招待して『平和の祭典』を開くと言い出したら、下手をすると大規模な外交紛争になりかねない!各国の思惑が絡み合って、誰かが裏で戦争を仕掛ける危険性だってある!」


「しかも、それが子供電話相談室発信のアイデアだとバレたらどうするんだ!?」


 さやかはついに耐え切れず、机に突っ伏して叫んだ。

「だから私はただリヒトくんの相談に乗っただけなんですってばー!!」



 一方、リヒト三世はすでに行動を開始していた。各国の首脳に直々に招待状を送りつけ、「平和の祭典」を開催すると宣言。さらに、相談室で聞いた「みんなで頑張る環境を作る」という言葉を参考に、「祭典の準備は各国から一番偉い人が責任を持って行うべき」という条件をつけた。


 その結果、世界中のトップリーダーたちが、嫌々ながらもお祭りの準備に駆り出されるという異様な光景が広がった。アメリカの大統領がテントを組み立て、中国の主席が屋台のメニューを考案し、フランスの大統領がダンスパフォーマンスの振り付けを考える――誰もが「なぜこんなことを」と思いながらも、断れば国際的な非難を浴びるため逃げられない。


 そして祭典当日。世界中のメディアが注目する中、リヒト三世は玉座から満面の笑みを浮かべて挨拶を始めた。

「今日はみんなが仲良くなれるように、この素敵なイベントを開きました!さやかお姉さんのアドバイスのおかげです!」


 その瞬間、会場に集まった各国のリーダーたちが一斉に「誰だそれは!?」とざわつき始めた――。



 日本ではテレビ中継を見ていたさやかが、力なくソファに崩れ落ちていた。

「これ、どうすればいいの……?」


 電話相談室の隅っこに追いやられた彼女の机には、「リヒト三世専用回線」の赤い電話が鎮座している。次に電話が鳴るとき、彼女は果たしてどんなアドバイスをするのだろうか……。


 平和の祭典は、予想以上に盛り上がりを見せていた。子供の純粋な発想から生まれたこのイベントに、各国のリーダーたちは最初こそ困惑していたものの、次第に楽しみ始めたのだ。アメリカ大統領が焼きそば屋台で大行列を作り、フランス大統領がワイン片手にステージで踊り、中国主席が卓球大会を主催する姿は、各国のメディアに「歴史的瞬間」として大々的に報道された。


 だが、祭典の成功とは裏腹に、舞台裏では別の問題が噴出していた。特に、国際社会における力関係が崩れる可能性が浮上したことで、一部の国々が祭典後の対応を巡って不穏な動きを見せ始めていたのだ。


 そのころ、日本の子供電話相談室では、例の赤い電話がまた鳴り響いていた。さやかは、すでに「これ以上問題を拡大させてはいけない」と腹をくくり、電話に出た。


「はい、リヒトくん……じゃなかった、リヒト三世陛下ですね。今日はどんな相談かな?」


 リヒトの声はいつも通り明るかったが、少しだけ悩んでいるようにも聞こえた。

「さやかお姉さん!お祭りはすっごく楽しかったよ!みんなも喜んでくれたみたい。でもね……その後、何人かの王様が『自分の国はもっとすごいことができる』って言い始めて、ちょっとケンカになりそうなんだ」


 さやかは頭を抱えた。

「ええっと……ケンカ?どうしてそんなことに?」


「うーん、なんかね、誰が一番『平和に貢献したか』で争ってるみたい。みんな、『自分の国が一番だ』って言いたいみたいで……」


 さやかはため息をつきながら、どうにか穏やかに解決する方法を考えた。子供電話相談室のモットーは、どんな相談にも答えること――だが、これほど難しい相談は初めてだった。


「リヒトくん、ケンカをやめてもらうには、みんなが協力したことをちゃんと認めてあげるのが大事だと思うよ。誰かが一番偉いって決めるんじゃなくて、みんなで作ったものを褒め合うのがいいんじゃないかな?」


