第27話 せむし男のダンジョン

「聞いたか? ダンジョンの話」


「ああ。『せむし男のダンジョン』だろ?」


 アレから十日余りの時が過ぎ去った。ルカたちがダンジョンの第五層を攻略して新たな道が開けてからである。未だに冒険者たちの間ではその話題で持ちきりであった。


 基本的にダンジョン攻略はリスクが大きいためあまり人気のない仕事ではあるものの、しかし未踏破のダンジョンともなれば話は違ってくる。


 それは未発見の財宝が眠っている可能性が高いからでもあるが、もう一つ、ダンジョン攻略において決定的な発見をした人間にはギルドから懸賞金が支払われるからでもある。


今回の新通路の発見、秘匿してその先の財宝を独り占めにするか、ギルドに報告するかは考えどころであったが、ヴェルニー達はギルドに報告する選択をし、そして本パーティーの壊滅してしまって食い扶持を失ったルカにその懸賞金を全額譲渡していた。

 もちろん、実際に新通路を発見したのがルカだったこともあるが。


「ワンダーランドマジックショウも攻略に失敗したとよ」


「マジかよ。あそこ吟遊詩人バードがいたはずだろ?」


 しかし今回の『せむし男のダンジョン』に至ってはそれとは少し違う盛り上がり方をしていた。


「しッかしマジックショウの連中も失敗かぁ……こりゃあいよいよ、俺の出番かもねぇ」


「バッカ、お前じゃ無理だっつぅの。ギャハハハ」


 誰もが、現実的な問題として「自分にお鉢が回ってくるかも」と思っていたのだ。そう思わせられる理由がダンジョンのギミックにあったのだ。


「みんな、盛り上がってんね。あんたが見つけたダンジョンでさ」


「僕一人じゃないよ」


 ルカとメレニー。この二人は盛り上がり、大笑いしている冒険者たちをしり目に、ひたすら依頼掲示板と睨めっこをしている。もちろん、何かいい仕事がないか、だ。懸賞金はもらったものの、いずれは資金が底をつく。何か食い扶持を探さなければ。


「失われた笑顔を取り戻す、か……変なダンジョンもあったもんだね」


 とはいえ、二人でできることなどたかが知れている。今のオニカマスはこの二人しかいないのだ。長らく名前が無かったものの、今回のルカの探索にちなんだ名前の付けられた『せむし男のダンジョン』だって、この二人ではまず第五階層まで下りることが出来ない。挑戦権すらないのである。


「いっそのこと、こないだのハッテンマイヤーさんの依頼受けたら? 小さい子供の頃にしか見たことないけど、ルカって、けっこう……」

「はあぁ!? めちゃくちゃデカいっちゅーねん! ギルドから正式に討伐依頼が出るくらいでかいっちゅーねん!!」


 何か分からないが、メレニーの一言がルカの琴線に触れたようである。どこの国か分からない訛りでルカが切れ倒す。そんなとき、ルカの言葉よりもさらに強い怒気でもってがなり散らす声が聞こえた。


「ダンジョンには行かねえっつってんだろォ!!」


 張り裂けんばかりの大声とともに、軽食スペースの丸テーブルが粉々に砕け散った。


「グラットニィ……ギルドの備品を」

「いいかヴェルニー!!」


 ゲンネストの副リーダー、グラットニィがヴェルニーの襟首を締め上げて威嚇する。備品を壊され、本来なら注意するべきギルド職員のアンナもあまりの剣幕に近づくことすらできない。


「てめえが『せむし男のダンジョン』に行ってたってだけで俺は切れそうなんだよォ! だがな! そこまで束縛する気はねぇ!!」


 以前からたびたび衝突していた二人。グラットニィは部活動でダンジョンに潜っているヴェルニーの行為が許せないのだ。もう少しでワルプシュール王国に食客として招かれるかどうかというところで、余計なことをしてほしくないのだろう。


