第2話
ある日のこと。今日も、いつも通り皆と違う時間に登校しては、先生に渡される課題に取り組んでいた。
3時間目が終わるチャイムが鳴り、休憩をしようと宮下先生に声を掛けられた。
「ねえ、片山さん。手話習ってみたら?」
手話?私は意味が分からないことを示すため、首を傾げて見せた。
「私ね、今ハマってるドラマがあるんだけど、耳の聞こえない子が主人公なの。それで、手話を見てて、片山さんに勧めようと思って!」
先生は恋愛ドラマが好きだ。今言っているのは、最近話題の俳優のドラマだろう。私も、それとなく情報は知っていた。ただ、先生の指すドラマが分かったとはいえ、どうして急に手話を勧められているのかは、分からないままだった。
「ほら、手話はさ、何も耳が聞こえなきゃ出来ないわけじゃないでしょう?日本語、外国語、みたいに、手話もひとつの言語だと思うの。思いを伝えるひとつの手段になるんじゃないかしら。」
先生の言葉にハッとなった。もしかすると、青天の霹靂ってこんな気持ちになることを指しているのかも、なんて思うほど衝撃を受けた。
先生は私の反応を見て、話を続けた。
「それでね、手話教室っていうのがあるらしくて、調べたら丁度この辺りにあるみたいなの。」
先生はサイトか何かをコピーした紙を渡してくれた。
そこには、『手話教室 講師:佐々木 剛』と大きな文字で書かれ、手話教室の紹介をしている文が並んでいた。少しだけ興味を持った私は、帰ったら友ちゃんに話してみようと思った。
「もし習ったら、私にも見せてね。」
先生は優しい顔で言い、チャイムが鳴ったので私の元を去った。
帰宅して、いつも通り2階で友ちゃんの仕事が終わるのを待ち、友ちゃんが仕事を終えると、私にお待たせと言いながらご飯を作ってくれて、一緒に食べた。食べ終わって、二人で後片付けをしてから、私は“話があります”と打ち込んだスマホのメモを、友ちゃんに見せた。
「話?どうしたの?」
友ちゃんは、ダイニングテーブルに着いて、私の話を聞く体制を取ってくれたので、私は通学バックから、ノートとシャーペン、宮下先生にもらったコピー用紙を取り出した。
友ちゃんへコピー用紙を渡し、目を通している間に、ノートに気持ちを書き込んだ。
「手話?急にどうしたの?聞こえなくなったわけじゃないよね?」
心配そうにこちらを覗き込む友ちゃんに、私は慌ててブンブン首を左右に振った。
「良かった。」
聞こえが悪くなったわけではないと分かり、安心したように頬を緩める友ちゃんに、少しだけドキドキしながら、“今日、宮下先生に手話をやってみたらどうかってすすめられたんだ。少し興味があって、やってみたいって思ったの。”と書いたノートを見せた。友ちゃんにワガママを言うのは、これが初めてだった。
「そうなの!良いじゃない!」
ドキドキしていた時間よりも短い時間で、友ちゃんは賛成してくれた。
「なら、今度の土曜日に一緒に行ってみよっか。お店はお休みにするから。」
“一緒に?”私はノートに書き込んで、友ちゃんへ向けた。
「うん。ほら、みーちゃん一人で覚えても、それを分かる人がいなきゃ意味ないでしょう?私も覚えたら、もっと円滑にコミュニケーション取れるしね!」
私は嬉しさと有り難さで胸がいっぱいになった。せっかくだから、ありがとうの気持ちを手話にしてみた。片手を横に倒し、もう片方の手でチョップするように動かした。ありがとうを意味する有名な手話だ。
「うふふ。いいえ、どういたしまして。」
久しぶりに、楽しみだと思える何かが出来た。それは、こんなにも嬉しいものだったっけ、こんなにも幸せな気持ちになるんだっけ、となんだか懐かしいような心地でフワフワとまるで雲の上を歩いているみたいに気分が上がった。
魔法のことば みさき みのり @misaki_minori711
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