生還の扉

@didi3

生還の扉


「あと一人……あと一人で記録更新だ!」


翔太は息を切らしながら、VRゴーグル越しにモールの廊下を駆け抜ける。目の前には逃げ惑う人々、燃え盛る炎、煙で霞む天井――リアルすぎる光景が広がっていた。VRの中とは分かっていても、その臨場感に圧倒され、鼓動が速くなる。


「どこだ……どこにいる?」


廊下を左右に見渡す。炎が壁を舐めるように燃え上がり、まるで肌に熱が伝わってくるようだ。天井のスプリンクラーが水を撒いているが、炎を抑えきれる様子はない。焦燥感が胸を締め付ける。


「……匂いまで再現するなんて、すげえな。」


焦げ臭い匂いが鼻をつき、翔太は思わず感心する。最近のVRはこんなところまでリアルなのか――と一瞬考えたが、すぐに集中し直す。今は記録更新がかかっている。


彼の目の前に、小さな子どもがしゃがみこんでいるのが見えた。迷子だろうか。子どもの体は小刻みに震えており、いつでも倒れ込んでしまいそうだった。


「いた……!」


翔太は腕を振り上げ、子どもに向かって手を伸ばす。ゲームのルールは簡単だ。逃げ遅れた人をタッチすれば「救助完了」となり、得点が加算される。


「あと10秒!」


頭の中で制限時間がカウントダウンされる。VRの世界で流れる警報の音が鼓膜に響き、緊張がさらに高まる。


子どもが目の前にいる。あと一歩、あと一歩で記録更新――その瞬間。


世界が突然明るくなった。


「おい火事だ!早くここから逃げるんだ!」


耳元で怒鳴られるような声が響く。驚いて顔を上げると、目の前には見知らぬ男性が焦った表情で立っていた。男の手には、翔太がつけていたVRゴーグルが握られている。


「……え?」


翔太は呆然とした。先ほどまでいた仮想の世界はいつのまにか消えていた。現実に戻されたのだと理解するのに数秒かかった。だが、鼻をつく焦げ臭い匂いだけは消えていない。


「早く逃げろ!火事だぞ!」


男の声がさらに緊迫する。翔太はようやく現実の状況に気づいた。周囲を見回すと、モールの店内には煙が漂い、非常ベルがけたたましい音を立てている。周囲の客たちはほとんど避難を始めており、店内には数人の取り残された人々の姿しか見えない。


「え……本当に?」


VRの中で見たようなリアルな炎は見えないが、漂う煙と焦げ臭い匂いは、これは現実だと訴えている。


「早く!シャッターが閉まるぞ!」


誠一が叫び、翔太の手を引いた。その言葉に反応して振り返ると、モールの通路を隔てる防火シャッターが降り始めているのが見えた。


「うそだろ……!」


翔太は駆け出そうとするが、VRゲームで体が緊張していたせいか足が重い。男が「急げ!」と叫びながらシャッターの方に走るが――間に合わない。 


「ガンッ!」


金属音を響かせてシャッターが完全に閉じてしまった。


シャッター越しの向こうから、避難を呼びかける声がかすかに聞こえてくる。だが、その声も遠ざかっていった。


翔太はモールの一角に取り残されたまま、焦りと恐怖で胸が締めつけられるのを感じた。


「どうする……俺たち、閉じ込められたのか……?」


現実の火事だという事実が、ようやく翔太の中で形を持ち始めた。


シャッターが完全に閉まり、辺りには煙と火災警報のけたたましい音が漂っている。翔太と男は、一瞬その場に立ち尽くしたが、すぐにシャッターの近くから金属を叩く音と助けを呼ぶ声が聞こえた。


「助けて!ここを開けて!」


その声に反応して翔太は振り向く。女性と男性が、必死にシャッターを叩いている。


先ほどの男がその人たちに駆け寄り、声をかける。

「落ち着いてください、大丈夫ですか?」


女性は、恐怖で震えた声を絞り出した。

「煙が……もう逃げられない……!」


もう一人の男性は顔を曇らせながらシャッターのを叩き続ける。

「頼む、どうにかしてここを開けられないのか!」


男はシャッターの鉄枠に手を置き、しっかりとした声で言った。

「叩いても開かない!ここで騒いでもどうにもならない。落ち着いてくれ!」


女性はシャッターに手をつけたまま肩を震わせるが、男の声に気圧されたのか、一旦静かになる。男性も深く息を吸い込み、動きを止めた。


一瞬、緊張が緩む。翔太は、その場の空気が少し落ち着いたのを感じた。


男が一歩シャッターから離れ、声を和らげて言った。

「みんなで協力してここから脱出することを考えよう。お互い、名前だけでも教え合いましょう。この状況で顔も知らないままじゃ、力を合わせるのも難しい。」


女性が震える声で名乗る。

「私は……美咲です。さっき、トイレに行ってて……戻ったらシャッターが閉まってたの……。」


次に男性が短く答える。

「俺は賢吾。キャンプ用品店の店員で……休憩室で寝ていた。目が覚めたら、もう煙が広がってた。」


翔太も気まずそうに続ける。

「俺は翔太。おもちゃ屋でゲームしてて……気づくのが遅れたんだ。」


男が最後に静かに言う。

「俺は誠一。火事に気づいて周囲に呼びかけてたら、このフロアに取り残された。」


美咲が絞り出すように言った。

「……こんな状況で、どうすればいいの?」


翔太は答えられず、美咲の言葉にうつむいた。だが、沈黙を破ったのは賢吾だった。


賢吾が顔を上げ、口を開く。

「待て……思い出した。避難訓練で見たことがある。」


全員がその言葉に注目する。


「このシャッターには、外側に防火シャッターを開けるボタンがついている。たしか、赤いボタンで……この空調グリルの隙間の向こうにある。」


翔太は反射的に隙間を覗き込む。空調グリル越しにシャッターの向こう側が見えた。赤いボタンは小さく光を反射しているが、2メートル以上先にあるため、手で届く距離ではない。


