第34話:森の中での戦い
森を歩く途中、ふとラフィナの背中に背負った短槍が目に入った。
あの槍は、初めての討伐依頼の準備中に、色々と試した結果、これが彼女に合うだろうと僕が作ったものだ。見た目はごくシンプルで、槍の先端は軽く磨かれた鋼。柄には彼女が扱いやすいよう、細身で軽い材質を選んでいる。
魔力を事前に込めておいて、緊急時には小さな結界を発動する機能を持たせてある。それ以外は飾りも特別な装飾もない、ただ丈夫で信頼できる槍だ。
「そういえばその槍、使い心地はどう?」
僕が声をかけると、ラフィナは振り返りながら、少し得意そうに笑った。
「すごく使いやすいよ!リオお兄ちゃんが作ってくれたから、安心して使える!」
その笑顔に、僕は自然と頷いていた。彼女の戦闘を支えるための道具――それがちゃんと彼女の力になっているのなら、それ以上に嬉しいことはない。
そして、ふと自分の腰に下げた剣に目をやった。エトワールは今は指輪の形で静かに眠っているが、あれを普段使いにするわけにはいかない。あまりに目立ちすぎるし、必要以上に力を見せびらかすつもりもないからだ。
僕は腰の長剣を軽く触る。適度に質の良い鋼で作成したシンプルな剣だ。重さもバランスも申し分なく、扱いやすい。普段使いにはこれで十分だと思える一振りだ。
村人たちから聞いた情報によると、フェルナークは森の東側、川沿い近くに現れることが多いらしい。積極的に生物を襲うことはあまりない魔物だが、発情期に入ると気が荒くなり、攻撃性が増すようだ。フェルナークが村の近辺まで現れることは珍しいが、村人たちの安全を脅かしているのは確かなようだった。
森の中は静かで、葉が風に揺れる音だけが耳に届く。僕は足元に注意しながら、草むらや土の上を慎重に確認していく。途中、ふと目に入ったのは不自然に折れた低木だ。
「ラフィナ、ここを見てごらん」
「折れてる……。フェルナークの仕業?」
「可能性は高いね。大きな体が通ったときに折ったんだろう。進行方向は――こっちかな」
折れた枝と足跡を頼りに、少しずつ進んでいく。土にはうっすらと蹄の痕跡が残っており、それを指さしながらラフィナに教える。
「ほら、この蹄の跡。四足歩行しているようには思えない、深いでしょ?フェルナークだと思う」
「本当だ……!すごい、リオお兄ちゃん、全部分かるんだね」
「訓練と本の知識のおかげかな。でも、油断は禁物だよ」
さらに進んでいくと、川のせせらぎが聞こえ始めた。川沿いは魔物の通り道になりやすい。動物や魔物が水を求めて集まる場所だからだ。
「リオお兄ちゃん、あれ……!」
ラフィナが指さした先には、地面に散らばる血の跡。そして、鈍器で打たれたかのように乱雑に裂けた動物の毛皮。明らかに最近フェルナークがここにいた証拠だ。
「間違いない……すぐ近くにいるかもしれないね」
僕は気配を探るために『星ノ
「……いた。あそこだ」
低く茂った草むらの向こうに、不気味な赤い目が二つ、こちらを睨んでいるのが見えた。その体がゆっくりと立ち上がり、低い唸り声が周囲の空気を震わせる。
「フェルナーク……!」
ラフィナが短剣を握りしめ、身構える。彼女の手がわずかに震えているのを感じ取ったが、それでも後ずさりしない。その姿に、僕は静かに微笑んだ。
「大丈夫、ラフィナ。僕が隣にいるから」
「うん……!」
遠くから、監督役のマリウスが木陰に隠れながら見守っているのが見えた。その視線は鋭く、試験の行方をしっかりと見届けるつもりなのだろう。
「さぁ、行こうか――フェルナーク討伐開始だ」
記憶にある通りの姿だった。人型のシルエットに鹿のような枝角、灰色の毛に覆われた体。獣のように鋭い爪が光を反射し、その細い手足からは尋常じゃない敏捷さが伝わってくる。数は三体。目の奥に微かな光が宿り、幻惑の力を備えていることがわかる。
《星ノ眼》
