次期でありつづけること

 樫の木に縛り付けられたが、軒先に。元いた世界で言うところの『置き配』状態だ。本来ならば、メイドがオレの部屋まで運んでくれるのだが、さすがに持ち運べなかったのだろう。


「おい」


 魔族の生気を奪う、ってのが、この世界の樫の木の効能だ。魔族からの攻撃を避けるべく、建築物には必ず樫の木を使用する。ツタをほどいて、樫の木から離してやると、青年はゆっくりとそのまぶたを開けた。


「ぅぁ」


 人間とのハーフであっても、効果はてきめんらしい。魔族特有の深紅の瞳は白く濁っている。言葉を発しようとして、口の端から透明な液体がこぼれた。家の中ではないから、まだよかったな。


「ここぁ……?」

「クアント邸の前」

「くあんと」

「コンコルドくんの偉大なるお父様のお名前さ」

「……」


 頭がよく回っていないのか、オレが説明してやったのにイマイチわかっていない様子で、辺りをきょろきょろとしている。ついさっきまで“アンタンチカ・バザール”の出品物の有象無象に囲まれていたのだろう。目を覚ましたら知らない男の大邸宅の前にいる状況は、誰だって戸惑う。


「オマエはオレが買った。今日から、オレのコレクションの一つになってもらう」

「……」

「うんとかすんとか言え」


 高位の魔族は言葉が通じる。実際、人間との共存を目指しているようなやつもいて、ヴァルヴァロッサは、そうだった。瞳の色を変えて、人間たちの社会に溶け込んでいるタイプの魔族。


 人間は同族食いをしないが、魔族は種によって他の魔族を捕食することがあるのだと、ヴァルヴァロッサは話していた。ヴァルヴァロッサは、人間が魔族を食べる件に関して「まったく気にしない」とも言っていたんだ。アイツのそういうが、オレは好きだったな。惜しいヤツをなくしたものだよ。――そう思っているのは、オレだけらしいが。


 オークションが始まってから終わるまで、コロネはヴァルヴァロッサの話を一切しなかった。コロネとヴァルヴァロッサは、オレを挟んで仲良く話していたのだが。


 使い魔に場所を特定してもらい、ヴァルヴァロッサの死体が発見された現場に寄って、手を合わせてから、帰ってきた。アンタンチカに参加できるようになったおかげで、オレのコレクションはぐんと個性豊かになったから、ヴァルヴァロッサには感謝している。ヴァルヴァロッサの影響があって、余計にエントリーナンバー634が欲しくなったのかもしれない。オレはもっと魔族を知りたいから。


 オレにとって、この世界は、まさしくと言うべき場所だ。元いた退屈な世界にはない、刺激的な日常と、見たことのない生き物たちに、異なる文化。女神サマにとっては『ガラクタ』でしょうけれども、オレにとっては『宝物』だらけだ。できることならば長生きしていきたい。


 しかし、本日の目玉商品の代わりとして、オレが支払いに使用した『一円玉』が出品されたのには笑った。エントリーナンバー634の出品者が扱いに困ったんだろうな。一億ランドが手に入るかと思いきや、謎のアルミニウムを手渡されたらね。こちらの世界でのお会計に使えるわけでなし。使えたところでたかが知れている。


「母上は」


 うんでもすんでもない言葉が返ってきた。


 アンタンチカの運営サイドの人間に、コイツの出自を聞かされている。オレが出品物を見ずに一億ランド大金をぽんと出したわけだから、よっぽど魅力を感じているものだと解釈してくれたらしい。


「オマエを売り飛ばした人間のことは、さっさと忘れろ」

「……母上が? ぼくを?」

「そうだ。オレが一億ランドで買ってやった」


 ちなみに『一円玉』は5000万ランドの値がついた。この世界には存在しない硬貨だから、コレクションアイテムとしての価値しか認められなかったようだ。つまり、コイツの『母上』は最終的に息子を5000万ランドで売ったことになる。おいくつかは存じ上げないし関心もないが、5000万ランドあれば余生は安泰だろう。


「どうして」

「オレの理由か? オレは、」

「どうして母上はボクを! ボクを……!」


 そっちか。そっちの理由は、わからない。アンタンチカのシステムだと、出品者と会話できるわけではないから。コイツの母親ってのは教えてもらえたが、どこに住んでいるかは教えてもらえていない。


「母上ぇ……どうして……!」


 樫の木の効能によって、体調は最初から悪そうに見えたが、ここで錯乱状態に陥って、おそらくは出品される前に短くカットされたのであろうブロンドの髪をかきむしり、嘆きながらうずくまった。言わないほうがよかったまである。


「落ち着いたら、この家でのオマエの仕事を説明するよ。オレはバラしてようなマネはしない」


 食う、と聞こえてから、青年は右腕をかばうように隠した。服は簡素な布の服を着せられているが、上下ともに袖も裾も短い。さきほどまで見えていた右腕には、傷痕があった。食うのに困って、誰かがコイツの肉をそいで食べようとしたんだろう。生きているのは、まずかったからだ。


「この家は、この領地の主・クアントのものだ。ただ、クアントはボケに加えて、年寄りなもんだから、いろいろとガタガタでね。オマエには、クアントの介護をしてほしい。夜は夜勤のメイドがいるから、そいつと交代で」


 コンコルドくんは領主になりたかったかもしれないが、オレは違う。オレは領主の立場で、この世界での人生を謳歌したい。この土地に縛られるのはごめんだ。


 まあ、クアントも『暗殺計画』に怯えるぐらいにはらしいから、ちょうどいいな。


 オレは【交換】によって、クアントの部屋を“生命維持”の部屋として魔改造している。この世界では手に入らないような科学技術の、最新機器を導入し、発電機も置いた。この世界での人間の寿命は五十年程度だが、あれだけやってやればオレが先に寿命で死ぬ。親孝行している。


「クアントが死んだら、オマエの首を切り落とす。

「ぁ……」


 ちょっと脅かしすぎたか。エントリーナンバー634は、ぽろぽろと泣き出してしまった。エントリーナンバー634って呼び続けるのもだるいな、もう落札したのだし。634だからムサシでいいか。


「オレは魔族と仲良くしたいと思っているんだ。だから、これからよろしくな、ムサシ」

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一円の価値しかない4分の3オンス 秋乃晃 @EM_Akino

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