誠一が額の汗を拭きながら問いかけた。

「それが本当にあるなら、どうやって押す?」


翔太は手の届かない距離を見つめながら言った。

「……何か長い棒があれば……ボタンをおしてシャッターを開けられるかもしれない……。」


誠一が鋭い目をしながら言う。

「使えそうなものを探そう。それしかない。」


翔太たちは煙が立ち込めるフロアを見渡し、それぞれに散って探索を始める準備をした。


閉じ込められたフロアには、おもちゃ屋、家電量販店、キャンプ用品店、そしてキッチン用品店の4つの店舗が並んでいた。いずれの店も商品が散乱し、煙が薄い膜のように広がっている。


翔太たちは顔を見合わせた。時間がない――誰もがそれを理解していた。煙がさらに濃くなり、薄暗いモール内では非常灯の青白い光だけが頼りだ。漂う焦げ臭い匂いと警報音が耳を刺し、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。


「ここで突っ立ってたら、ほんとに死んでしまうぞ。」


誠一が静かだが鋭い声で言う。翔太は頷きながら視線をめぐらせた。


「それぞれ店に行って、使えそうな物を探そう。」

誠一が指示を出す。


翔太は一瞬戸惑ったが、すぐに足を動かし始めた。おもちゃ屋の中は散乱した商品で足場が悪い。滑らないように気をつけながら、長いものや使えそうな道具を探し始めた。


翔太はおもちゃ屋の薄暗い店内を進んでいた。非常灯の青白い光が散乱したおもちゃをぼんやりと照らしている。倒れた棚や散乱した箱をかき分けながら、使えそうな道具を探す。煙の層がじわじわと店内に広がり、鼻に刺さるような匂いと喉のヒリつきがさらに焦燥感を煽る。


「何か……何か長くて使えそうなもの……。」


棚の隙間を覗き込むと、目に飛び込んできたのはおもちゃのゴルフクラブだ。

「これなら……いや、ちょっと重いか?」


手に取ると、伸縮式の構造で長さは十分だったが、先端が重く、バランスが悪そうだ。迷いながらも一旦抱えて先へ進む。


さらに奥の棚で、今度はライトセーバーのような剣のおもちゃを見つけた。伸縮式のプラスチック製で軽いが、先端が細く安定感に欠ける。

「うーん……これも微妙か。」


2つの長いおもちゃを片手に持ちながら、さらに探していると、埃をかぶった展示用のドローンがガラスケースの奥に見えた。


「これ……!」


翔太は足早にケースの前にしゃがみ込み、ケースを開ける。中には中型の展示用ドローンが2台並んでいる。手に取ると、意外と軽くて頑丈そうだった。


「もしこれが動けば、ここから助かるかもしれない……。」


ゴルフクラブとライトセーバーを手から離し、2台のドローンを両手で抱え、急いでおもちゃ屋を後にする。煙が背中を押すように迫り、焦燥感がさらに高まる。


翔太がドローンを抱えてシャッター前に戻ると、誠一、美咲、賢吾がそれぞれ持ち寄った道具を手に待っていた。煙はさらに濃くなり、非常灯の青白い光がかすんで見える。喉の痛みと焦げ臭い匂いが緊張感をさらに高めていた。


