悪役令嬢に転生したらしいものの、なぜか主人公達から歪んだ愛を向けられたお話
めの。
第1話
悪役令嬢。主に女性向け恋愛ゲームのライバルとして位置付けられており、意地悪で片づけられるものから犯罪まであらゆる手法を用いて主人公を陥れようとする悪役。近年は小説やアニメでも悪役令嬢ものとして活躍の場を広げている。
それに転生したのは、まあ百歩譲って良しとしよう。
ただ、
「私はーー貴女との婚約を破棄させていただくっ!」
ここで前世の記憶が戻るのは、何の嫌がらせですかね。
◇ ◇ ◇
というわけで、ゲーム等でいう断罪シーンからお届けしております。現場からは以上です。
で、終了できたらいいんだが、そうは問屋が卸さないようで。しかも、前世の記憶が戻った代わりに今世での記憶がすぽんと抜けてしまっている。こいつは困った。
多分、一話の途中まで見た乙女ゲーム原作のアニメの世界っぽくて、見た感じその悪役令嬢になっている。というか本当に死んだのか? 自分のものとして動く細い手足を見るに悪役令嬢であることは間違いないが。
転生したとしても、目の前のこの人は誰だったかな……。CVが桜井さんってことは分かるんだけど、最近歳のせいかキャラの名前まで覚えてないんだよ。
「えー……申し訳ありません。ちなみに婚約を破棄された場合ってどうなりますか?」
そんなわけで、婚約破棄自体は何の感情も湧かないけど、それだけは知っておきたい。たとえ追放されても庶民として幸せに暮らせたらいいんだけど。
「決まっている。私と結婚できなくなるのだ」
なるのだじゃないよ。そこじゃない。
「いや、それはいいんですが、その先です。こちらの処遇について聞いているんです」
「それはいいだとっ!?」
いいだとっ!? でもない。というか慄きすぎだ。自分から言い出したんだから、すんなり婚約破棄してくれた方が好都合だろうに。
「あの日あの場所であんなに愛を誓い合ったというのに!?」
「その相手を婚約破棄しようとしてるの貴方ですよね?」
今世の自分は桜井さんと何をしてたんだ。アニメでも主人公以外みんなチラッと出てきただけだから分かんないんだよなぁ。
「確かにそうなんだが……もうちょっと、その。縋ったりとか」
婚約破棄した相手に何を期待してるんだこの人は。
「あー……。悲しいです。超悲しいです。できたら、婚約破棄してもいいので今まで通りの生活をさせていただけたら涙も引っ込みます」
「そもそも泣いてないじゃないか!」
桜井さんが面倒臭い。どうしろってんだ。
「お待ちください!」
混沌とした空間に穴でも開けるかの如く、後方の無駄にでかい扉が開いた。そこからこちらへ歩み寄ってくるのは、このアニメのヒロイン。主人公の……あー、えっと。声は花沢さんだ。
「その方を貶めることは私が許しません!」
アニメの知識しかないからよくは知らないが、庶民の出でひょんなことからこの学園に入った主人公。一話を途中までしか見ていないから、世界観説明ばかりでどんな子かも分からない。思い出せる気配もない。困った。
まあ、ゲーム原作でこういう場面がある以上、最後のこの場面で告白でもされておしまいなんだろうけど。それにしては、桜井さんではなくこちらを庇っているようだし、どういうことだ?