種族名:フェルナーク
特徴:人型の体躯に鹿の枝角を持つ魔物。幻惑魔法を扱い、俊敏な動きと鋭い爪を武器とする。幻覚で対象の意識を乱し、不意打ちを仕掛ける戦法が得意。複数体で現れることが多い。
僕はエトワールを長剣の形に変え、ラフィナに向き直る。
「ラフィナ、しっかり後ろに注意して。あいつらは速いからね」
「うん、分かった!」
ラフィナは鞘から短槍を取り出し、小柄な体ながらしっかりと構えた。その目には怯えよりも、どこか戦う意思が感じられる。
フェルナークたちは低い唸り声を上げながら、茂みから姿を現す。三体のうち一体が、地面を蹴って僕たちに向かって突進してきた。
「リオお兄ちゃん……!」
「大丈夫。僕が先に仕掛けるよ」
僕は息を整え、魔力を練り上げた。
「まずは……牽制だよ」
詠唱も名前もない簡素な風の刃が放たれ、突進してきた一体の足元に炸裂する。爆発した地面が土煙を巻き上げ、フェルナークが体勢を崩した。
「今だ、ラフィナ!」
「うん!」
僕の呼び掛けに応え、弾かれたかのように飛び出したラフィナは短槍をしっかり握り、相手が動き出す前に肩に一撃を与える。
胸を貫くつもりがズレたようだ、すかさず反撃に転じるフェルナークだが、ラフィナは俊敏な動きで相手の攻撃を回避する。爪が掠めるたびに彼女の髪が揺れるが、恐れる様子はない。
「それっ!」
彼女は相手の隙を見つけ、槍を思い切り突き出す。その一撃が見事に相手の腹部を捉え、フェルナークが悶えるように倒れ込んだ。
「ラフィナ……すごいね」
僕が驚きながら声をかけると、彼女は息を整えながら少し笑ってみせた。
「ちょっとだけ依頼もやったし……これくらいなら」
彼女の言葉に、僕は改めて彼女の逞しさを感じた。幼い見た目とは裏腹に、こうして魔物に立ち向かう姿は、強さと健気さを感じさせる。
「やった……!」
だが油断は禁物だ。残りのフリーの一体が即座に動き出し、僕に向かって駆け寄る。幻惑魔法を発動したのか思考にアクセスしようとする様な力を感じた――フェルナーク特有の戦法だ。
「幻惑だね。でも――」
精神を絡めとることは出来ず、僕の瞳は正確にフェルナークの動きを捉える。
フェルナークが爪を振り上げ、僕に向かって襲いかかる。
――それを避けるように、軽やかに一歩踏み出し、斬撃を放った。
「甘いよ」
エトワールの長剣がフェルナークの喉元を裂き、灰色の毛が舞い散る。攻撃を受けたフェルナークは倒れ、絶命した。
「でも、まだ終わりじゃないよ」
僕は最後に残った一体に向けて剣を構え、静かに踏み込む。
フェルナークは幻惑魔法の出力をさらに強めようとする。しかし――。
「効かないよ」
『星ノ眼』で揺らめく影の中から本物の敵を見つけ出し、一気に踏み込む。そして、滑らかな動きで長剣を振り抜いた。鋭い斬撃がフェルナークの胴体を深く切り裂き、静かに息絶える。
戦闘が終わり、静寂が戻ってきた。ラフィナが短槍を地面に突き立て、ほっと息をつく。
「終わった……」
「よく頑張ったね、ラフィナ。危ないところもなかったし、素晴らしいよ」
僕がそう言うと、彼女は少し照れくさそうに笑った。
「でも、リオお兄ちゃんみたいに華麗にはできないよ……」
「慣れだよ。僕だって最初は全然できなかったんだから」
嘘ではない――僕も最初から今のように戦えたわけではない。少しずつ経験を積み重ねて、今の自分がある。
何はともあれ、ひとまず討伐完了かな?
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2024年12月19日 00:00 毎日 00:00
星々とぶらり無双世界旅行 〜人の心は難しい〜 てんぬ @Hirataaaaaaa___
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