我ら、痴れる、似た者同士

石衣くもん

君に、捧ぐ、人言葉

「俺、すごいこと考えたんだ」


 物凄く得意げな顔でやって来た、本多賢一郎(男、幼なじみ)に、挨拶代わりにフライングクロスチョップ(見よう見まね)をお見舞いした。


「何するんだよ!」

「いや、ちょっとそのどや顔に腹立って」


 ごめんと、まったく反省していない口調で謝罪すれば、何か反論しようとしてきたので、


「何か言いたいことがあったんじゃないの」


と、露骨に話をそらしてやった。すると、鳥頭な本多賢一郎(霊長類、魚座)は見る間に嬉しそうな顔になり、


「聞いてくれよ!」


なんて、再び得意顔を晒した。幸せな頭してんなこいつと心の中でひっそりごちて、うんうんと頷いてやった。 


「花言葉ってあるじゃん」

「ああ、アネモネ『見捨てられた』とか『恋の苦しみ』とか、そういうのね」


 そう返答すれば、呆れた顔をしながら


「なんで咄嗟に思い付くのがそれ? なんかもっとこう、バラ『愛』みたいなメジャーで素敵なのあるじゃん。それを」

「早く続き喋って」


 遮れば、不服げに顔をしかめながらも、ひとつわざとらしい咳払いをしてから、


「それの仲間みたいなので、石言葉っていう宝石にそれぞれの言葉がついてるやつもあるんだよ」


 聞いたことなかったので、素直にへえ、と感嘆の声を漏らせば、それが嬉しかったのか、ますます饒舌に語り続けて


「ちょっとマイナーなので、酒言葉っていう酒の種類ごとに意味があったり、星言葉って星の性質ごとにつけられた言葉があるわけだ」

「はー、皆言葉つけたがりがちだな」


 魚座の星言葉はなんだろう、とまだまだ高説垂れている本多賢一郎(軽度の社畜、独身)を無視してスマホを調べれば、魚座の星言葉の一つに『さびしがりやの夢想』とあってちょっとだけ笑った。


「おい聞いてんのか」

「なんだよ『さびしがりやの夢想』野郎」

「なんだよその新しい感じの罵りは」


 構ってもらえなかったのが寂しかったんだろう、その辺はキャラ作り徹底してんねと勝手に感心してたら、ようやっと考えた「すごいこと」とやらを話し始めた。


「ずばり、人言葉というものを考えたら何か商売につなげられるんじゃないかってことだ!」

「人言葉?」


 本多賢一郎(二十七才、B型)が言うには、花言葉や星言葉のごとく、それぞれの人に、その人を象徴する言葉をつけることで何かしら利益をあげようということだった。


 すごい。馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、ここまで馬鹿だったとは。大体なんだ、利益をあげたいってざっくりした理由は。あがるか、そんなもので利益が。自分の仲間である軽度の社畜達や、比にならないブラック企業の重度の社畜に謝れ。命を削って利益をあげてるんだぞ、彼らは。閑話休題。


「まあ、利益はあがらないとして、具体的にどんな感じで考えるの、人言葉って」

「なんでお前が決めつけるんだ、大体」

「個人ごとにつけるの? それとも二十七才男性みたいに区分でつけるの?」


 馬鹿馬鹿しいとは思うが、それと楽しいと思うのは別だ。というか、馬鹿馬鹿しいことを考えるのが好きだ。

 私に人言葉をつけるなら「人の話を聞かない」だな。相手が本多賢一郎(物好きなお人好し)に限ってだけど。


「そりゃお前、花言葉だってバラは本数やらサイズでも違う言葉がついてるんだから個人ごとに決まってるだろ」

「ふーん」


 馬鹿馬鹿しいことを、本多賢一郎(一途な意気地無し)と考えるのが好きだ。なんで突然こんな話してきたんだろうと探ってみたが、なんとなくわかった気になっている。違ったらとんだ自惚れ女だが。


「つけてよ、わたしに。人言葉」


 そのつもりで、この話してきたんでしょ。

 目をまん丸に見開いて、顔にはでかでかと


「何故それを」


と書いてあるようだった。わかりやすい男だ。自惚れではなさそうだな、と優しい私は助け船を出してやることにした。


「先に私が本多賢一郎に人言葉、つけてやるよ。『稀代のロマンチスト』もしくは『いつまで待たすんだ馬鹿野郎』」


 私の人言葉に弾かれたように顔をあげた本多賢一郎(稀代のロマンチスト)は、徐々に顔を赤らめて、私の言葉を脳内で反芻しているのか、パクパク口を開閉した。そして、覚悟を決めたような真面目な顔で、


「おっ、お前の人言葉はな」


と上擦った声で放たれた本多賢一郎(恋人当確)の私への人言葉は、皆様にお聞かせできるレベルには到底及ばないので、割愛させていただきます。

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