第37話 すぐそばに温かな結末


 綾女と俺の家が見えてくる。


「子猫、見に行っていい?」


 綾女が唐突に口を開く。


「ああ。でも、もう遅いから、ちょっとだけな」


 断る理由もないので、受諾する。


 綾女と一緒に、俺の家の玄関をくぐる。


「ただいまー」


「お邪魔しまーす」


 俺は乱雑に靴を脱ぎ散らかし、綾女は丁寧に靴を揃えて脱いで、二人で玄関を抜ける。そのままリビングへと足を向ける。


「あら、おかえり。綾女ちゃんもいらっしゃい」


 キッチンから顔だけ出して、母さんが俺と綾女を迎える。


「母さん、猫は?」


 開口一番、猫の安否を尋ねる。母さんは苦笑した。


「ふふ。元気よ。さっきミルクをあげたところ。眠ってるんじゃないかしら」


 母さんはそれだけ言い残し、キッチンへと向かった。


 リビングのテーブルの上に、その段ボール箱が置かれていた。そっと近寄って、段ボール箱の蓋を開ける。子猫は三匹が絡まりながら眠っていた。いや、よく見るとシロとサクラは寝心地良さそうに目を細めているが、クロだけ目が開いている。


「にゃ~ん。おねむだにゃ~ん」


 綾女が段ボール箱を覗き込みながら、小さな猫撫で声を発する。猫姫の二つ名に恥じないくらい可愛らしい声だった。


「……綾女、やっぱり猫姫だって言った方がいいんじゃねえか? 猫の里親が見つかった今、次はお前のAAPプロジェクトの成就を狙うべきだろ?」


 綾女のこの声なら、南斗高校の天下を取れるかもしれない。勉強も運動も下、容姿もそこそこ、だが、その猫撫で声だけは一級品だ。


 しかし、当の本人にはやはりその気がなく、ジロッと横目で睨まれる。


「やだよー。もっと他のことで目立ちたいよー。ああ、本当に目立ちたいー。チヤホヤされたいー」


 贅沢な奴だ。でも、まあ、綾女がそうしたいのなら、俺はそれに従うだけだ。


 幼馴染の宿業に感謝こそすれ、恨むことはない。腐れ縁上等だ。運命が嫌がっても、俺は綾女と一緒に歩み続ける。


 と、そこで綾女が何かをひらめいたかのように手をそっと叩いた。音で子猫が起きないように、慎重な拍手だった。


「そうだよ。私、分かった」


「何が?」


 綾女の顔を覗き込みながら尋ねる。綾女は不敵な笑みを浮かべている。


「ふっふっふっ。太一だよ」


「俺? 俺がどうかしたか?」


 綾女の発想は、幼馴染の俺でも時折理解に苦しむ。


「太一が目立つから、相対的に私が目立たないんだよ。特殊相対性理論だよ」


 アインシュタインはそんなことを発見したわけではない。語呂がいいからって、適当を言うのはよくない。


「だからね――」


 綾女が目の前で指を交錯させる。ああ、また、綾女のお願いだ。これだけは、俺は弱いんだ。願わくは、実現可能なお願いであってくれ。


 俺は思わず目を背けてしまう。しかし、その視線の先に、綾女が俊敏に回り込む。


「私と太一と付き合えばいいんだよー。そうすれば、太一が目立てば、私も目立つ。持ちつ持たれつで、ウィンウィンだよー。結婚もいい。ね、太一?」


 綾女がわざとらしくウィンクをする。綾女はウィンウィンと言ったが、綾女のメリットだけで俺の利点は語られていない。精々、周囲から生温かい祝福をされるくらいだろう。


「そうよ。綾女ちゃんをお嫁に貰いなさいな。母さんも父さんも安心だし」


 いつから聞いていたのか、キッチンの方から母さんが顔だけ出して乗っかる。


 俺は逃げ場が塞がれている感じがして、頭を抱えた。


「綾女とは幼馴染! 家族同然! だから、今更彼氏彼女になんてなれっかよ!」


 俺がぶっきらぼうに文句を言うと、綾女と母さんが揃って唇を尖らせた。


「太一のいけずぅー」


「全く、親の心子知らずね。恋人関係は想像できなくても、綾女ちゃんと夫婦になるのはまんざらでもないくせに」


 綾女と母さんの声に呼応してクロが「にゃあ」と鳴き、少しばかり図星をつかれた俺は「うっ」と声を漏らしたのだった。



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勉強も運動もできてナニもデカい俺が、幼馴染の女の子を目立たせる協力をしたら、幼馴染が泣いて鳴いて泣いて猫も鳴いた話 弗乃 @dollarno

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