春の章: 偽りの笑顔の裏側1

桜が咲き誇る福岡市天神。ここは福岡の中心と言える街だ。百貨店に商業ビル、再開発された大型複合施設などが建ち並ぶ。

街は若者でいつも溢れていて、活気に溢れた雰囲気が漂っている。

春の訪れは、いつも街を少しだけ明るくしてくれる気がする。だが、僕の目にはそんな光景の裏に潜む「影」がちらついて見える。


「誠、何ぼーっとしてるのよ。」

隣で静が軽く僕の肩を叩いた。彼女は薄いピンクのカーディガンを羽織り、肩から小さなバッグを下げている。

その姿はまさに春そのもので、まるで桜の花びらの化身のようだった。


「ごめん、ちょっと考え事してた。」

僕は苦笑いを浮かべながら答えた。


今日は静と一緒にここに来たのには理由がある。今話題のYouTuber、小野寺沙織――通称「さおりん」のイベントが行われるからだ。

静に誘われた時は正直驚いた。彼女がYouTuberに興味を持つなんて意外だったからだ。


「静、さおりんが好きだったの?」

そう尋ねると、彼女は少しだけ恥ずかしそうに頷いた。

「まあね。動画で紹介されてるコスメとか参考にしてるの。」

僕は意外に思いながらも、静の新たな一面を知った気がして少し嬉しかった。


イベント会場に着くと、すでに多くの人々が集まっていた。

若い女性を中心に、カラフルな服装をしたファンたちが「推し」の名前を掲げたプレートを持っている。

そこに混ざる僕と静は、どこか場違いな感じがした。


「すごい熱気だ。」

僕がそう言うと、静は苦笑いを浮かべた。

「うん。私もこんなに盛り上がるとは思ってなかった。」


ステージの上で輝く沙織の姿は、まるでアイドルのようだった。

明るい茶髪に、完璧にセットされたメイク。彼女の笑顔は人々を惹きつけ、歓声が会場に響き渡る。


だけど、僕の目にはその笑顔の裏に隠された「影」がはっきりと見えていた。

「静、ちょっと待っててくれる?」

そう言い残し、僕は沙織の様子を注意深く観察することにした。


彼女の姿は、どこか違和感を覚えるものだった。

ステージの上で見せる笑顔は完璧だが、その目はどこか虚ろで、生気が感じられない。


その瞬間、僕の左手がズキリと痛んだ。

「……悪意だ。」

僕は心の中でそう呟いた。


沙織がステージで手を振るたびに、ファンたちの歓声はさらに大きくなる。

その熱気に包まれながら、僕は彼女の動きに目を凝らしていた。


「推しっていうのは、こういう感覚なのかな……」

静が少し呆れたように呟く。彼女も周囲の盛り上がりに多少圧倒されているようだった。


「静、どう思う? あの笑顔。」

僕が沙織を指さして尋ねると、静は少し考え込むように眉を寄せた。


「……すごく魅力的だと思う。完璧な笑顔だし、あの場にいるだけで人を元気にしてる感じ。」

彼女の言葉に、僕は頷いた。確かに、その魅力は否定できない。だけど、その裏に潜むものが見えてしまう僕には、彼女の本当の姿が気になって仕方がなかった。


ステージ上で話し始めた沙織の声は、元気で明るい。

「みんなー! 今日は来てくれてありがとう!」

その声に応えるように、観客たちは一斉に拍手と歓声を上げる。


だが、僕にはその声の裏側に潜む不安や孤独が感じられた。


「……静、ちょっと離れるよ。」

そう言って僕は人混みを抜け、会場の隅に移動した。

そこからステージを見上げると、沙織がファンに向けて投げキスをするのが見えた。その動き一つ一つが計算され尽くしていて、プロフェッショナルな印象を受ける。


だけど、僕の左手は再び痛みを感じていた。

「やっぱり、何かある。」

僕はそう思いながら、彼女の仕草や目の動きをさらに注意深く観察した。


その時、沙織がふと観客の方を向き、微笑みながら手を振った。

僕はその目が、観客の誰も見ていないことに気付いた。


「誠、どうしたの?」

静が僕の後ろから声をかけてきた。


「……何かが変なんだ。違和感っていうのかな、何か変だ。」

僕はそう言いながら、沙織の言葉の一つ一つにより耳を傾けた。


彼女はステージの上で、自分のこれまでの成功談やファンへの感謝を語っていた。

「皆さんのおかげで、私はここまで来ることができました! 本当にありがとう!」

その言葉は、ファンたちにとって励ましのように聞こえただろう。


だが、僕にはその声の奥にある「違和感」が伝わってきた。

もしかして彼女がファンに向けて投げかける感謝の言葉は、本心ではないのかもしれない。


僕の左手が再び鋭く痛んだ。


「誠、何か感じてるの?」

静が少し不安そうな顔で僕を見つめる。


「……悪意が、ある。」

僕は短くそう答えた。


沙織の笑顔の裏に隠された感情――それは悪意だ。ただそれがどんなものか、危険なレベルなのかはまだ僕には分からない。

だけど、彼女の中に「悪意」があることだけは確信できた。


その瞬間、沙織がステージ上で足を滑らせた。

観客たちが一斉にざわめく中、彼女は何とか姿勢を立て直し、笑顔を浮かべた。


「すみません、ちょっと緊張しちゃって……!」

彼女は軽く謝り、すぐに話を続けたが、その表情にはほんの一瞬だけ怯えが見えた。


僕の胸の奥で、何かが警鐘を鳴らしていた。

このままではいけない気がしてならない。彼女に何かが起きてしまう前に、動かなければならないと感じ始めていた。


沙織はステージを後にして控室へと消えていった。ファンたちはなおも興奮冷めやらぬ様子で彼女の話題に花を咲かせている。

僕はその様子を横目で見ながら、静と一緒に会場を後にした。


「誠、何を感じたの?」

静が問いかけてくる。その声には、少しの不安と好奇心が混じっていた。


「まだはっきりとは言えない。でも……」

僕は一瞬言葉を飲み込んでから続けた。

「沙織さんの中に、何か強い悪意が潜んでいる気がする。あれは普通の『嫌な気持ち』とかそういうレベルじゃない。」


静は歩みを止め、僕をじっと見つめた。

「それを解決しようって思ってる?」


僕は軽く頷いた。

「まあでも今すぐどうにかなってしまうものではないかもしれないんだ。大半の悪意は表に出てはこれない事が多いのが事実だしね。でももしそうじゃないのであれば、その時は僕の役割だからね。」