「戻ったか!」誠一が翔太の姿を確認し、声を上げる。


翔太は2台のドローンを地面に置き、息を整えながら言った。

「みんな、何を見つけた?」


「こっちもいろいろ持ってきたぞ。」賢吾が言い、全員が持ち寄った道具を見せ始める。


まず最初に、賢吾が手に持っていたのは、テントの支柱だった。

「キャンプ用品店から持ってきた。長さも十分だし、金属製だから折れることはない。」


賢吾はシャッターの隙間に支柱を差し入れ、少し振りながら確認した。

「ただ、硬すぎて押すときに安定しにくいかもしれない。」


次に美咲が持ち出したのは、トングだった。

「キッチン用品店で見つけたの。先端が細いけど、これでボタンを押せるんじゃない?」


最後に誠一が家電量販店から持ってきたのは、カメラ用の一脚だった。

「長さはそこそこだが、固定が甘いと不安定だ。」


誠一が全員を見渡しながら言う。

「まず、これらを試してみよう。」


賢吾がテントの支柱を隙間から差し込み、赤いボタンに向けて慎重に進めていく。

「あと少しだ……!」


だが、支柱は金属製で滑りやすく、先端がボタンに触れる直前で方向がずれてしまった。

「くそ……安定しない!」


次に誠一がカメラ用の一脚を試す。

「これならいけるかもしれない。」


一脚を隙間に差し込み、ボタンを狙うが、長さが足りず途中で止まってしまう。

「ダメだ、届かない!」


美咲がトングを試そうとしたが、明らかに短すぎると分かり、悔しそうに手を引っ込めた。

「どれも……うまくいかないわ。」


翔太はみんなの様子を見ながら、地面に置いたドローンに目をやる。そして、意を決して口を開いた。


翔太は提案した。「……ドローンを試してみないか?」


全員が驚いたように振り返り、その視線が足元に置かれたドローンに集まる。


「ドローン?」誠一が眉をひそめる。


翔太は冷静を装いながら、2台のドローンを指し示して説明した。

「おもちゃ屋で見つけた展示用のドローンだ。これを改造して、棒をつければボタンを押せるはずだ。」

彼はさらに言葉を重ねる。「しかも、カメラがついてる。これをモニターとつなげば正確な位置を確認できる。」


美咲が不安そうに口を開いた。

「でも、そんなのちゃんと動くの?こんな状況で……。」


「分からないけど、やるしかないだろ!」翔太が強い口調で返す。

「もう、これしか方法がない。」


誠一が短く頷き、賢吾に目を向けた。

「賢吾、キャンプ用品店に紐はあるか?しっかり固定できるものが必要だ。」


「ああ、すぐに取ってくる。」

賢吾はその場から駆け出し、煙の中へ消えていった。


誠一が全員を見渡しながら言う。

「それまでに準備を進めよう。全員で手を動かすぞ。」


翔太たちは視線を交わし、小さく頷き合った。


「まず、ボタンを押す棒を作るわ。」

美咲が持ち帰った菜箸とトングを並べながら言った。


非常灯の青白い光がキッチン用品をぼんやりと照らしている。彼女は手際よく2本の菜箸を結束バンドで固定し、さらにその先端にトングを組み合わせて長さを延長する。


「どう?これでボタンに届くかもしれない。」

完成した棒を翔太に渡すと、彼は慎重に手に取った。


「いい感じだ。でも、これをどうやってドローンに取り付けるかが問題だな。」


誠一がドローンを手に取り、改造の方法を考え始めた。そのとき、賢吾が煙の中から戻ってきた。


賢吾は息を切らしながら戻り、手に持っていたキャンプ用の紐を見せた。

「これだ。テントを固定するロープ。しっかりした素材だし、ドローンに巻き付ければ棒を固定できる。」


翔太と誠一がドローンを平らな地面に置き、賢吾がロープを慎重に扱いながら棒を取り付け始める。


「棒の重さでバランスが崩れないようにするには、プロペラに干渉しないように……」

誠一が指摘し、賢吾がうなずきながら調整を進める。


紐を何度も巻き付け、最終的に棒がぐらつかないように固定すると、全員がその仕上がりを確認した。


「よし、これでプロペラの回転に影響はないはずだ。」賢吾が言った。


翔太はドローンを慎重に持ち上げ、棒が揺れないことを確認する。

「完璧だ。次はモニターだな。」


誠一が家電量販店から持ち帰ったモニターを取り出し、ドローンのカメラに接続する作業を始めた。


「このコードをつなげば、カメラ映像が映るはずだ。」

誠一がしゃがみ込み、ドローンの接続端子を確認する。周囲の煙が彼の視界を霞ませるが、器用な手つきで接続を進める。


「映った!」


モニターに隙間の向こう側が映し出され、赤いボタンが小さく確認できた。非常灯の光を反射するボタンの表面が、モニター越しに揺れて見える。


「これで、隙間の中の状況を見ながら操作できる。」誠一が立ち上がり、モニターを指差して言った。


改造されたドローンを地面に置き、プロペラが回転する準備が整う。煙がさらに濃くなり、咳き込む音が周囲に響く。


翔太はコントローラーを手に取り、深く息を吸った。手が汗で滑りそうになるが、緊張を抑えながらスティックを握る。


「頼む……動いてくれ。」


非常灯がぼんやりと揺れる中、プロペラが低い音を立てて回り始めた。全員がモニターを食い入るように見つめ、翔太がゆっくりと操作を開始する。


「頼む、動いてくれ。」

彼は深呼吸し、スティックをゆっくりと動かした。


プロペラが勢いよく回り始め、改造されたドローンが静かに浮き上がった。

床から数センチ離れた機体は、ほんのわずかに揺れながらも安定している。棒に取り付けられた菜箸とトングが、ドローンの下に影を落とす。


「いけそうだな……。」翔太が小さく呟く。


モニターには、隙間の向こう側が映し出されていた。薄暗い空間の奥に、赤いボタンが小さく光を反射して見える。ボタンまでの距離は約2メートル。煙が視界を邪魔しているが、カメラ越しには確かに目標が映っている。


翔太はプロペラ音が耳に響く中、ゆっくりとスティックを押し込み、ドローンを前進させた。


「少しずつだ。」

誠一がモニターを見ながら声をかける。


翔太は集中しながら操作を続けた。だが、煙がさらに濃くなり、モニターの映像が徐々にぼやけ始める。ボタンの輪郭がかすみ、周囲の影と同化していくようだ。


「くそっ……煙で見えにくい。」


全員が緊張した面持ちでドローンの動きを見守る。幸いにも、機体は無事だったが、プロペラが僅かに揺れているのがモニター越しに確認できた。


翔太は再びスティックを操作し、慎重にボタンへ向けてドローンを進める。赤いボタンが画面の中央に捉えられ、距離が徐々に縮まる。


「いける……もう少しだ。」


だが、彼がモニターに釘付けになったその瞬間――。


「危ない!」

誠一の声が響いた。


次の瞬間、ドローンの棒が隙間の奥にあった崩れかけたマネキンの腕に接触し、バランスを崩した。


「くそっ……!」


翔太が慌てて操作を試みるが、プロペラの回転音が高まり、棒がさらにマネキンの腕に絡んでいく。映像が乱れた次の瞬間、プロペラが完全に停止し、ドローンが地面に落下した。