「ダンジョンでの仕事なんざ騎士に求められる能力じゃねえ。むしろマイナスにしかなんねぇんだよ!」


「グラットニィ……」


ヴェルニーは彼の手首を掴む。しかしその相貌に困惑の色を浮かべてはいない。穏やかな彼にとて譲れぬ地はあるのだ。ドワーフの如き怪力でグラットニィの腕を締め上げる。


「ゲンネストはもう、僕がいなくても十分にSランクの実力がある。それこそ君がいれば、彼らだってまとめ上げられるはずだ」


 きりきりと締め付けられるように雰囲気が緊張する。見えるはずのない空気が爆ぜそうなほどにだ。


「ゲンネストはおめえがいてこそのゲンネストだ。おめえが抜けるんなら俺も抜けるぜ。解散だ」

「ホモの気配を感じたわ」


 いつからいたのか。そこに突如として黒ずくめの中年女性が現れたのだ。だれもが身がすくんで動けなかった空間に。素人だからこそ入り込めたのか。


「事情は存じ上げませんが」


 どうやら不穏な空気を感じて、彼女なりに仲裁に入ろうと考えたのか。何とも胆の据わった女史である。


「グラットニィさんと言ったかしら? ヴェルニーさんのことをそれほどに愛しているのならば、この手はそんなふうに使うものじゃないわ」


 そう言ってハッテンマイヤーはヴェルニーの襟首をつかんでいたグラットニィの右手を外す。同時にヴェルニーの右手も。二人の手は毒気を抜かれたのか、蜘蛛の巣のようにふわりと力が抜けて外れた。


 そしてその手を重ね合わせる。


「冷静に話し合いましょう。ケンカは良くないわ」


 そう言って背を見せる。少し遅れて、歓声と拍手が巻き起こった。だれもが足がすくんで動けなかったこの緊張感を、冒険者でもない彼女が収めたのだ。


「すまなかった、グラットニィ」

「ちっ、俺もだ。後で全員で話すぜ」


 当然その騒ぎはルカたちも見ていたが、彼女が一直線に彼の方によって来るのを見て少し嫌な顔をした。


「尊い……尊いわね。冒険者ギルドって。こう、なんていうの? やっぱり切った張ったの男の世界だからかしら。男同士の友情……そこから芽生える恋心」


「それもしかして僕に話しかけてます?」


「ルカ君!!」


 突如として膝から崩れ落ち、ルカに縋りついた。一週間ほど前に受付に来た時に少し話しただけなのに、ヘンなのに懐かれてしまったようだ。


「助けて、応募者が全然来ないの!」


 当たり前である。


 『来たれ粗チン』などと言われて応募したら「私は粗チンです」などと言っているようなものである。誰が行くか。


「もうちょっと表現を工夫した方がいいんじゃないですか。正直あの内容じゃ何を求めてるのかさっぱりわかりませんし。集まったら何されるのかも……シンプルでインパクトは強く。それでいて中身が想像できるような分かりやすさ。それに流行も取り入れたようなキャッチーさも必要かと」


 まるでなろう小説のタイトルを考えてくれるような的確なアドバイス。ハッテンマイヤー女史はこれだ! と感じた。


「ルカ君、もう少しアドバイスを……心付けもつけるから。外に馬車を待たせてあるんで、ぜひお話を聞かせて」

「ちょ、ちょっと! ルカをどこに連れてく気だよ!」


 なぜかハッテンマイヤーとメレニーの間で綱引き状態になってしまったが、その時、女史はあることに気づいた。


「あら、あなたリュートなんて持ってるのね。この間は持っていなかったわよね?」

「この間はなんか知らんけど壊れてたんだってさ。今日やっと新しいのを買えたんだよ。あんたに関係ないだろ!」


 ルカの代わりに応えたのはメレニーであった。言う必要のないことを。ルカの額には汗が浮かび、女史の顔には笑みが浮かぶ。


「あら」

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