思い出のカフェ店員さん
久石あまね
ひとめぼれ
「いらっしゃいませ〜、おはようございます!」
鼓膜を艶やかに振るわす彼女の甘い声だけで、僕の心は激しく動揺した。
昨日のことを、名前の知らない彼女はどう思っているのだろうか?あまりにも急すぎてたぶん驚いているだろうな。
ことの顛末を話そう。
僕は昨日、駅前のカフェに行って、初めて会った店員さんにひとめぼれした。
ドリップコーヒーのホット、トールサイズを注文して、席に着いたあと、メモ帳に僕の電話番号を書いて、店を出るときに、その店員さんに渡した。
初めて見たとき、初めて声を聴いたとき、心が震えた。女神さまに心を白魚のような繊細な指で包まれたと思った。
「おはようございます。昨日は突然すみません。びっくりさせちゃって」
僕は激しく動揺した心を落ち着かせようと自分に言い聞かせるように、落ち着いて話した。自分がこんな大人みたいなことができるようになったことに内心驚いた。
「あぁ〜、昨日はどうも」
名前の知らない彼女は恥ずかしそうに小さく微笑んだ。目を伏せたときの睫毛の長さが、美人の証だった。白い新雪のような頬はやや紅くなっており、僕は名前の知らない彼女が、少し動揺しているのかなと思った。
「あの、私たちお客様とは個人的な関係になっちゃダメなんですよ。すみません」
名前の知らない彼女は僕に殊勝に謝った。
「いえいえ。こちらこそすみませんでした。店員さんの事情も考えずにわがまま言ってすみませんでした」
これでいいんだ。
これで良かったんだ。
今までの僕だったら、こんなに思い切ったことできなかったけど、できるようになったってことは、成長したってことだ。
僕はカフェを出て、駅に向かい、改札を颯爽と通り、ホームに立った。
駅のホームには徐々に人が多くなり始め、通勤ラッシュが始まる。
「よし、今日も頑張るぞ!」
僕は心の中で、そう言った。
出会いなんて、まだまだあるさ。
思い出のカフェ店員さん 久石あまね @amane11
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