「……ダメだ。」翔太は呆然とドローンを見つめた。


床に転がった機体は、棒が変な角度で折れ曲がり、プロペラが片方完全に外れていた。彼はその場にしゃがみ込み、崩れたドローンを手に取りながら唇を噛む。


「もう少しだったのに……。」


誠一が彼の肩に手を置いた。

「落ち着け。まだ2台目がある。」


翔太は悔しそうになにも映らないモニターと壊れたドローンを見比べた後、静かに頷いた。


「次は絶対に成功させる。」


彼の視線が2台目のドローンに移る中、煙がさらに濃くなり、非常灯の光がますますぼやけていった。


翔太は、改造された2台目のドローンを地面に慎重に置いた。さっきの失敗を思い出し、次もまた失敗すれば本当に終わりだという思いが胸を締め付けた。


「これが最後かもしれない……。」


誠一が深く息を吐き、冷静な声で言った。

「焦らずやれ。さっきの失敗を忘れるな。」


翔太はコントローラーを手に取り、深呼吸をした。目の前では煙がさらに濃くなり、非常灯の光がますますぼやけて見える。喉は痛み、咳をこらえる声が仲間たちから漏れていた。


「……やるしかない。」


彼はスティックをゆっくりと押し込み、ドローンが低い唸りを立てながら浮き上がった。


改造された2台目のドローンが浮上し、棒の先端がわずかに揺れる。1台目よりも固定がしっかりしており、安定していた。モニターには赤いボタンが映し出されている。


「少しずつ……少しずつ……。」


翔太はプロペラ音に耳を澄ませながら、スティックを慎重に動かした。


ドローンは隙間を滑るように進み、赤いボタンがモニターの中央に映り始める。煙が画面を揺らすように見えるが、カメラはしっかりと捉えていた。


「あと少し……!」


棒が赤いボタンに触れる。モニターに映るその瞬間、全員が息を飲んだ。

「カチッ」

小さな音とともにボタンがわずかに沈む。


「やった!」翔太が小さく叫んだ。


すると、大きな機械音が鳴り響き、防火シャッターが動き始めた。


「動いたぞ!」賢吾が目を見開きながら言った。


だが、シャッターはわずか3センチほど上がっただけで停止してしまう。


「えっ……これだけ?」美咲が困惑した声を上げる。


翔太はモニターを見つめながら呟く。

「もしかして押し続けないと……ダメなのか?。」


誠一が額の汗を拭いながら叫ぶ。

「もう一度押せ!翔太、急げ!」


翔太は再びスティックを操作し、ドローンをボタンに向けて進める。モニターには再びボタンが映し出され、棒がそれに触れそうになった。


「いける……今度こそ……!」


だが、その瞬間――。


「上だ!」賢吾の叫び声が響く。


天井から崩れ落ちてきたタイルの破片が、ドローンの上に直撃した。


「くそっ……!」


モニターの映像が激しく揺れた後、途切れる。次の瞬間、ドローンは床に叩きつけられた。プロペラが力なく転がり、棒が無残に折れ曲がっている。


「終わった……。」翔太は呆然と立ち尽くした。


美咲が震える声で呟く。

「これで……もう何も……。」


賢吾が拳を握りしめたまま視線を伏せる。

「くそっ……。」


プロペラが完全に停止した2台目のドローンが、床に無残な姿で転がっている。棒はねじれ、プロペラの一部は粉々になり、操作の光景が映し出されていたモニターもただの暗闇を映しているだけだった。


