第29話 ティターン

― みなさんごきげんよう、シモネッタです。


― ゴリラの陰茎は三センチほどしかなく、大柄な見かけに反して類人猿の中で最小だそうですが、今日は不思議な冒険者のお話です。


― 山道の中で突如として全裸で現れ私達を救ってくださって、名も名乗らずに消えてしまった冒険者様。彼はいったい何者なのでしょうか。


― ハッテンマイヤーの捜索の甲斐もあって、ようやくその『花のつぼみの君』と出会うことが出来たようです。



――――――――――――――――



 突如として現れてハッテンマイヤー女史を人質に取った野盗の男。その男は頭部が上半身にめり込み、ホビットのような身長になって地に伏した。


「きょ……巨人?」


 それとは対照的に優に二メートルを超える巨大なお嬢様がルカの目の前に現れた。


「初めまして、マルセド王国の王女、シモネッタと申します。ハッテンマイヤー、お怪我はありませんか?」


「ええ、大丈夫です。ありがとうございました。それよりシモネッタ様、例の『花のつぼみの君』をお連れ致しました」


「まあ!」


「マルセド……マルセド巨人王国か」


 ルカの目の前に現れた女性。縦ロールの美しい金髪に優しそうなおっとりした表情、フリルのたくさんついた若干少女趣味のドレスはまるで貴族の少女が所有する人形のようであるが、とにかくデカい。


 身長は二三三センチメートル、体重二〇〇キロ以上。腕も足も丸太の如く頑健で、つい先ほど野盗の男を杭を打つがごとく鉄槌拳にて打ち斃した。


「ぜひお会いしたかったですわ。いつぞやは、本当にありがとうございました。おかげで命を散らさずに済みました」


 そう言って前に出て深くお辞儀をする。


 お辞儀の風圧で吹き飛ばされそうになるのを堪えながらルカは少しずつ冷静になっていった。


(命を散らさずに済んだ……って、むしろ助ける必要あったか? 僕がいなくても一人で野盗どもを全員蹴散らせたんじゃないのか? 改めて見ると、デカい……本当にデカい)


 シモネッタはお辞儀から戻り、姿勢を正して直立している。目の前に立たれると本当に視界に収まりきらないほどにデカい。


(おっぱいがデカすぎて顔が見えない)


 ルカのすぐ目の前に立つシモネッタ。その体に似合って胸部も異様なほどに大きく、近くに立たれると死角になって顔が見えないほどの大きさである。


「立ち話もなんですし、お店の中に入りましょう。個室を取ってあります」


「は……はい」


 何もかもがデカい。その迫力に気おされて、ルカは何の抵抗もなく、先ほどまで懸念していたすべてのことを忘れて店へと入っていった。


「あっ、お店に入っちゃう……」


 そして一部始終を馬車から離れて観察していた少女が一人。ルカの幼馴染、メレニーである。


「それにしても……マルセド巨人王国の姫? 何でそんなのとルカが知り合いなんだ? くそっ、結局あいつもおっぱいが大きい方がいいのかよ!」


 そういう問題ではないとは思うのだが、どうやらギルドを出てから彼女はずっと後をつけていたようである。やはり、幼馴染のことが心配なのだ。



――――――――――――――――



 みしり、椅子が悲鳴を上げる。


 やはり、デカい。


 椅子に座っていてさえ、ルカと同じくらいの高さがある。まさに人間山脈。乳も尻も、果たしてこれがメレニーと同じ人間なのかというほどにサイズ感が違う。もちろん種族は違うのだが。


 ルカも噂には聞いていた。人間よりもはるかに巨大な巨人族ティターンの住まう国、マルセド巨人王国。しかし、実際に出会うのは初めてである。成人した巨人族は身の丈三メートルを越えるのが常であるということなので、シモネッタ姫はかなり小柄な方である。それでもルカとは七十センチほど、メレニーとは一メートル近くの身長差があるが。


「いろいろと聞きたいことはあるんですが……」


 ハッテンマイヤーに椅子を引かれてルカは着席する。彼女も女性としては高身長ではあるが、どうやら人間族のようだ。なぜ人間の彼女が巨人族の姫の教育係をしているのか。


 そもそもなぜ巨人族の姫がこのワルプシュール王国にいるのか。しかも衛兵もつけずに御者と教育係とだけでこんな治安の悪い街に来たのか。疑問は尽きない。しかし、彼の喫緊の課題は一つだけである。


「私はあなたたちのことなんか知りません。『花のつぼみの君』だか何だか知りませんが、人違いでは?」


 こいつらに関わってはいけない。それがルカの出した結論であった。


 絶対に嫌な予感しかしない。面倒事の匂いがぷんぷんする。そんなことより彼は今、ダンジョンの攻略に集中したいのだ。そもそも冒険者ギルドに『来たれ粗チン』なんて依頼を出す時点で普通ではない。ここから一発逆転の明るい未来にたどり着くビジョンが見えないのだ。


「あら、まだシラを切る気ですか?」


 ハッテンマイヤー女史はもはやルカが『花のつぼみの君』であることに疑いの余地はない、と思っているようだ。確かに服を着てはいるが、背格好は同じである。同じというか、同一人物なのだが。


「ハッテンマイヤーが言うのなら間違いありませんわ。あなたが私達を助けてくれた『花のつぼみの君』に間違いありませんわ。どうか、私達の素直な感謝の気持ちを受け取ってほしいものです」


「むぅ……」


 唸るルカ。


 やはり害意はなく、本当に感謝の気持ちを伝えたいだけなのだろうか。まさかとは思うがその『花のつぼみの君』だと認めたとたん「この無礼者め」などといって打ち殺されたりはしないだろうか。


 だが、シモネッタの朗らかな笑みを見ていると、とてもそんな二心があるようには思えない。最悪の場合は『花のつぼみの君』であることを認めてしまってもいいのではないか。ルカは少しそう思い始めた。


「えっと、そもそも、その『花のつぼみの君』っていうのはなんなんですか? 確かに私は冒険者としてはまだ駆け出しで、年も若いのですが、『花のつぼみ』と形容されるほどではないかと……」


 巨人族から見れば子供に見えるということだろうか。それとも何か他に深い理由でもあるのか。返答如何によっては名乗り出ることもやぶさかではないとルカは考える。


「あの時見たおちん〇んが、花のつぼみのように愛らしかったからですわ。我ながら風流な名づけだと思ってますの」


 絶対に名乗り出ない。そう決意した。

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