「だけど、それでまた誠が傷つくんじゃないの?」

静の言葉に、僕は少しだけ微笑んでみせた。


「僕が傷つくわけじゃない。僕はただそれを受け入れて取り除くだけの役割だから。そしてそれで誰かが救われるなら、正直なんの問題もないと思っているさ。」

そう答えた僕に、静はため息をつきながらも少しだけ微笑みを返した。


「本当にそういうとこ真面目だよね、誠は。自己犠牲って別に美しいことではないと私は正直思うけどね。」


その夜、僕はインターネットで沙織さんのことを調べることにした。

彼女は確かに人気のYouTuberで、動画を見ればその明るさとポジティブさが画面いっぱいに広がっている。

彼女がどれほど多くの人に希望を与えてきたのかは、一目瞭然だった。


けれども、彼女の笑顔を見ていると、僕の左手は再び鈍い痛みを訴えてくる。

画面越しでも、彼女の中にある悪意は僕に触れてくるのだ。


さらに調べていくと、彼女に関する記事の中に少し気になるものを見つけた。

「人気YouTuber・沙織の裏側――成功の影に隠された孤独と葛藤」

そんなタイトルのネット記事だった。


僕は記事をクリックし、その内容に目を通した。

そこには、沙織がかつてSNSで中傷を受けた経験や、完璧なイメージを維持するためにどれだけのプレッシャーを抱えているかについて書かれていた。


「有名人の光と闇ってやつか、いわゆる。しかしやっぱり何かがあるかもしれないな。」

僕は画面を閉じ、椅子にもたれかかった。


沙織さんの背負っているものは、単なる悪意だけではないように思えた。

彼女の中に渦巻く感情――それを知らなければいけない気がする。僕はそう思ってしまったのだ。我ながらなかなかお節介な気がする。


翌日、僕は沙織さんが出演しているイベント会場の裏口に立っていた。

もちろん許可を取って入ったわけではない。ただの通行人を装いながら、彼女が出てくるのを待っていた。


しばらくすると、沙織さんがマネージャーらしき女性と一緒に裏口から姿を現した。

彼女の顔には笑顔が浮かんでいたが、それがどれほど無理をして作られたものか、僕はなんとなく感じた。


彼女が足早に車に乗り込もうとしたその時、僕は勇気を出して声をかけた。

「沙織さん!」


彼女は驚いたように振り返った。

「……えっと、どなた?」


「僕は霧島誠と言いまして、えっとあー、まあネットメディアのライターみたいな仕事をしているものなんですが、ちょっとだけ今回のイベントの件で取材をしたいことがありまして……」

我ながら苦しい。こんな若いライターなんで信用できないだろうし、名刺も何も準備していなかった。そもそもなんのメディアか聞かれたらどうするかな…僕がそんなことを考えていると、まあ案の定沙織さんの顔に警戒の色が浮かんだ。