「なるほど……みんながヒーローみたいな感じかな?」


「そうそう!例えば、特別なメダルとか賞を作って、みんなに『平和に貢献したで賞』をあげるとかどうかな?」


 リヒトはその案に大喜びし、すぐに動き始めた。

「ありがとう!さやかお姉さん!それ、いいね!僕、すぐにみんなにメダルをあげるように言ってくるよ!」


 電話が切れた瞬間、さやかは嫌な予感に襲われた。「すぐに言ってくる」という言葉が、どれほどの規模の問題を引き起こすかを理解していたからだ。



 ラウエル王国では、リヒト三世の指示のもと、急遽「世界平和メダル授与式」が計画された。各国のリーダーたちは再び招集され、それぞれが平和の祭典において果たした役割に基づいてメダルを贈られることになった。


 しかし、問題はここからだった。メダルのデザインが国によって微妙に異なることが発覚したのだ。ある国のリーダーは金色の豪華なメダルを受け取ったのに対し、別の国のリーダーは銀色のやや質素なメダルを受け取ったことで不満が爆発。授与式の会場で言い争いが始まり、最終的には「自分たちがもっと貢献した」という主張を巡って、小競り合いにまで発展してしまった。


 その混乱を収めるべく、リヒト三世は再び国際テレビ中継に登場し、満面の笑みでこう言った。

「みんなで仲良くしてほしいんだ!僕のさやかお姉さんが、みんなを褒め合うのが大事って教えてくれたんだから!」


 世界中がその言葉に注目する中、再び日本ではさやかがソファに崩れ落ちていた。もはや彼女の名前は、地球の反対側のラウエル王国から世界中に知れ渡り、SNSでは「#さやかお姉さん」がトレンド入りしている。さらに悪いことに、各国のメディアが彼女のアドバイスを批判的に取り上げる始末だった。


「日本のさやかお姉さんという人物が、国際秩序を混乱させている!」

「このアドバイザーの発言が、なぜここまでの影響を持つのか?」


 もはや子供電話相談室どころの話ではない。日本政府は緊急対応に追われ、さやかの身辺警護まで手配される事態となった。だが、さやか自身はどうすればいいのかわからず、ただ机に座って赤い電話が鳴るのを見つめていた。



 その夜、ついに電話は再び鳴った。

「さやかお姉さん!今度はね、もっと大きなことをしたいんだ。地球全体のために!」


 さやかは思わず叫びそうになったが、なんとかこらえた。


「リヒトくん……それって、具体的にどういうことを考えているの?」


「うーん……みんながもっと仲良くなるために、地球全体を一つの国みたいにするのはどうかなって思って!」


 さやかは、受話器を握る手が震えるのを感じていた。リヒトが言い出した「地球を一つの国に」という突飛な提案に、彼女の心は激しく揺れていた。これまでの善意の助言が次々と予期せぬ結果を招いてきた経験から、彼女は単純に「それはダメよ」とは言えなかった。むしろ、この純真な提案の中に、何か大切なものが隠されているような気がしていた。


「リヒトくん、その前にお姉さんに教えてくれる? どうしてそう思ったの?」


 受話器の向こうで、リヒトは少し考え込むような息遣いを聞かせた。


「だって……みんなケンカばっかりしてるの、悲しいんだ。お祭りの時は楽しかったのに、どうしてまたケンカを始めちゃうんだろう? 僕、わからないよ……」


 その声には、純粋な悲しみが滲んでいた。さやかは胸が締め付けられる思いがした。10歳の少年が一国の王として背負う重圧と、世界の複雑さに直面して感じる戸惑いが、その声には詰まっていた。


「ねえ、リヒトくん。お姉さんね、あなたの気持ちがすごくよくわかるの。でも、みんながケンカをするのは、それぞれに大切なものがあるからなのよ。自分の国の人たちを守りたい気持ち、自分たちのやり方を大切にしたい気持ち……そういうものがぶつかり合うから、時々ケンカになっちゃうの」


「でも、それじゃどうすればいいの!?」


「そうね……でも、リヒトくん。違いがあることは、実は素敵なことかもしれないの。お祭りの時を思い出してみて? みんながそれぞれ違うことをして、それが集まって素敵なお祭りになったでしょう?」


