第19話

「そう息吸って、吐いて」

 母の苦しそうな呼吸はリズム感を保とうとしても保てない。唸(うな)り声は止まない。その呼吸と声は僕の記憶をどんどんと消していく。僕は誰だっけ?

「大丈夫、もうちょっとだからね」

 何がもうちょっとなんだ。どうにかならないのか、この苦しさ。早く出してくれ。

「見えたよ、頭が、がんばれがんばれ」

 そこ引っ掴まないでくれって、痛いってば。

「息吸って、吐いて」

「もうひと息。がんばってお母さん!」

 お母さん!? そうか、僕、産まれるんだ。この人の人間の子供として。これで八万六千七百・・・ええっと何回目だったかな? もうその数字はここでは必要ない・・・痛いよ!苦しいよ!

 うんうん、うー。ふうふう、ふー。ふんふん、ふん。

「息吸って、吐いて、吸って、吐いて」

 うんうん、うー。ふうふう、ふー。ふんふん、ふん。

「息吸って、吐いて、吸って、吐いて」

 うんうん、うー。ふうふう、ふー。ふんふん、ふん。

 うんうん、うー。ふうふう、ふー。ふんふん、ふん。

「がんばって」

 うんうん、うー。ふうふう、ふー。ふんふん、ふん。あぁっ

「生まれたぞ!」

 生まれた?

「お母さん、生まれましたよ。男の子です。とっても元気な男の子ですよ」

 ふんぎゃぁふんぎゃぁふんぎゃぁふんぎゃぁふんぎゃぁ

「ほらほら、お父さんも聞こえますか? あなたの赤ちゃんですよ」


 騒がしいなぁ、僕には何も見えないよ。

 だけど僕を包む母の手の柔らかな温もりと、もう一つ大きな手の温もりをどこかで感じるんだよな。


 うん、なんだかいいことありそうだ・・・



   了

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これはあなたの生前の物語です 八万六千七百三十二回目の命 水無月はたち @iochan620

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