最終話 死にたがりの覇王譚

 事の実行より、前準備や後始末の方が手間取るという事は往々にしてある。


 今回のトップ会談がまさにそれだ。会談場所の選定や条件を詰める事もそれなりに手間だったが、取り立てて後始末が大変だった。


 イーオン所領の無人島が更地になった事は問題無い。いや問題無くはないが、会談場所が決戦地になる事は想定内だったので――『問題無いです! 本当です!』とイーオン側も快く許容してくれた。


 後始末で大きな問題になったのは、世界の裏側と言える超越種関連の事だ。


 レッドドラゴンが人間に化けて大国を動かしていた事や、世界的宗教の成り立ちに関わっていた事は慎重に取り扱うべき情報だった。


 軽々に公表してしまうと混乱や反発を招きかねかったし、なにより僕たちでも把握し切れていない危険な情報も――新大陸を浮上させた謎機構の問題も残っていた。


 大規模な魔導装置やそれに類する物が存在しているとなれば、フランドレッド家の領土かグリーンモンキーの縄張りが怪しい。


 下手に禁足地を開放して『このボタンはなにかな?』とポチられて新大陸を沈められては堪らないので、当面は情報を伏せて秘密裏に調査を進める事とした。


 そして大きな問題がもう一つ。情報的な後始末と共に、物質的な後始末――超越種の死体という問題も残されていた。


 ブルーホエールとグリーンモンキーに関しては問題無い。前者のブルーホエールは変身途中の人型で死亡していて魔物素材として使えず、食材としても倫理的にどうかと思ったので焼却処分を選択した。


 後者の畜生猿は素材的にも食材的にも使えなくはなかったが……グリーンモンキーに包まれるかのような衣服類は抵抗があったし、食物摂取にしても『俺ちゃんが細胞に染み込むぅ!』な感じが嫌だった。順当に火魔術で完全滅却処分である。


 そして残ったのがレッドドラゴンの死体。僕と王子君の友情アタックで仕留めて墜落した、見上げるような巨大過ぎる死体だ。


 倫理的な問題はクリアしていたので滅却処分は躊躇われ、近場のイーオンにでも引き渡そうかと少しだけ考えたが……しかし、過去のホワイトホーク素材の有用性を鑑みて断念した。


 超越種素材は有用性が高過ぎて世界の軍事バランスを揺るがしかねない。


 しかも竜の超越種となれば超一級素材。場合によっては『これで世界が奪れる!』と野心家を刺激してしまう恐れもあった。


 そんな訳で……実に二ヶ月もの期間を費やして解体と輸送を行い、竜肉が連日食卓に上るという異常事態を引き起こしつつ、ようやくレッドドラゴンの置き土産問題は解決を見た。


 もちろん、その間にも平和の歩みは止めていない。グリードガーデンとの和平交渉はフランドレッドが阻害していたので、差し当たって超越者を討ち取った事を知らしめなくてはならなかった。


 しかし超越種関連の情報を開示するには時期尚早だったので、やむなく『ベルクス=フランドレッドを処断した』という事実だけを公表した。


 実質的な世界の支配者だったのでまあまあ大騒ぎになったし、物的証拠が無いので事の真偽を疑う声も少なくなかったが……消息不明から二カ月が経過したという事で、否が応でも万人に受け入れられつつあった。


 なにはともあれ。山積みだった仕事は日を追うごとにその数を減らし、今日も今日とてササッと政務を終わらせて息を吐いた。


「…………これで今日の仕事は終わり、と。ゴーモン様の方も山場みたいだから、それが終わってから帰ろうか」


 執務室でテレビを観ていた王子君に歩み寄り、よいしょと膝上に乗せて後ろから手を回した。仕事終わりの癒しの時間である。


 そんな穏やかな空気の中、世直し一行の物語は断罪パートに入っていた。


『清廉潔白な下種衛門さんを痴漢扱いして金を脅し取ろうとは不届き千万! ――下種衛門さん、懲らしめてやりなさい!!』

『ゲヒィッ! いっぱい、新鮮な肉がいっぱいだぁ……!』


 う~ん、相変わらず下種衛門さんはキレッキレだ……。ギンギンに目を血走らせて涎を垂らしているという迫真の演技。


 時代劇には欠かせない棒読み新人女優からガチ悲鳴を引き出したという逸話は伊達ではない。


 グリードガーデンとは正式に友好国になったので、下種衛門さんの俳優を国賓待遇で招待したいくらいだ。惜しむらくは収監中である事だろう。


「――――捕まっておるではないか!?」


 おっと、これはいけない。漏れた思考でテレビ鑑賞に干渉してしまった。


 既に本編が終わってエンドロールに入っていたとは言え、王子君はオープニングとエンディングを毎回飛ばさない派だ。迂闊に気を引いたのは失態と言う外ない。


 まぁしかし、やってしまったからには下種衛門さんを案じる王子君を安心させるべきだろう。


「いやいや大丈夫だよ。下種衛門さんが逮捕された時は『やっぱり!』って世論だったけど、口に出せない重犯罪とかじゃなくて脱税だからね。遠くない未来に帰ってくるはずさ」


 実を言えば、個人的に下種衛門さんには親近感を抱いている。もちろん劇中の異常性に共鳴している訳ではない。


 僕が魔王としてグリードガーデンに知られたばかりの頃に『あいつはいつかやると思ってました!』と自称友人がインタビューに答えていた画が、逮捕直後に謂れのない誹謗中傷を受けていた下種衛門さんを想起させたのだ。


 ああ、思い返すだけでモヤモヤしてしまう。本当に親しい友人なら得意げに悪評をバラ撒いたりしないはずなのに……! 