「メディアの方? すみません、今はちょっと時間がなくて……」

彼女がそう言いかけた瞬間、僕の左手に再び鋭い痛みが走った。


「待ってください。僕はあなたの……その、本当の気持ちを知りたいんです。」

我ながら最強に怪しい…これじゃストーカーじゃないか…

しかし次の瞬間、沙織さんの目が一瞬だけ揺れた。その瞬間、僕は彼女の中に隠された感情を感じ取った。


「本当の気持ち?なんなんですか?一体?」

彼女は小さく笑いながら言った。

「それを知ったところで、何になるの?」


僕は一歩彼女に近づき、真剣な目で彼女を見つめた。

「僕ならもしかしてあなたを救うことができるかもしれないです。」


その言葉に、沙織さんは驚いたような、少し怒りを覚えたような目をした。


「……救う? 私を?」

彼女の声には、ほんの少しの動揺と戸惑い、そして苛立ちが混じっていた。


「ええ。あなたが抱えているもの、その重さを取り除きます。」

僕がそう言うと、沙織はしばらく黙り込んだ。


そして小さくため息をつき、僕に向き直った。

「なんなの?霊媒師か何か?そんなこと、誰にもできないと思うけどね。」


彼女のその言葉には、諦めのような響きがあった。その瞬間、僕の左手の痛みがさらに強くなった。


「霊媒師とかではないんですが、まあなんというか僕には特別な力があります。信じられないかもしれませんがその力はあなたの役にきっと立つはずなんです。」

僕は彼女にそう告げた。


沙織は僕の言葉に小さく首を振り、笑みを浮かべた。しかしその笑顔には、どこか陰りがある。


「あなたって、不思議な人ね。会ったばかりなのに、私を救いたいなんて言うなんて。私のファンなの?正直ナンパならもう少しうまくやれない?」

彼女の声には、少しだけ諦めと疑念が混じっていた。


「でも、救うって簡単に言わないでほしいな。だって、救われる人間なんていないから。」


僕はその言葉に戸惑いを覚えた。救われる人間なんていない――その言葉の奥に、沙織がどれだけの絶望を抱えているのかが見えたからだ。


「沙織さん、それは本当にそう思っているんですか?」

僕は彼女の目をじっと見つめた。その瞳の中に宿るものが、嘘ではないか確かめるように。


「思ってるよ。」

彼女は言い切った。少しも揺るがない声だったが、その表情にはほんのわずかに迷いがあった。


「それなら、僕が確かめます。」

僕の言葉に沙織は眉をひそめた。


「確かめるって、何を?」


「あなたの心の中にあるものをです。」


そう答えた瞬間、僕の左手が鈍い痛みを訴えた。それは、彼女の悪意が僕に何かを訴えているような感覚だった。


「もし少しでもあなたを軽くすることができるなら、それを試させてほしい。」

僕の言葉に、沙織はしばらく黙り込んだ。


しばらくして彼女は短い溜息をつき、肩をすくめた。

「……まあ、どうせ無理だろうけど、やってみれば?何をするのかな?霊媒師さんは?」


その言葉に込められた自暴自棄な響きに、僕の胸は少しだけ締め付けられた。

「ありがとうございます。ただ僕の手であなたの肩に触れるだけです。怪しいですが、霊媒師でも新興宗教でもないので、すみませんが騙されたと思ってください。きっと後悔させません。」


