悲しみはとまらない

白川津 中々

◾️

「ファッキュー日本人。飯、人、街、全部合わない。全部駄目」


電車で喚いている外国人の名はグスタボと言った。

出稼ぎで家族と共に来日し、学校卒業後は父親と同じ自動車整備工事で働くも長続きせず、職を転々としながら十年、二十年、三十年と経ち、家族を失い、愛するものも友人もできず、一人アルバイトをして過ごしていた。彼が孤独なのは学校で迫害されてきたからだ。外国人だからというのもあるが、軽度の精神的、知的疾患を持っていたからである。噛み合わぬ話に不可思議な挙動と異郷の臭いが、他者の攻撃性を促進させ暴力を生んだ。青い精神は薄氷の如く砕ける。憎悪と悲嘆がグスタボに宿り、屈折した感情のまま成人を迎えてしまった。今更変われぬ程に成長したグスタボは、日本を、日本人を恨む他に拠り所がなかったのだ。


「うるさいんだよお前」


退勤途中のサラリーマンがグスタボに暴言を投げる。彼は山下といった。

山下は貧困の家に育ち、その日食うものもなく、雑草を取ってきて水粥に混ぜ飢えを凌ぐ時もあった。

それでも強く生き、まっとうな企業に勤める事ができたのは彼の頭脳が明晰だったからである。学業優秀な山下は、己が努力により人並みの生活を手に入れた。その自負心、自尊心が、時強く現れる時があった。誰かから見下された時である。山下はグスタボの言葉に、日本人が、自分が見下されたと感じたのだ。


「なんだよ日本人。ファック」


「うるさい。黙れよ。国へ帰れ」


初対面の二人は互いに憎しみ合い、互いに口汚く罵りを繰り返す。

両者ともに、生まれながらにして悲劇を背負っていた。どちらも必死に生きてきたのに、分かり合う事ができない。人の生は、悲しみに満ち、進んでいく。


電車は特快。

未だ、とまらず。

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