第26話 関係ない話

「結婚して!!」


 唐突すぎる愛の告白。メレニーは追い込まれたさなか、一発逆転の策として突如としてルカに求婚した。ギルドにいた冒険者のうち何人かはこの言葉が耳に入ったようで、興味深そうにルカとメレニーを見ている。


「どうしても冒険者を続けたいんなら、『オニカマス』の解散は一旦保留にすることも考えるけど」


「あれ?」


 しかし、ここで悲劇が起きた。


 あまりにも脈絡のなさすぎる愛の告白。前後の繋がりが分からず、ルカは「聞き間違いだろう」と考えてスルーすることにしたのだ。こちらに注目していた冒険者たちも「なんだ聞き間違いか」と考えて視線を戻す。


(え……あたし、今、フられた?)


 しかし状況が理解できていないのはメレニーも同じであった。


(いや、常識的に考えておかしい)


 彼女は、自分の告白のタイミングがおかしかったことに気づいたのだろうか。


(こんな美少女の愛の告白をそんなスルーの仕方しないでしょ)


 いな!!


(たしかに胸は少し小さいけど、こんなセクシーバディな美少女のプロポーズよ? 普通の男なら飛びつくはず! まあ、あたしのルカは普通じゃないくらいカッコイイんだけどさ!)


 ポジティブシンキン! 彼女は当然その答えに別の理由を求めた。


(だとすれば、聞こえなかったか……たしかにギルドの中、うるさいもんね。どうする……もう一度言うか? でも、もしそれで断られたら? 本当に聞こえてて、それでスルーしたなら? あたしは短時間のうちに同じ内容で二度フられた女になる)


 婚約拒否最短RTAリアルタイムアタックである。恐怖! 一分間の間に二度フられる女。さすがにそれは彼女のプライドが許さない。


「もし、あなたたち」


 深く考え込んでいると、黒いロングスカートの中年女性が話しかけてきた。荒くれ者の集う冒険者ギルドには似つかわしくない上品な装いである。


「むあっ!?」


 その顔を見てルカは驚愕した。無理もない、先日ベネルトンの町東のダンジョンの近くで助けた馬車の女性だった。


「?」


 女性は怪訝な顔つきでルカを見る。そうだ。あの時のルカはマフラーで覆面をしていた。女性はルカの顔を知らないのだ。顔以外は全部知っているが。


「いや、なんでしょう?」


 顔を見られてはいないはず。そう思いいたってルカは平静を装う。どうやら彼女もルカに声をかけたのは偶然のようだ。


「今、ホモの気配を感じたのですが。男同士で求婚されましたか?」


 どんなセンサーが働いたのか。


「あたしは女だ!!」


「それ以前に求婚なんてしてませんよ」


 この応答。メレニーの瞳の奥に希望の炎が宿った。やはり、聞こえていなかったのだ。今、再度。場所はここで。やるべきだ。畳みかける。前のめりになるメレニーであったが、言葉を継いだのはルカであった。


「そもそも冒険者ギルド内で求婚なんてするわけないでしょ。こんな臭くて汚いところで求婚なんてする奴がいたら、感性を疑いますよ。どっかイカれてると思いますよ」


「ダヨネー」


 日和ひよった。


 それはさておき。


 この女性はいったいどうしたというのか。ルカの正体を見抜いたわけではなさそうだが、だとすればいったい何の目的で? この間の馬車の様子から見れば貴人の付き人であったはず。付き人とはいえそんな高貴な身分の人間の来る場所ではない。


「僕はここに登録してる冒険者のルカといいます。どうかなされたんですか?」


 元来世話焼きな性格のルカ。自然に声をかけたが、正直なところ彼女の目的も知りたかった。


「私はさる貴人の教育係のハッテンマイヤーといいます」


 『さる貴人』とは結局何だったのか。あの時に注意深く観察していればどこかの貴族か、王族の紋章などから何者であったか確認がとれたかもしれないが、その時のルカにはそこまでの余裕はなかった。


「実は、冒険者ギルドに仕事の依頼をしたいのですが」


「ああ、そういうことなら……おおい、アンナさん」


 なるべく普段の通りに振舞っているルカではあるが、内心気が気ではない。何しろ彼女らを助けたのがつい先日のこと。まさかとは思うが、彼女の依頼が尋ね人であったならば。それはもしかしたら自分を探しているのかもしれない。


 もしそうだったとして、それが感謝を言うためなのか、もしくは貴人に不浄なものを見せたということで無礼打ちにするのかで話は全く違っては来るものの、いずれにしても自分は絶対に知られたくない。


「実はですね、依頼書のフォーマットは事前に調べたので書いてきたのですが……」


 ハッテンマイヤー女史は何やら紙に書いたものを見せてアンナと話し始める。一応ルカの話としては終わったのだが、気になる。どうしても依頼書を見てみたい。どんな内容なのか。


「えっと……ッスねぇ」


 いつも明るいアンナが難しい表情を浮かべている。そんなに面倒な内容なのか。ルカは二人の後ろから覗き込んでみた。


『来たれ粗チン』


「こういう、ちょっと公序良俗に反する内容は困るんスよねぇ……」


 なるほど、これは自分を探しているのではないな。ルカは確信した。なぜなら自分は粗チンではないからだ。これは自分とは関係ない依頼だ。よかったよかった。


「事前に調べて、人探しも請け負ってくれると聞きましたが」


「いや、粗チンはないッスよねぇ」


「なぜです? 身体的特徴を記したにすぎませんが?」


「いや、ていうか粗チンを集めてどうするつもりなんスか。粗チンをたくさん集めても一本の立派なちん〇んと交換してもらえたりはしないッスよ」


「実を言うとですね。つい先日、ここから東のダンジョンの近くの山道で粗チンの方に助けられたのです」


 関係ない。これは自分には関係ない。ルカは自分に言い聞かせる。


「粗チンの方って……他になんか特徴なかったんスか。どんな顔してたんスか」


「それが残念ながら顔をマフラーで隠しており、名前も教えていただけなかったので、分からないのです」


「なんで名前も顔も分からないのにちん〇んだけ分かるんスか……」


「顔は隠していましたが、全裸でしたので」


(なるほど、すごい偶然もあるものだ。どうやら彼女は僕に助けられた後、すぐ近くで別の全裸マフラー男に助けられたようだ。僕とは別の全裸マフラーに。なぜなら僕は粗チンじゃないからな)


「顔も名前も分かりませんが、きっとあの粗チンを見ればわかります。だからこの国中の粗チンを集めて人探しをしたいのです」


(大変だなあ。僕には関係ない話だけど)


「ちょっとなかなか見ないレベルの、思わず笑っちゃうような粗チンだったので、見れば必ず分かります。集まってくれた方にはたとえその本人でなかったとしても依頼料はお支払いします。どうか、どうか依頼を受けてください」


(僕には全然関係ない話だけど、頑張れハッテンマイヤーさん)

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