「……終わった。」


美咲が両手で顔を覆いながら、かすかに震えた声で呟く。

「もう……どうしようもないわ……。」


賢吾は壁に背中を預け、悔しさを噛みしめるように拳を握り締めている。拳に力が入りすぎて白くなり、視線を地面に向けたまま動かない。

「くそ……俺たち……結局ここで死ぬのか……。」


翔太は膝をついたまま壊れたドローンを見つめ続けた。

「あと少しだったのに……。押し続けていれば……。」


煙がさらに濃くなり、非常灯の青白い光がかすむ。喉の痛みは増し、頭の中がじんじんと音を立てているようだった。


全員の肩が重く落ち込み、その場の空気は希望を失ったかのように静まり返っている。


その中で、ただ一人誠一だけは肩を落とすことなく周囲を見回していた。


「まだだ……まだこんなところで死んでたまるか。」


彼の低い声が静寂を破る。翔太が顔を上げ、美咲と賢吾もゆっくりと誠一を見た。


「誠一さん……」美咲が困惑した声を絞り出す。


誠一は力強い目つきで言った。

「このまま諦めて死ぬのはごめんだ。まだ時間は少しあるはずだ。もう一度、何か使えるものを探そう。」


そう言い放つと、彼は躊躇することなく煙の中に消えるように歩き出した。


誠一はおもちゃ屋の中に足を踏み入れた。非常灯の青白い光が煙の層を透かし、視界はぼんやりとしている。棚が倒れ、散乱したおもちゃが足元に転がっていた。


「……使えるもの……何でもいい。何か……。」


誠一は倒れた棚をどかしながら、必死で探し始める。喉の痛みに咳き込みながらも、手を休めることはなかった。


棚の間に入り込むと、壊れたおもちゃの破片や、箱から飛び出たぬいぐるみが床一面に散らばっている。


「こんなところに……何かあるはずだ。」


足元で「キュッ」とゴム製のおもちゃが潰れる音がする。さらに進むと、埃をかぶった展示棚が目に入った。


「……ここか……?」


彼は展示棚の奥に目を凝らした。そこには埃にまみれたまま、ひっそりと横たわる小型のドローンが1台置かれていた。


誠一は一瞬目を見開いた後、手を伸ばしてそれを掴む。手に持つと驚くほど軽く、プロペラも壊れていない。


「まだ使えるかもしれない……!」


誠一は急いでドローンを抱え込み、おもちゃ屋を飛び出して戻った。


「みんな!これを見てくれ!」


誠一がシャッター前に戻り、煙の中から小型のドローンを掲げた。


翔太が驚いた表情でそれを見上げる。

「……まだあったのか!?」


美咲も目を見開き、信じられないように呟く。

「本当に……そんな奇跡が……。」


賢吾がドローンを手に取りながら、冷静に確認する。

「小型だが……プロペラも無事だ。改造して使えるかもしれない。」


翔太はそのドローンを見つめ、わずかに希望を取り戻したような目をしていた。

「……これが最後だ。これで成功させよう。」


煙はさらに濃くなり、呼吸するたびに喉が痛む。時間はほとんど残されていない――しかし、再び全員に火が灯ったようだった。


3台目の小型ドローンが、シャッター前の床に静かに置かれた。誠一が抱えて戻ってきたその機体は、翔太たちの最後の希望だった。


「これが……本当に最後だ。」翔太はコントローラーを握りしめながら、目を閉じて深呼吸した。


周囲の煙はさらに濃くなり、非常灯の青白い光が完全にぼやけている。遠くでは、建物がきしむ音や崩れるような鈍い音が不気味に響いていた。


「急がないと、ここ自体が持たないかもしれない。」賢吾が冷静だが低い声で言った。


誠一が鋭い声で指示する。

「翔太、慎重に操作しろ。だが、時間は限られてる。焦らず、正確にやるんだ。」


翔太は頷き、壊れた2台のドローンを見下ろしてから、小型ドローンのスイッチを入れた。


低く回るプロペラ音が、緊迫した空間に静かに響き渡る。モニターに映るのは、隙間の向こう側。赤いボタンが小さな光の反射を見せながら、揺らめく煙の中に浮かんでいる。


翔太はスティックを操作し、慎重にドローンを浮かせた。機体がゆっくりと上昇し、棒がわずかに揺れる。


「いける……これなら。」


彼はそう自分に言い聞かせるように呟いたが、心臓の鼓動が耳元に響くほど速くなっていた。仲間たちの視線が、モニターとドローンに釘付けになる。


ドローンがゆっくりと隙間に向かって前進する。翔太は操作に集中し、スティックを細かく動かして機体の揺れを抑えた。


「慎重に……少しずつ……。」


モニターには、隙間の奥の光景が映し出されている。煙がボタンをかすませて見えにくくするが、翔太は目を凝らしてその輪郭を追い続けた。


「あと少し……もうちょっとだ……。」


プロペラ音が一定のリズムで響く中、ドローンが隙間をすり抜けていく。棒が隙間の縁に当たりそうになるが、彼はスティックを軽く動かして機体を浮かせた。


「いいぞ、その調子だ!」誠一が低い声で励ます。


ドローンが隙間の奥に進むにつれて、煙がさらに濃くなる。モニターの映像がぼんやりと歪み、赤いボタンが影の中に溶け込みそうだった。


「見えにくい……けど、まだ分かる。」翔太が呟く。


彼はスティックを押し込み、ドローンをボタンに向けて慎重に進める。棒がわずかに揺れ、画面に映る赤い目標が大きくなってきた。


「あと少し……。」翔太の指先が汗で滑りそうになる。


そのとき、モニターの中に何かがちらりと横切った。


「なんだ……!」翔太は一瞬スティックを止める。


「瓦礫か……?」賢吾が警戒の声を上げる。


しかし、何も異常が起こらないことを確認し、翔太は再び操作を再開した。


ドローンの棒がボタンに近づいていく。翔太の集中力が頂点に達し、周囲の音が遠のくようだった。


モニターの中で、棒の先端がゆっくりと赤いボタンに接触する。


「……触った。」


全員が息を飲む中、翔太はスティックをさらに押し込み、棒をボタンに押し付けた。


「カチッ」


乾いた音がモニター越しに聞こえた瞬間、大きな機械音が周囲に響く。


ガコン!


「動いた……!」翔太が叫ぶ。


モニターには、シャッターがゆっくりと上がり始める様子が映っていた。


しかし、シャッターは再び数センチほど上がったところで止まってしまう。


「……またこれだけ?」美咲が戸惑った声を上げる。


翔太がモニターを見つめながら声を上げた。

「やっぱり押し続けないと、ダメなんだ!」


全員の表情が緊張に変わる。誠一が声を張り上げた。

「翔太、ボタンを押しっぱなしにしろ!いけるぞ!」


翔太はスティックを動かし、棒を再びボタンに押し付けた。モニターに映るシャッターが少しずつ上がっていく。


「いいぞ……そのまま!」賢吾が叫ぶ。


煙がさらに濃くなり、モニター越しの映像が一瞬かすんだ。翔太の指先に力が入りすぎて、汗で滑りそうになるが、彼はそれを押さえ込むように操作を続けた。


シャッターがゆっくりと上がり続ける。


「いける……!」翔太は声を震わせながら呟いた。


ガコン!ガコン!