「しかし彼女の行いは目に余る! 君に暴言を吐くだけならまだしも、鞭で叩いたり、縛り付けて放置したり……さぞ、怖かったであろう」
めちゃくちゃ酷いことをしていた。自分のことだからあまり言いたくないが、花沢さんも庇う必要がないクズだった。
「私はマゾなので問題ありませんわ」
高らかに宣言された。
「むしろ、私がお願いしていたのです。初めてお会いしてすぐにお姉様こそが私の生涯仕えるべき方だと確信しました。
ぶってくださいとお願いした時の羽虫でも見るような冷たい瞳。話しかけても全力で逃げられる放置プレイ。いい加減これで満足しろよと本気で蹴られた時のあの痛み。怖い事等一つもない、すべて忘れられない素敵な思い出です」
どっちかというと、こっちが大迷惑していたようだった。全部ご褒美だったわけか。ぞわぞわする。
「というわけで、お姉様に何かをすることは、この国の王子たる貴方であっても許すことはできません」
自然に抱きつくな。引き剥がして距離を取ったが、それにすら興奮したようで目を輝かせてこちらを見ている。状況が悪化した。
「君達はそうやっていつも2人だけで楽しそうに……!」
「楽しくはないです」
「はぁんっ!」
花沢さんは一々興奮するな。楽しい雰囲気を作らないでくれ。
「婚約者なのに放置されて、せっかく可愛い子が入学してきても歯牙にもかけられなかった私の気持ちが分かるか!?」
「知りませんよ」
要するに、もっと構ってほしい。できたら2人で自分を取り合ってほしかったということか? だから、婚約破棄して慌てる姿でも見たかったと……。子供か。
「女同士で愛し合うなんて不毛じゃないか!」
「おっと、それは聞き捨てならねぇな」
黒髪の長身イケメンが現れた。誰だよ。
「女同士で愛し合う百合の世界に男が割って入る……。これ以上に罪なことはないはずだぜ」
格好をつけながらアホみたいなことを言っていた。そんなことを言うために割って入ってきたのか?
「馬鹿な! 大抵百合ものでも、途中から男が入ってきて喘ぐものだろうが!」
それ一部のAVの話。
「はっ! 本当分かってねぇな! それを邪道って言うんだよ!」
今話している内容が正しい道かどうかも分からないが、ともかく。
「一言いいですか?」
手を挙げて、発言する。
「俺、中身は男です」
そう。口調でお気づきの方もいたかもしれないが、前世では男だった。見た目が悪役令嬢かもしれないし、悪役令嬢ものを読むこともあるが、中身は女の子が好きな男である。
「え? 男? え?」
「これは……百合、なのか?」
「お姉様がお兄様……?」
辺りが一気にざわつきだした。もっとざわつくべき場面もうちょっとあったろ。
「静粛にっ!」
高いところですごく高そうな椅子に座った一番偉そうな人が鎮めた。だから、もうちょっと前に鎮めとけよ。
「よくは分からんが……そなたは男の娘ということか?」
マジで分かってなかった。
「いくら親父といっても許せねぇ! 男の娘は原則女装した可愛い男子なんだよ! 女の格好をして満足するか抵抗しながらメス堕ちするか悩みながら性を選択するかで細分化されたりもするが、女の体で中身が男とは全く違うんだよ! 今度言ったら斬り伏せるぞ!」
「すまん」
黒髪がめっちゃキレているが、親子なんだとしたらこれだけ多くの人がいる中でメス堕ちとか言ってる愚息こそを謝らせるべきだと思う。不敬罪とかないのかな。
「お姉様っ!」
虫のように這いつくばっていた花沢さんが勢いよく抱きついてきた。
「私はお姉様がお兄様であっても気にしません! ぶっちゃけ私はお姉様の見た目が好みなだけで中身等どうでも良いのです! 今まで通り虐げていただければ問題ありません!」
問題だらけの変態だった。
「触るな離れろゴミ虫」
「はぁんっ!」
とりあえず引っ剥がすことには成功した。なんなのコイツ。もうちょっとまともな人間はいないのか? そう考えていると、桜井さんと目が合った。
「フッ。実は私はTSものにも明るい方でね……。メス堕ちをさせることができるまたとない機会じゃないか」
ここにまともな人間はいなかった。
「さあ、おいで子猫ちゃん! 体に心がついていかない不思議体験をさせてあげよう!」
「させるかっ! 中身が男だと思ってるだけの女の子の可能性もある! だったら、百合で間違いないはずだ!」
「お姉様っ! もっと私を悦ばせてください!」
あらゆる変態が押し寄せてくる。逃げ場が……ないっ!?
「う、うわぁぁああああああ!」
「なんかすまん」
「すまんじゃねぇぇえええ!」
◇ ◇ ◇
というところで目が覚めた。寝落ちしていたらしい。恐ろしい夢だった。
目の前には一話が終わったらしいアニメのエンディングが流れている。あの黒髪は中邑さんだったのか。へー……。ぼんやりしたままエンディングを見終わると、エンドカードが表示された。
『またみてね!』
アニメは一話切りした。
悪役令嬢に転生したらしいものの、なぜか主人公達から歪んだ愛を向けられたお話 めの。 @menoshimane
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