第33話:特別試験

暫く待った後。ギルドの受付に呼ばれた僕たちは、特別試験の詳細を説明してもらう部屋に案内された。中には広いテーブルがあり、その上には依頼書が整然と並べられている。担当の職員が僕たちの前に一つの依頼書を差し出した。


「これが、君たちに課せられる特別試験の内容だ。フェルナークの討伐だよ」


依頼書には、フェルナークと呼ばれる魔物の特徴や出没場所、危険度などが詳細に記載されていた。簡単に目を通すと、フェルナークは中型の魔物で、人型の体に鹿のような枝角を持ち、灰色の毛に覆われているとあった。その鋭い爪と俊敏な動きが脅威で、さらには幻惑系の魔法を扱うと記されている。


「フェルナーク……なんだか見た目が複雑そうだね」


ラフィナが僕の隣で依頼書を覗き込みながら呟く。彼女の顔には少し緊張が浮かんでいるが、その目には覚悟が見えた。


「でも、人型魔物なら前にゴブリンを倒したし、大丈夫そうだよね、リオお兄ちゃん」


「そうだね。フェルナークはゴブリンより危険だけど、今の僕たちなら対応できるはず」


実際、ゴブリン討伐の時には多少の苦戦はあったが、それも僕たちがまだ慣れていなかったからだ。今はラフィナも成長しているし、僕自身もこの試験に臨む準備はできている。


職員が話を続ける。


「フェルナークは最近、近郊の農村を襲い始めていてな。村人たちは恐怖でまともに外に出られない。これが試験としては適任だと判断した」


「分かりました。それで、試験には監督官が付くんですよね?」


僕が確認すると、職員は頷き、後ろを振り返った。そこには一人の冒険者が立っていた。中肉中背の体格に、洗練された革鎧を身につけており、肩には紋章の入ったマントを羽織っている。鋭い目つきが印象的で、腰には長剣を携えている。


「紹介しよう。この試験の監督官を務める、マリウスさんだ。彼は4級冒険者で、フェルナーク討伐の経験もある。何かあれば彼に頼るといい」


「よろしく。試験中は基本的に手を出さないが、万が一の時には助けるつもりだ」


彼は低く穏やかな声で自己紹介した。その落ち着いた物腰から、経験豊富な冒険者であることが伺える。


「僕はリオヴェルス。よろしくお願いします」


「ラフィナです。よろしくお願いします!」


僕たちが自己紹介をすると、マリウスさんは頷きながら微笑んだ。


「二人とも、見たところまだ若いが、随分しっかりしているようだな。特にリオヴェルス君、その装備と雰囲気……ただの新人ではないな?」


「少し森の中で過ごしていたので、少しズレているかもしれません」


僕が微笑んで答えると、彼は少し目を見開いて驚いたようだったが、すぐに納得したように頷いた。


「なるほど、それなら納得だ。ラフィナ君も自分の役割を果たせば問題ないだろう。まずは落ち着いて取り組むことが大事だ」


ラフィナは少し緊張した面持ちで頷いた。


「それでは、依頼地まで向かおうか。移動中に注意事項などを伝える」


マリウスさんが先頭に立ち、僕たちは彼の後に続く形でギルドを後にした。外に出ると、朝の光が街を照らし、少しひんやりとした風が吹いていた。


「リオお兄ちゃん、私、大丈夫かな……」


ラフィナが不安げに尋ねる。僕は彼女の肩に軽く手を置いて、笑顔で答えた。


「大丈夫だよ。ラフィナならできる。それに僕たちにはマリウスさんもいるし、何かあれば一緒に解決しよう」



次の日、朝早くから澄んだ空気の中、僕たちは村への道を進んでいた。隣には昇格試験の監督官、マリウスさんがいる。彼は冒険者としての経験が豊富で、道中の何気ない仕草からもその実力が感じられる。普段は穏やかな表情をしているけど、鋭い目つきには鋭い観察力が宿っている。