シャッターが大きな音を立てながら、ゆっくりと上がり続けている。


「あと少し……!」翔太はスティックを握りしめ、モニターに釘付けになったまま呟いた。


モニターの中で、赤いボタンを押さえ続ける棒が揺れている。ドローンは小刻みに震えながらも、その位置を保っている。シャッターの隙間は徐々に広がり、5センチ、6センチとゆっくりと開いていく。


「もう少し上げれば、なんとかくぐれる!」美咲が叫ぶ。


しかし、煙がさらに濃くなり、モニター越しの映像が霞んでいく。


「視界が……悪すぎる……。」翔太が歯を食いしばりながら呟いた。


煙の層が厚くなり、モニターの映像が歪んでボタンが見えなくなりそうだった。翔太は目を凝らしながら、スティックをわずかに調整して体勢を維持する。


「ドローンが……揺れてる!」賢吾が警告の声を上げる。


「分かってる……!」翔太は指を強く握り直し、ドローンを操作し続けた。だが、機体の揺れは徐々に大きくなり、棒がボタンから離れかける。


「くそっ……!」翔太はモニターを見つめ、必死に体勢を立て直そうとスティックを操作する。


その瞬間、モニターの画面が大きく揺れた。


「何か落ちてきた!」誠一が叫ぶ。


天井の隙間から、小さな瓦礫がドローンに向かって降ってきたのだ。


「かわさないと……!」翔太の額から冷や汗が流れる。


スティックを急に引き、ドローンをわずかに後退させる。瓦礫は棒の先端をかすめ、ドローンの横を通り過ぎて地面に落ちた。


「……危なかった。」美咲が息を呑む声が聞こえる。


翔太は再びスティックを押し込み、ドローンをボタンに向かわせる。モニター越しには、赤いボタンが揺れながら映り続けている。


ガコン!


棒が再びボタンを押さえると、シャッターが大きな音を立ててさらに動き始めた。


「きた……!」翔太が叫ぶ。


シャッターの隙間が10センチ、20センチと徐々に広がり始める。仲間たちはその動きを見つめ、わずかに歓喜の声を漏らした。


「このまま押し続ければ……!」誠一がモニターを覗き込みながら言った。


翔太は指先に全力を込め、ボタンを押し続ける。その間もプロペラ音が低く響き、煙がモニター越しに揺れている。


ドローンの棒がボタンを押さえ続ける中、シャッターは50センチほど上がった。


「これならくぐれる!」賢吾が声を上げる。


翔太はスティックを操作し、慎重にドローンを後退させる。棒がボタンから外れると、シャッターは少しの間揺れたが、そのままの高さを保ったまま止まった。


「やった……!」翔太が息を切らしながら呟いた。


シャッターをくぐり抜けた瞬間、全員が新鮮な空気を感じた。煙の層はまだ濃いが、閉じ込められていた空間よりもわずかに呼吸が楽だった。


「……外に出られた!」美咲が涙を浮かべながら声を震わせる。


賢吾は大きく息を吸い込むと、笑みをこぼしながらシャッターの隙間を振り返る。

「本当に……出られたぞ!」


翔太はその場に膝をつき、額に手を当てた。指先がまだ震えている。

「やった……やっと脱出できた……!」


誠一は肩で息をしながら、全員を見渡し、静かに頷いた。

「これで、生き延びられる……。」


全員の顔にはわずかな安堵の色が浮かび、息を整えるためにその場に腰を下ろした。耳を刺していた警報の音も少し遠く感じられ、ほんの短い間だけ、時間が止まったように感じた。


だが、誠一はその場に留まらず、すぐに周囲を見回し始めた。非常灯のかすかな光が、まだらに床を照らしている。


「……外に出られたのはいいが、この先はどうなっている?」


彼の言葉に、全員が再び立ち上がった。翔太もゆっくりと顔を上げ、周囲を見渡す。


「ここって……。」


目の前には、6階から1階へと広がる大きな吹き抜けがあった。だが、その吹き抜けの向こう側は、崩れた瓦礫で塞がれており、他に降りるための階段やエスカレーターは見当たらなかった。


