あなた、召しませ、ポインセチア

「ポインセチアの葉っぱを千切ったらさ、なんか得体の知れない白い液体が出てきたんだけど、あれは毒らしいね」

 

 ポインセチア? と首を傾げる男に、それ、とクリスマス特集の雑誌の表紙を指差した。

 

「ああ、クリスマスによく見るこの真っ赤な花のことか」

「真っ赤なのは花じゃなくて葉っぱだよ、ばあか」

「馬鹿とはなんだ馬鹿とは。馬鹿っていう方が馬鹿なんだぞ。あ、これ美味そう」


 燃えるような真っ赤な色をしたそれは、クリスマスの代名詞と言っても過言でないというのに、こいつと来たら指差した先の雑誌をパラパラ捲って、丸焼きのローストチキンのページに釘付けだ。冬季限定で「花より団子」を「ポインセチアよりローストチキン」にしてはどうかしら。少し語呂が悪いか。

 

 そんなしょうもないことを考えていたら、

 

「そういえば、ちっちゃい頃、タンポポを手折たおってさ、白い液体がでてくるから『タンポポミルク』とか言って遊んでたけど、あれも毒なの?」

 

と、懐かしい記憶を掘り起こしてきた。やったな、タンポポミルクのなすり合い。こいつと二人で。 

 

「タンポポのは、ラテックスだから毒性はないって」

 

 ラテックス? と先程とは反対側に首を傾げる。あざとい仕草だなあ。

 そんなあざとさ満載の表情をしている相手に、なるべく下品な笑みになるようにして、

 

夜に使うものの素材にもなってるやつ」

 

と答えた。何度か瞬きして、考える素振りを見せた彼は、答えに行き着いた瞬間、私より下品な笑みで言った。 

 

「ははあ。それなら、わかるなあ」

 

 乱暴に腕をひかれ、床に引き倒されて、強かに腰を打った。もう、上手く振れなくなってもしらないからな。

 

「こうする時に、使うやつだろ?」

「こんなとこですんの、やあよ、この変態」

 

 頑張って不服げな表情を作ってみるものの、やれやれと言わんばかりに

 

「嘘つきだなあ。したくなったから、そんな話を振ってきたんだろ」

 

 植物なんて本当は興味ないくせに。

 

 ばれたか、と付け焼き刃の知識を指摘されて肩を竦めた。もちろん、植物に興味なんてないし、知識も花屋でアルバイトしてる人から聞いただけだ。嘘か本当かすら確かめてない。

 でも、したくなったからその話をしたんだという見解は心外だ。

 

「これはクリスマスに会えないことへの当て付けなんだから」 

 

 クリスマス、そのイベントの本質を知らぬカップルたちの本番は二十四日の夜からだろう。長年の両片想いから、漸く結ばれた年の、初めてのクリスマス。そんな燃え上がるだろう性なる夜に、こいつは仕事をしないといけないらしい。さすが社畜。

 だから、私をひとりぼっちにするこの男に、当て付けてやりたかったのだ。

 

「私はただ、ポインセチアが有毒だよって話を聞いて、付き合って初めてのクリスマスに、彼女をクリボッチにさせる男には、ポインセチアを食べさせてやりたいって思っただけ」 

「……ごめん」

 

 仕事が大切なのはわかっているから、毒を食べさせたいなんて、毒吐くくらいは許してほしい。

 

 しょんぼりする顔はやっぱりあざとくて、本当にする気なぞなかったのに、したくなってきたじゃないか。

 

「ポインセチアは千切ったら、タンポポは手折ったら。じゃああんたはどうしたら、白いの、出せる?」

 

 わりと誘い方としたら落第点取りそうな、ムードもへったくれもない言葉だけど、この男によく効くのは今までの付き合いでわかっている。


 クリスマスに会えない分まで、可愛がってもらうからなと耳元で囁けば、

 

「大丈夫、今、俺の心は燃えてるから」

 

なんて、ロマンチストの名に恥じない花言葉に乗っかった返答と、口付けが降ってきたのだった。

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我ら、痴れる、似た者同士 石衣くもん @sekikumon

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