僕は静かに一歩前に踏み出し、沙織の肩に左手を伸ばした。沙織の顔は引き攣っていたが、早くこの訳わからない状況を終えたかったのか諦めたような表情をしていた。


僕の左手が彼女の肩に触れた。


触れた瞬間、僕の視界が一気に揺らぎ、沙織の心の中に入り込む感覚があった。


そこは、暗く、冷たい場所だった。

目の前には無数のコメントが宙に浮かんでいる。


「顔がかわいいだけだろ。」

「最近の動画、つまらなくなったな。」

「所詮、作られたキャラ。」


それらはすべて、彼女に向けられた批判や中傷の言葉だった。

コメントは次々と増え、どんどん彼女を覆い尽くしていく。


「これが……沙織さんの見ている世界……。」

僕はその言葉の洪水の中で、彼女がどれほどの苦しみを抱えてきたのかを垣間見た。


「違う……違うんだって……!」

突然、沙織の声が響いた。


振り向くと、彼女が膝を抱えて座り込んでいる。

「私は、ただ、みんなに喜んでもらいたかっただけなのに……どうして……。」


その姿は、ステージ上の輝かしい彼女とはまるで別人だった。

僕はそっと彼女に近づき、静かに声をかけた。


「沙織さん……あなたは間違っていない。」


彼女は顔を上げた。目には涙があふれている。

「間違っていない? 私が? でも、こんなにたくさんの人が私を否定してるのに……。」


僕は彼女のそばに膝をつき、そっと言葉を続けた。

「それでも、あなたを本当に好きで、感謝している人がいるはずです。その人たちの声は、ちゃんとあなたに届いているはずです。」


沙織は黙り込んだ。そして、小さく首を振った。

「届いてなんかいない。私には……もう、何も感じられないの。」


僕の心は締め付けられるような痛みを覚えた。


「じゃあ、僕がその声を一緒に見つけます。」

僕はそう言って、再び手を伸ばした。


その時、沙織の心の奥底から、一筋の光が差し込んだように感じた。

それは、小さな声だった。


「沙織さんの動画、いつも楽しみにしてます。」

「元気をもらいました。」

「ありがとう。」


その言葉たちは、彼女の心の奥深くに眠っていた。埋もれていた優しい声たちだった。


「これが……。」

僕はその声を拾い上げ、沙織に届けるように差し出した。


「これが、あなたが忘れてしまったものです。」


沙織は目を見開き、そっと手でその光を受け取った。


「あー、なんかこういう当たり前に嬉しかったこと忘れちゃってたな……。」


彼女の目から再び涙がこぼれた。その涙は、少しだけ温かみを帯びているように見えた。


僕が意識を戻すと、沙織は静かに泣いていた。

その涙は、何かを取り戻した喜びの涙のように見えた。


「沙織さん、大丈夫ですか?」

僕がそう問いかけると、彼女はゆっくりと頷いた。


「ありがとう…あなたって一体何者?」

彼女の言葉には、少しだけ力が戻っていた。


僕はそれを聞きながら、再び左手の鈍い痛みを感じた。

それは、彼女の悪意を引き受けた証拠だった。


「信じられないかもですが、僕には人の悪意を感じ、受け止めて、消しさる力があるんです。厨二病みたいですが、この左手に…でも、これで少しでも楽になれたなら、よかったです。」