翔太は吹き抜けの縁に歩み寄り、恐る恐る下を覗き込んだ。6階分の高さが視界に広がる。下は煙が渦巻き、地面は見えない。


「下に降りる方法が……ない。」


その言葉に、美咲が動揺した声を上げた。

「そんな……外に出られたのに、今度はここで……?」


全員の顔から、先ほどの安堵が一気に消えた。再び重苦しい絶望が覆いかぶさる。


「待て。」

誠一が冷静な声で遮った。


「他に下に降りられる方法があるかもしれない。少し探してみよう。」


彼の言葉に全員がかすかな希望を抱き、視線を巡らせ始めた。翔太も吹き抜けの縁を見回しながら、何か使えそうなものがないか探す。


しかし、四方を見回しても、瓦礫が積み重なり、抜け道や降りられる構造物は一切ない。残された選択肢が一つしかないことを、全員が静かに理解していた。


「……本当に飛び降りるしかないのか?」翔太が呟く。


「こんな高さ、普通じゃ助からない……!」美咲が震えた声で反論する。


賢吾が苛立ったように拳を握りしめた。

「でも、このまま留まったら火事で焼け死ぬだけだろ!」


翔太は吹き抜けをもう一度覗き込み、立ち上る煙を見つめた。喉が焼けつくような痛みと、全身を締めつける恐怖。彼の指先が震える。


「……飛ぶしかない。」誠一が静かに言った。


全員が彼に視線を向けた。


「ここに留まれば、時間の問題だ。煙も火も、ここまで来る。選択肢はない。」


翔太はその言葉に反論できなかった。確かに、時間が経つにつれて煙が濃くなり、熱も少しずつ強まっている。


美咲が涙を拭いながら呟いた。

「ここから飛び降りて……助かるの?」


「分からない。」誠一は短く答える。その表情には迷いはなく、ただ全員の命を託す覚悟だけが浮かんでいた。

「けど、ここで待つよりは可能性がある。」


翔太は大きく息を吸い込み、全身が震えるのを抑えながら立ち上がった。


「やるしかない……!」


全員が絶望に沈みかけたそのとき、賢吾がふと顔を上げた。


「待て……俺にいい考えがある。」


翔太たちは驚いた表情で賢吾を見た。


「……なに?」美咲が不安そうに聞く。


賢吾はキャンプ用品店の方向を指差した。

「パラソルだ!キャンプ用の大きなパラソルなら、開いて飛び降りれば着地の衝撃を少しは和らげられるかもしれない。」


翔太はその言葉を聞き、一瞬の希望を感じた。だが、次の瞬間には疑念が浮かぶ。

「でも……それ意味あるのか?」


「わからない、けどこのまま飛び降りるよりはマシだろう。」

賢吾は短く答えた。


誠一が深く頷き、力強い声で言った。

「やってみる価値はある。時間がない、急げ!」


賢吾は一瞬も迷わず、キャンプ用品店へと走り出した。


賢吾が煙の中から戻ってきたとき、彼の手には巨大なキャンプ用のパラソルが握られていた。


「これだ!」彼は地面にパラソルを置き、素早く開いて見せた。大きな布地が広がり、少し頼りないながらも広範囲を覆う形を見せる。


「これなら……なんとかなるかもしれない。」誠一がパラソルを見つめながら言った。


翔太はパラソルに触れ、恐怖と希望の間で揺れる気持ちを押し殺すように呟いた。

「これで……本当に助かるのか?」


美咲が泣きそうな顔で震えた声を出した。

「でも……これしかない……。」


「全員、一緒に飛ぶぞ。」誠一が全員を見渡して言った。


翔太はパラソルを全員で握りながら、覚悟を決めた表情を浮かべた。


吹き抜けの縁に全員が並ぶ。煙がますます濃くなり、下の状況はまったく見えない。


「絶対にパラソルを離すな!」賢吾が叫ぶ。


「分かった……!」翔太は全身を震わせながら応じた。


誠一が短くカウントを始める。

「行くぞ……! せーの!」


宙を舞う恐怖と奇跡の着地


掛け声とともに、翔太たちはキャンプ用の大きなパラソルを全員で握りしめ、吹き抜けの縁から飛び降りた。


重力が体を引き寄せ、全身が宙に放り出される。足元にあった床が一瞬で遠ざかり、強烈な浮遊感が翔太を包み込む。


「うわっ……!」翔太は目を見開き、パラソルを必死に握りながら叫んだ。


煙が渦巻く中、視界は白く霞み、何も見えない。ただ、空気を切る音と仲間たちの短い叫び声だけが耳を刺した。翔太の心臓は激しく脈打ち、全身がこわばる。


「どれだけ落ちてるんだ……?」


体がどんどん落下していく感覚が続く。パラソルが空気を受けて揺れるたびに、手が滑りそうになる。


「くそ……離すな……離すなよ!」賢吾の声が聞こえるが、その声も風にかき消されそうだった。


翔太は下を見ることができなかった。自分の体がどれだけの高さを落ちているのか、その先に何があるのか――考えるだけで全身が凍りつく。


「……これで終わるのか?」


そんな考えが頭をよぎる。煙の向こうに広がる暗闇に、自分の体が飲み込まれていくような錯覚に陥る。


時間が異常に長く感じられた。ほんの数秒のはずなのに、落下するたびに恐怖が重なり、永遠に続くように思えた。


「お願いだ……!」翔太は心の中で叫んだ。

「助かってくれ……!」


突然、衝撃が体全体を包み込んだ。


「えっ……?」


翔太は目を見開いた。固い地面に叩きつけられると思っていたその瞬間、全身を柔らかい何かが受け止めていた。


「なんだこれ……?」


彼が見上げると、巨大な白いエアクッションが広がっていた。


「助かった!」翔太は呆然と呟いた。


その隣で、美咲がパラソルを手から離し、涙を浮かべながら震えた声を出す。

「これ……どうして……クッションが……?」


賢吾も大きく息を吐きながら、手のひらでクッションの感触を確認するように触れた。

「助かった……助かったぞ……!」


翔太は荒い息を整えながら、周囲を見渡す。おそらく消防隊が設置したクッションだ。


全員がクッションの上に横たわりながら、それぞれ安堵の声を漏らした。

「まだ……生きてるんだ……。」


だが、そのとき――。


「ドンッ……!」


鈍い音とともに、モール全体が揺れ始めた。


「……今の音、なんだ?」翔太が驚いたように顔を上げる。


「崩れてくるぞ!急げ!」誠一が叫んだ。


翔太たちはクッションから転がるように地面に降り立ち、迫り来る瓦礫の崩壊音を背に、再び走り出した――。


モール崩壊の恐怖と必死の逃走


「ドンッ……!」


