第28話 姫
「あの馬車よ。どうぞ、ルカさん」
ハッテンマイヤー女史が冒険者ギルドの建屋の前に待たせていたのは、以前ルカが見た大きな馬車であった。細かい装飾も施されており、あまり柄の良いとはいえない冒険者ギルドの風土にはいささか合わないようにも感じられる。
馬車には紋章のようなものが装飾されており、調べれば「さる貴人」が何者なのかもわかりそうであるが、残念ながら紋章官ではないルカには分からない。
「あら、申し訳ないけど用事があるのはルカさんだけなの。あなたは彼の保護者じゃないわよね?」
「はぁ!? あたしは、その、あの同じ冒険者のパーティーだし、あの、幼馴染だから……!!」
「そのパーティーも解散寸前なんでしょう? 知ってるわよ」
さらに言うなら幼馴染だからなんだというのか。結局メレニーはにべもなくその場に置き去りにされ、ルカだけが馬車に乗せられた。
中に入ってみてもやはり作りが豪華である。何より馬車の天井が不必要に高い。村で荷馬車くらいにしか乗ったことのないルカはそれだけで緊張した。まだ走り出してもいないのに全く落ち着くことが出来ない。
そうやってキョロキョロと馬車の中を見ていると、小さな小窓がついていて、外を除くことが出来ることに気づいた。
(この小窓……やっぱりあの時、外を覗いてたんだろうなあ……)
気になるのはやはりそこである。「さる貴人」はやはりあの時馬車の中からルカを見ていたのだろうか。
「あら、気になるかしら?」
「な、なにが?」
「もうあの子もいないし、誤魔化さなくって結構よ。あなたが、この間助けてくれた『花のつぼみの君』なんでしょう?」
「は、はなのつぼみのきみ?」
とぼけたかった、のもあるが、純粋にルカは『花のつぼみの君』という存在が分からなかった。そんな名乗りをした覚えは無かったし、なぜあの格好が『花のつぼみ』になるのかが分からない。
やがてゴトゴトと馬車が走り出したが、いずれにしろルカは「あの件」に関しては知らぬ存ぜぬを通すつもりであった。物証など何一つないはず。
それよりなにより、やはり彼女らが何の目的で自分を探しているのか、それが分からなかった。ただ礼を言いたいだけならいいのだが、もし貴人に対して恥部を見せつけたことについて咎められるのならばたまらない。
馬車には紋章も入っていた。おそらく「さる貴人」とは「豪商」程度の人間ではないだろう。貴族か、下手すれば王族か。いずれにしろもし事を荒立てる気はなく、霊が言いたいだけなら頼むから「ほっといてくれ」と言いたいところである。察してくれ。あんな格好を見せつけたのは偶然であり、本意ではないのだ。
「まあ、どんなお話があるかは『姫』にあってもらえれば分かるでしょう。そうお時間は取らせませんわ」
ハッテンマイヤー女史はもはやルカがあの時助けにはいった人物であると疑いがないようだ。それに「姫」と言った。これが単に「令嬢」を現すだけの言葉ならばよいのだが、「さる貴人」が王族の可能性が高まってきた。下手すればこのワルプシュール王国にいられなくなるかもしれない。ルカは馬車に乗ったことを後悔し始めた。
「あの、ですね……その、ハッテンマイヤーさんは何か勘違いしてると思うんですよ。僕は、その助けにはいった人物では……」
「隠さなくってもいいんですよ。最悪裸にひん剥いてしまえば分かることですし。それに安心なさってください。裸で現れた無礼を咎めるつもりはありません。殿下は感謝の言葉を伝えたいのだと思います」
だんだんと人物像が確定してくる。「殿下」といえばもはや王族であることは疑いない。ルカはこの国で「殿下」の尊称を受ける女性をいろいろと思い浮かべるが王族のことにあまり詳しくはなかったし、何よりこれ以上どうあがいても無駄なのだ。
しかし咎める気がないとしてもいずれにしろ全裸マンの正体が自分だとは知られたくない。本当に「ほっといてくれ」である。
「さあ、ついたようですね」
馬車が止まる。
しかし何かがおかしい。馬車はゆるゆると移動していたはずなのにつくのが早すぎる。もし王宮で待っているのなら王都に行くはず。まさか、このベネルトンまで出張ってきているのか?
「さあ、殿下はこのカフェでお待ちです。お降りください」
「?」
女史の言葉の通り、ついたのはカフェ。ベネルトンの町は発展しているものの、少々治安が悪い。特に中心部の繁華街は。
ルカが連れてこられたのは郊外の閑静な区画にある落ち着いたカフェであった。豪商が商談に使ったり、貴族をもてなす時に使う高級店。もちろんルカは外から見たことがあるだけで、入ったことはない。
王族がカフェに? なぜ? ルカの頭の中を疑問符が駆け巡る。この町に拠点を持っていなかったとしても、ツテのある貴族や豪商に部屋を借りるなど方法はいくらでもあるはず。それがなぜカフェなのか。
もしかするとこのベネルトンにそんなツテのない王族なのか?
馬車を下りたルカは振り返る。よくよく見てみれば馬車についている紋章もこの国の国章とは全く違う意匠。もしかすると他国の王族なのか。
(まさか僕のちん〇んが国際問題に……?)
ゾッとした。ただでさえ面倒な事態になったと思っていたが、これが他国の王族ともなればさらに面倒なことになるのは請け合い。
「キャアッ」
短く悲鳴が聞こえる。ハッテンマイヤー女史のものだ。馬車を注視していたルカが振り向くとガラの悪い男が女史を羽交い絞めにして首元に剣を突き立てていた。
「動くな!!」
動けるはずもない。唐突な暴力の襲来。切った張ったの世界で生きているルカではあるが、正直そこまで胆の据わった男ではないのだ。
(それにしてもこの馬車、こんな豪華なつくりなのになんで護衛の一人もいないんだ。もしかして、この間全員死んじゃったからか? だとしても普通補充の要員くらいつけるだろ)
「おい女! シモネッタはどこにいる? この近くにいるのは分かってんだぞ。あの後ずっと身の回りを嗅ぎまわってたんだからな!!」
「あら? なぜ姫の名を……?」
「う、うるせぇ!!」
シモネッタという名前には聞き覚えはないがどうやら女史とこの男は知り合いのようだ。いったいなにが……と考えた時、ルカはこの男の顔に見覚えがあるのを思い出した。
「あっ、お前、この間の!!」
ハッとした。ハッテンマイヤーに剣を突き立てているのはまさしくルカが山中で倒した悪党の一人であったのだ。
「あぁん? 俺はおめえなんか知らねえぞ」
「あ、そうだった」
うっかりしていた。この間は顔を隠していたのだ。ここで初めて見た、ということにしなければつじつまが合わない。
しかしハッテンマイヤーはこの反応を見てニヤァッと笑った。意外と余裕がありそうだ。
「あら、姫なら後ろのカフェの中でお待ちですわ。この間の謝罪がしたいのかしら?」
いったいこの余裕は何なのか。ハッテンマイヤーはカフェを指さす。もしかして野盗の注意をそらして、その隙に自分にどうにかしろということなのか? そう考えてルカがリュートの柄を強く握った時だった。二人の後ろに巨大な人影が現れたことに気づいた。
「えい!」
その刹那、可愛らしい掛け声とともに野盗の男の頭部が首を押しつぶして胴体にめり込んだのだ。
「きょ……巨人?」
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