沙織は小さく微笑み、立ち上がった。

「信じられないな笑、でもありがとう。ビックリするぐらい楽になったのは事実だよ。なんだかこれからは、少しずつ自分のことを大切にしてみるよ。」


彼女のその言葉に、僕もまた静かに微笑んだ。


沙織との別れ際、彼女は静かに僕に頭を下げた。

「本当にありがとう、霧島くん。私、少しずつでも変われる気がする。」


その言葉に、僕は深く頷いた。

「変わる必要はないですよ。沙織さんは沙織さんのままで十分です。ただ、時にはご自身の心に耳を傾けてあげてください。」


沙織は驚いたように顔を上げたが、すぐに微笑んだ。その笑顔には、以前のようなぎこちなさはなかった。

「そうだね……それが、今の私にできる最初の一歩かもしれない。」


彼女と別れた後、僕は静が待つカフェへと向かった。夕陽が窓から差し込む店内では、静がコーヒーを飲みながら外を眺めていた。


「遅かったわね。」

僕が席に着くと、静が淡々とそう言った。


「少し話し込んじゃって。」

苦笑いしながら答えると、静はじっと僕を見つめた。


「どうだったの?」

その問いに僕は少しだけ考え込み、それから正直に答えた。


「彼女はきっと、大丈夫だと思う。でも、本当の意味で救われるかどうかは、これからの彼女次第だよ。」


静は軽く頷き、湯気の立つコーヒーに目を落とした。

「それでいいのよ。私たちにできるのは、ほんの少しのきっかけを与えることだけなんだから。」


静の言葉は、いつも僕の心を落ち着かせてくれる。彼女がそばにいてくれることで、僕は自分の選んだ道に迷いを抱かずに済んでいるのかもしれない。


「ありがとう、静。」

言いかけた言葉を飲み込むと、静はわずかに笑った。


「私に感謝するくらいなら、もっと自分を大事にしなさい。」

僕は何も言えなかった。いや、言いたくなかっただけかもしれない。


数日後、沙織が出演する新たな動画が公開された。


画面の中の彼女は、これまでと同じように笑顔を浮かべていたが、その笑顔には確かに違いがあった。無理をしているわけでも、作られたものでもない、彼女自身の自然な笑顔だった。


動画のコメント欄には、彼女を応援する声が溢れていた。

「沙織さんの笑顔、やっぱり最高!」

「今日の動画も元気をもらいました!」

「ありがとう、これからも応援してます!」


その言葉を目にして、僕は心の中に小さな達成感を覚えた。


それでも、完全に彼女を救えたとは思っていない。彼女の心には、まだ傷跡が残っているかもしれない。それでも、彼女は前に進むことを選んだ。それだけで十分だと思えた。


僕はふと、静の言葉を思い出した。

「私たちにできるのは、ほんの少しのきっかけを与えることだけ。」


それはきっと、正しいのだろう。


その夜、僕は再び静と会った。

「沙織さん、どうだったの?」

静が何気なく尋ねてくる。


「彼女は前に進んでる。たぶん、これからもっと強くなっていくと思う。」

そう答えると、静は満足そうに頷いた。


「あなたも、少しは前に進めたのかしら?」


その言葉に僕は少しだけ考えた。

「どうだろう。まだ、自分が何かを成し遂げたって実感はないよ。でも、誰かの助けになれたのなら、それでいいと思う。」


静はそんな僕を見て、少しだけ笑った。

「それでいいのよ。それが、あなたのやり方なんだから。」


春の風が、夜の街にそよいでいた。


これで一つの「悪意」を取り除けた。だけど、僕の道はまだ続く。これからもきっと、僕はこうして迷い、悩みながら進んでいくのだろう。


それでも――僕のそばには静がいる。それはまるであの空を照らす月のようだと、ふと思ったんだ。


月が綺麗ですね。

と、彼女に伝えようとして、やめておいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

サイレントリバース @supernova1192

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