巨大な衝撃音が響き渡り、地面が揺れた。


翔太は驚いて顔を上げた。頭上の煙の向こう、モールの6階部分が崩れ始め、瓦礫が落ちてくるのが見えた。


「崩れてくるぞ! 急げ!」誠一の鋭い声が響く。


「走れ!」賢吾がクッションから転がるように飛び降り、振り返ることなく先へ進んだ。


翔太も美咲の腕を引き、クッションから飛び降りる。全員の足音が荒い息遣いと混ざり、モール内に反響する。


「……早くしろ!」


背後から瓦礫が崩れ落ちる音が耳を刺す。巨大な金属音とガラスの割れる音が交互に響き、全身を震え上がらせた。


翔太は走りながら、恐る恐る振り返った。そこには、崩れ落ちたモールの一部が煙の中で大きな塊となり、床を突き破るように降り注いでいた。


「まずい……! 追いつかれる!」


誠一が手を伸ばし、前を走る翔太の肩を押した。

「振り返るな! 足を止めたら終わりだ!」


その言葉に、翔太は息を呑み、正面だけを見つめて走る。足元には割れたタイルや散乱する瓦礫が広がり、踏み外せば転倒しそうだった。


「くそっ……この先どうなってる!?」賢吾が叫ぶ。


「知らない! とにかく外に出るんだ!」誠一が鋭く返した。


翔太の足はすでに限界に近づいていた。心臓が喉の奥で暴れるように脈打ち、呼吸が浅くなる。


「はぁっ……はぁっ……!」


頭の中が酸素不足でぼんやりし、視界が揺れ始める。それでも、足を止めれば瓦礫に飲み込まれる。翔太は必死に足を前へ出し続けた。


隣を走る美咲の顔は真っ青だった。彼女も息が続かず、よろめきながら壁に手をついて走っている。


「大丈夫か、頑張れ!」翔太が手を差し伸べる。


「うん……っ!」美咲が力なく答えた。


「見えた!」


賢吾が前方を指差し、叫んだ。煙の向こう、かすかに非常出口の緑色の光が揺れている。


「外だ……!」翔太はそれを見て全身に力が戻るような感覚を覚えた。


「もう少しだ! 全力で走れ!」誠一の声が響く。


だが、そのとき――。


「ゴゴゴゴ……!」


背後でさらに大きな崩落音が響き、足元が揺れた。翔太は咄嗟に振り返ると、巨大な瓦礫の塊が煙の中から迫ってきているのが見えた。


「来るぞ! 早く!」賢吾が叫び、全員がさらに足を速める。


非常出口は目前だった。翔太は手を伸ばし、扉の光を掴むように駆け込む。美咲がそのすぐ後ろに続く。


誠一が最後に振り返りながら、瓦礫が迫る中で叫んだ。

「全員出ろ! 急げ!」


翔太が外に飛び出した瞬間、轟音とともにモールの上層が完全に崩れ落ちた。


「ドンッ……!」


全員がその場に倒れ込むように転がり、外の地面に顔を押し付けた。背後では、煙と瓦礫が渦を巻き、完全にモールが崩壊していく音が響いていた。


翔太は荒い息を吐きながら、背後を振り返る。煙の向こう、かつてモールがあった場所は瓦礫の山に変わっていた。


「……助かった……。」彼は呆然と呟いた。


美咲が泣きながら座り込み、顔を両手で覆う。

「生きてる……!」


賢吾が地面に手をつき、うなだれながら息を整えている。

「ギリギリだった……。」


誠一がゆっくりと立ち上がり、全員を見回した。彼は短く頷くと、静かに言った。

「よくやった……全員、生きてる。」


その言葉に、翔太の目から涙が溢れた。瓦礫の崩壊音は遠ざかり、周囲にはわずかに聞こえる消防隊のサイレンが響き始めていた――。


翔太たちは、崩れ落ちたモールの残骸を見つめながら、しばらくその場から動けなかった。全員の体は震え、息を整えるたびに喉の痛みが増していく。それでも、生きて外に出られたという事実が胸にじわじわと広がり、重い恐怖の感覚を少しずつ押しのけていった。


「全員……無事だよな?」誠一が低く落ち着いた声で確認する。


翔太が体を起こし、顔を覆っていた美咲の肩に軽く触れた。

「美咲さん、大丈夫?」


美咲は顔を上げて頷く。その目には涙が溜まっていたが、しっかりとした声で答えた。

「うん……まだ生きてる……ありがとう……。」


賢吾も額の汗を拭いながら、呆然とした表情で立ち上がった。

「まさか、本当に助かるとはな……。」


翔太は足元を見つめながら呟いた。

「ここまで来られるとは思わなかった。正直、諦めかけてた……。」


そのとき、遠くから聞こえていたサイレンの音が徐々に近づいてきた。数名の消防隊員が防護服に身を包み、煙の中から現れる。彼らはすぐに翔太たちを見つけ、駆け寄ってきた。


「生存者を発見!」消防隊員の一人が無線で叫ぶ。


「君たち、大丈夫か? けがはないか?」隊員の一人が翔太に問いかけた。


翔太は頭を振り、手を軽く上げる。

「俺は大丈夫です……みんなも無事です。」


消防隊員は全員の顔を確認し、安堵したように頷いた。

「よかった……。」


美咲が震えた声で答えた。

「……本当に……奇跡みたいです。」


隊員たちは、全員に簡単な応急処置を施しながら、次々と無線で状況を報告し始める。


「君たちはすぐに病院で診てもらったほうがいい。」隊員が救急車を指差しながら言った。

「これ以上この場に留まるのは危険だ。」


翔太たちは隊員に支えられながら、ふらつく足で救急車へと向かった。


翔太はその途中で振り返り、瓦礫の山と立ち込める煙を見つめた。あれほどの絶望と恐怖に満ちた場所から抜け出せた――その現実がまだ信じられなかった。


「……本当に助かったんだよな……。」


誰にともなく呟いたその言葉は、煙の中へと溶けていった。


翔太たちは救急車に乗せられると、酸素マスクを渡された。新鮮な酸素が喉を満たし、今までの苦しさが嘘のように薄れていく。


翔太は車内に腰を下ろし、ぼんやりと窓の外を眺めた。ゆっくりと遠ざかる瓦礫の山。その景色を見ながら、彼はポツリと呟いた。


「……なんか、ゲームみたいだったな……。」


その声は誰にも届かない。ただ、救急車の揺れの中で静かに消えていった。


翔太は深く息を吐き、背もたれに体を預けた。疲れが一気に押し寄せ、意識が遠のいていく。救急車のサイレンが、ぼんやりとした音で彼の耳に響いていた。


救急車は夜の街を駆け抜け、目的地の病院へと向かう。その中で、翔太たちは深い眠りとともに、安堵に包まれていた――。

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