第25話 お月様以外はな

「分かったッス。じゃあ、ガルノッソさんとベインドットさんは行方不明ってことで……『オニカマス』はどうするッスか? 活動休止ッスかね?」


 ギルドの受付嬢のアンナは冒険者の事務関係全般の受付業務を担当している。一人が死亡、そして二人が行方不明となったオニカマスの報告は深刻なものであったのに、あくまでもいつもの明るい対応にルカはほんの少しだけ助けられた気がした。


「いや……解散しようかと」


「一応リーダーはガルノッソさんッスから規定通り半年間音沙汰がなかったら死亡扱いで解散扱になるッスね。ご愁傷様ッス」


 ルカはふぅ、と小さくため息を吐く。これで一通りの事務処理は終わった。


「まさか『オニカマス』の最後がこんな形になるなんて、ね……」


 ルカの言葉に、メレニーはどんな顔で、どんな言葉を返せばいいのか見当もつかなかった。自分がこの惨劇のトリガーを引いてしまった人間の内の一人であるという自覚はある。


「そんな顔をしないで、メレニー。全ては、僕の実力不足が招いた結果だ」


「そっかぁ。じゃ良かった」


「ちょっとは申し訳なさそうにして」


「いやあ、元々冒険者になって外の世界を見てみたいって言い出したのルカだったから、こんな形で夢を壊しちゃって申し訳ないなあとは思ってたんだよね。まあでもルカの自業自得なら仕方ないか」


「死体蹴りやめて」


 慰めるような事を言うべきではなかったか。ルカは速攻で後悔し始めた。


「まあ正直ルカには冒険者は向いてないってずっと思ってんだよ。だからガルノッソの提案に乗ったとこもあったしね」


 メレニーの言葉に、ルカはどんな顔で、どんな言葉を返せばいいのか見当もつかなかった。てめえがこの惨劇のトリガーを引いてしまった人間の内の一人であるという自覚を持て。


「まあ、ルカの冒険もここまでってことになるんだよな。村に帰ってそろそろ身を固める時が来たんだな」


「いやいやちょっと待って」


「しょうがないなあ!! 幼馴染のこのあたしが、これからはあんたの面倒を見てやるとするか! まったくもう、ホントにルカは手がかかるんだから! まったく! ホントにまったく!」


「いやいやいや待て待てって。ちょっと待って。冒険者はやめないから」


 なぜか顔を真っ赤にしながら訳の分からないことを言い出すメレニーをルカは制止する。正直に言おう。彼にとっては「これから」が冒険者としての本番なのだ。ここはスタート地点なのだ。


「む。そこなんだけど」


 腰に手を当てて怪訝な瞳でメレニーはルカを見つめる。


「あんたを陥れようとしたあたしを助けてくれたのは嬉しいんだけどさ。なんであたしを町まで運んでくれたのがよりによってあのヴェルニーさんなの?」


 端的に言えば、全裸だったからである。


「あのヴェルニーさんとあんたが知り合いってどゆこと? しかも今日ギルドに流れてる噂だと、あんたがヴェルニーさん達のパーティーの一員になってダンジョンの謎を解いたって話じゃない。全然意味が分かんないんだけど」


 正直、あまり細かいところを話せる内容ではない。特に全裸パーティーの件については。


「その……ダンジョン内で偶然出会って助けてもらって。いろいろあって部活動としてパーティーを組むことになったんだよ」


「はぁ!?」


 大きな声で驚くメレニー。思わずルカは耳を押さえた。


「うそ!? あんたがヴェルニーさん達と? 分不相応だよ!」


 ある程度予想していたリアクションではあったが、ルカはいら立ちを押さえられなかった。


「ゲンネストはこの町で唯一のSランクなんだよ? スケロクさんの黒鴉クロガラスも、グローリエンのワンダーランドマジックショウも、Sランク間近だって言われてるトップランクパーティーなのに、Cランクですら足引っ張ってたあんたがついていけるワケないじゃないの!」


 そう。ついていけていない、と判断されたのだ。メレニーにも。


「悪かったな。追い出そうとするほど役立たずで。もうオニカマスは無くなったんだ。僕に構う事もないだろ」


「ちょ、ちょっと待って。それは謝るって。でもね、聞いて、ルカ。あたしはあんたが大怪我したり、死んだりする前に穏便にやめてもらおうと……」


「だから! もうオニカマスは無くなったんだからどうでもいいだろ!」


「ルカ……」


 縋るような視線を投げかけてくるメレニーであったが、それよりは今のルカには怒りの感情の方が勝った。確かにオニカマスでは厄介者扱いされていたが、ヴェルニー達は自分の実力を認めてくれた。ダンジョンの謎を解いたのも自分なのだ。その自負が彼を頑なにさせた。


「お願い、もう危険なことはやめて、あたしと村に帰ろうよ……」


「僕は『ナチュラルズ』の一員になったんだ。もうメレニーは関係ないだろ」


 メレニーとしては冒険者としての生活にもう限界を感じていたのだろう。叶う事なら、もうこんな生活はやめて、彼と共に故郷に帰りたい、と。


 だがルカには、そんな彼女の乙女心など分からなかった。それだけではない。自分をガルノッソ達と一緒に始末しようとした明確な『敵』でもあったのだ。許す心はあったものの、それも彼女の心ない言葉によって霧散してしまったようだ。


「村には一人で帰って。僕にはまだ、やることがある」


「まさか部活動の冒険者を続けるつもりなの? そんなのいつ仕事にありつけるかすら分からないんだよ!」


 元々冒険者の生活は不安定なものであるが、部活動ともなればヴェルニー達の手が空いた時の片手間の仕事になってしまうし、本パーティーに比べて数々の制約もある。それ一本で食っていこうというのはあまりにも無謀である。


「あいつらは軽い気持ちで言ってるだけだよ! 所詮は他人事なんだから! そんなの真に受けてその気になったら損するのはあんただよ!」


「ヴェルニーさん達を悪く言うな! 何も知らないくせに!」


「あんたがあいつらの何を知ってるっていうのさ!!」


 アナルの皺の数まで詳細に知っているが。


 しかしそんな些末な事を言っているわけではない。実際、ヴェルニー達のことなど知っている事よりも知らないことの方が多いだろう。


 だがそれだけではないのだ。ルカにとっては「これから」なのだ。冒険者としての第一歩を、ようやく踏み出せたのだ。


「メレニー、村へは一人で帰ってくれ」

「結婚して!!」


 人は、追い込まれると「一発逆転」を狙う傾向がある。


 何が何でもルカと一緒に村へ帰りたかったメレニー。彼の幼いころからの夢である冒険者にはなれたのだ。夢破れ、田舎へ帰る。別に珍しい話ではない。一緒に村へ帰れば、日常が待っている。畑を耕し、羊を追い、たまに一緒に酒でも飲んで「あの頃は楽しかった」などと冒険者をやっていたころの昔話をする。そんな中で「実はあたし、あんたと一緒にいたかったから一緒に村を出たのよ」などと不意に漏らしたりする。「えっ、初耳だ」「もう、鈍感なんだから」「メレニー、僕は今でも君のことを」「いけないわルカ、人に見られたら」「誰も見ていないさ。お月様以外はな」などと妄想していたメレニーであったが、途中全部すっ飛ばして結論だけ言った。


 売り言葉に買い言葉の応酬でどんどん事態がよくない方向に向かっていく中、突如として一発逆転の策に出たのだ。

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