 電話の向こうで、リヒトが「あ」と小さく声を上げた。



 その夜、さやかは眠れずにいた。窓の外には警護の車が止まっており、時折パトロールの音が聞こえてくる。彼女は自分の部屋のベッドに横たわりながら、これまでの出来事を振り返っていた。


 最初の電話から今日まで、彼女の人生は劇的に変化した。普通の電話相談員だった日常は遠い過去のように感じられる。しかし、不思議なことに後悔の念はなかった。むしろ、この状況に対して自分なりの責任を果たしたいという気持ちが芽生えていた。


「私にできることって、なんだろう……」


 天井を見つめながら、さやかは考え続けた。単なる電話相談員の言葉が世界を動かすなんて、誰が想像しただろう。でも、だからこそ意味があるのかもしれない。肩書きも権力もない、ただの「お姉さん」だからこそ、伝えられることがある。



 翌朝、ラウエル王国では異例の記者会見が開かれていた。リヒト三世は、世界中のメディアを前に、真剣な表情で語り始めた。


「昨日、僕は大切なことに気づきました。みんなを一つにしようとするのは、間違っていたのかもしれません。だって、違いがあるからこそ、面白いことができるんですよね?」


 会場がざわめいた。各国の記者たちは、この突然の方針転換に戸惑いの表情を浮かべている。


「お祭りの時、みんながそれぞれ違うことをして、すっごく楽しかった。アメリカの大統領さんが作った焼きそばは、フランスの大統領さんが作ったものとは全然違ったけど、どっちもおいしかった。中国の主席さんが教えてくれた卓球も楽しかった。そういう違いがあるから、楽しいんだって、さやかお姉さんが教えてくれたんです」


 記者たちは必死にメモを取っている。リヒトは少し緊張した様子だったが、それでも堂々と話を続けた。


「だから僕は提案します。毎年、違う国でお祭りをしませんか? 今度は、それぞれの国の良いところを見せ合うお祭りです。ケンカするんじゃなくて、お互いの違いを楽しむんです」



 その提案は、世界中に波紋を広げた。しかし、今回は違った。各国の反応は概ね好意的で、むしろ「なるほど、それならいいかもしれない」という声が多く聞かれた。


 さやかの元にも、外務省から連絡が入った。


「高梨さん、今回の提案は非常に良いものですね。各国からも前向きな反応が……」


 さやかは思わず苦笑した。結局、シンプルな答えが一番良かったのかもしれない。



 それから1年後。


 東京の国立競技場では、第一回「世界文化交流祭」が開催されていた。世界各国の首脳たちが、今度は本当の意味で楽しそうに参加している。警備は厳重だが、会場の雰囲気は和やかだ。


 さやかは特別招待者として観客席にいた。もう電話相談員は辞めていたが、代わりに国際文化交流のアドバイザーという肩書きを得ていた。子供の純粋な気持ちと大人の複雑な事情を橋渡しする、という難しい仕事だ。


「さやかお姉さーん!」


 振り返ると、正装したリヒトが駆けてきた。SPや警護の人々が慌てて追いかけている。


「リヒトくん! 久しぶり!」


 さやかは思わず抱きしめそうになったが、さすがに大勢の人前では遠慮した。しかし、リヒトは構わず抱きついてきた。


「見て見て! 今度は僕、ラウエルの伝統的な踊りを披露するんだ!」


 その目は輝いていた。かつての不安や戸惑いは影を潜め、純粋な喜びに満ちている。さやかは思わずほほ笑んだ。


「楽しみにしてるわ」


 観客席に戻りながら、さやかは空を見上げた。世界はまだまだ複雑で、問題は山積みだ。でも、一歩ずつでも前に進めている。子供の純真さと大人の知恵が出会うところに、きっと何か新しい可能性が生まれるのだ。


 電話相談室の窓から見えた空と同じ青空が、今日も世界中を包んでいた。子供たちの夢と、大人たちの現実が、少しずつ近づいていく。それは遠い道のりかもしれないが、確かな一歩を刻んでいた。


(了)

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