ラフィナはいつも通り僕の少し後ろを歩きながら、時折足元に転がる石や道端の草に目を留めている。その手には、昨日僕が作った短剣が握られていた。


「ねぇ、リオお兄ちゃん。フェルナークってどんな戦い方をする魔物だっけ?」


彼女が首をかしげながら問いかける。僕はふと足を止め、図書館やレーヴェで得た知識を思い出しながら答えた。


「鋭い爪による斬撃が最も驚異とされてるね、角を使った突進も破壊力たっぷりで脅威だけど対処は難しくないとされてるね。たまに幻惑系の魔法を覚えている個体もいるけれど、精神を強く保てば抗えるらしいね」


精神を強く保つって抽象的な対応でいいのかと思うけれど、それでどうにかなってるから大丈夫だろうという雰囲気らしい。


ラフィナが「ふむふむ」と真剣に頷いているのを見て、マリウスさんが少し笑った。


「君たち、本当にしっかり準備してきたんだな。普通、試験を受ける新人冒険者なんて、もっと浮ついてたり、自信過剰だったりするもんだが……」


彼は僕たちの様子を見て、腕を組みながら続けた。


「特にリオ、君は落ち着きがあるな。どこかでしっかり鍛えられたのか?」


僕は苦笑いしながら、言葉を選んで答える。


「鍛えられたってわけじゃないですけど……まあ、ちょっとだけ特殊な環境で育ったので、慎重になる癖がついちゃったんです」


その言葉にマリウスさんは納得したように頷き、少しだけ歩調を緩めた。




昼近くになる頃、小さな村の屋根が見えてきた。森に囲まれたこの村は、自然の中に溶け込むように建てられていて、遠くからでもその素朴な雰囲気が伝わってくる。


「ここが、今回の依頼の発端となった村だね」


村の入り口に差し掛かると、待ち構えていた村人が僕たちを迎えてくれた。年配の男性で、顔には深いしわが刻まれている。


「おお、冒険者の方々ですか。来てくださってありがとうございます。早速ですが、こちらへどうぞ」


彼の案内で村の広場に向かいながら、フェルナークが目撃された場所や状況について話を聞く。


「フェルナークは村から北東の森の中で見つかりました。最近、家畜が何頭も襲われてしまい、危険を感じて村人たちが森を調べに行ったんです。その時、目撃したのが……」


村人が少し声を落としながら、言葉を続けた。


「その魔物でした。とても恐ろしい姿で、あまり近づけなかったのですが……数日はその場所に留まっているようです」


マリウスさんが村人の言葉を聞きながら、軽く腕を組む。


「森の北東か……フェルナークは縄張り意識が強いから、一度落ち着いた場所に留まることが多い。ただ、村の近くまで出てくるのは珍しいな」


「魔物がここまで近づくなんて、何か原因があるのかな……?」


僕がそう呟くと、マリウスさんは少し考え込むような顔をしたが、すぐに目線を戻してきた。


「原因を探るのも大事だが、今はまずフェルナークの討伐だ。これ以上被害が出ないよう、手早く動こう」


僕はその言葉に頷き、ラフィナを振り返る。


「ラフィナ、大丈夫?緊張してない?」


「う、うん……大丈夫、リオお兄ちゃんがいるし……」


彼女は小さな声で答えながら、短剣を握る手に力を込めた。その姿にマリウスさんが目を細める。


「君たち、本当に仲がいいんだな。それに、嬢ちゃんも覚悟を決めてる。立派なもんだ」




村人から話を聞き終えると、僕たちは出発前にもう一度装備や道具の確認を行った。食料や水、簡単な薬草も持っているし、短剣や防具の状態も問題ない。


「気を抜かないことが一番大事だ。フェルナークは動きが速いから、隙を見せたらすぐに反撃される」


マリウスさんがそう言いながら、鋭い視線を森の方角に向けた。その眼差しに、僕も自然と背筋が伸びる。


「分かっています。ラフィナも、無理はしないでね。危ないと思ったらすぐに僕の後ろに下がって」


「うん、わかった……」


彼女は少し緊張した面持ちで頷いたが、その目には確かな意志が宿っていた。


僕たちは最後に村人に挨拶をし、北東の森へと歩き出す。


ラフィナの顔を横目で見やりながら、僕は彼女の手に握られた短剣に視線を移した。その小さな手が握る武器が、彼女の成長を象徴しているように思えた。


「行こう、ラフィナ。僕たちなら大丈夫だよ」


彼女が小さく頷き、僕たちは緊張感を保ちながら、森の中へと一歩を踏み出した。



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