「……でも実際、この国に著名人を招くのは悪くないね。まだ危ない国って印象があるからイメージアップを図りたいんだよ」

「下種衛門を国賓で招くとイメージの悪化になりかねぬが……」


 そう言いながらも嬉しそうなカイゼル君。

 なんだかんだで下種衛門さんの生ゲヒィッを楽しみにしているらしい。僕もファンなので将来に期待だ。


「それにしても、権限を移譲して気ままに旅をするってのは羨ましいなぁ……。魔王の権限は強過ぎるから適度に分散させないとだけど、まだまだ教育格差が大きいからねぇ。議会制に移行するにしても十年は先の話になりそうだよ」

「ふぅむ、権限の移譲か。それならば早々にを作っておくべきではないのか? 早ければ早いほど隠居も間近になろう」


 う、うぅむ、世継ぎか……。


 僕が子供を作ることは国家の安定に繋がる。魔王の特性は遺伝しないと言われているので国力的には変わらないが、この国は良くも悪くも『魔王』という存在で纏まっている。


 将来的には議会制に移行したいと考えているし、そもそも血筋だけで権限を与える気は毛頭ないが、『魔王が消えたら国が瓦解するのでは?』 と不安視している国民は少なくない。僕の子供は精神的支柱になり得るので世継ぎは作るべきだろう。


 問題は肝心のパートナー探しだが……地盤固めなら自国の有力者の息女、友好強化なら他国の権力者の息女。その辺りで探すのが順当なラインだろうか?


「何を言っておる。コールの伴侶はあの三人を置いて他にあるまい」

「ああ、うん。世間の一部でそう言われてるのは知ってるよ。でも、皆は同じ目的の為に集った同志であり仲間だからね。それにつけ込むような真似は出来ないよ」


 魔族救済という崇高な志の下に集った女性陣。利便性や合理性から一つ屋根の下で暮らしているので、男女の仲だと誤解されてしまうのは分からなくはない。


 しかし、気高い同志を異性として見るのは裏切りに等しい。だからこそ、人から誤解される度にしっかりと否定しているのだ。


「ふふん、知らぬのか。気を持たせるような真似をした者は、その責任を取らねばならんのだ。それでなくともコールに否やは許されぬ。あの三人を娶らねば、国が割れて戦乱が訪れるであろう」


 ど、どういう事なんだ……? 何がどうなって結婚事情が開戦に繋がるんだ……? 


 そもそも僕は女性陣に気を持たせるような真似はしていない。…………いや、どうだろう。この場合は僕の意識より相手側の意識が大事だ。


 少なくとも、第三者のカイゼル君からそう見えたのならそう受け止められた可能性はある。


 自然と思い出してしまうのは、迷作ドラマと名高い【三百回目のデッドエンド】。


 学園の女生徒全てに気を持たせるような言動を繰り返した挙句、最後にはヒロイン勢に一刺しずつ刺されて三百人目で死亡するという恋愛ドラマだ。


 本物の死刑囚を主人公そっくりに整形して滅多刺しにするという『発案者の倫理観バグってる?』としか思えないスタントマンの起用法で話題になったが、しかし二百九十九回も刺しておいて殺さないという刺傷調整の巧みさは養父さんをも唸らせた。


 あのロクでもない三百股太郎君と、僕は同じ事をしていたのか……?


 僕は動揺しながらも冷静に思索する。嘘を吐かないカイゼル君の言葉は重い。その自覚は無くとも、僕は気を持たせるような真似をしたのだ。


 ならば責任を取らねばならない。……いや、言い訳はやめよう。僕は優しくも素敵な女性陣に、確かに惹かれている。


 しかしそれはそれとして、三人もの女性に求婚するというのは中々にハードルが高い。ただでさえ高嶺の花のような女性たちなので尚更だ。


「う、う~ん、どうだろう。仮に求婚するとしたら……あ、ごめん。今のは忘れて。心が読めるカイゼル君に公算を聞くのは卑怯で卑劣な事だった。――うん、玉砕覚悟でやってみるよ!」


 決めたからには先延ばしなどしない。今だ、今これからだ。屋敷に帰ったら、すぐに皆を集めて求婚する。


 もちろん上手くいく自信なんてない。あまりにも欲張りで傲慢な求婚なので袋叩きにされる可能性はあるし、非袋で許されてもギクシャクして元の関係に戻れなくなる可能性もある。本来なら脈有りか否かを慎重に探りながら進めるのが正道だろう。


 しかし、一度は死を覚悟したこの身だ。

 僕に恐れるものは何も無い。


 僕は王子君をむぎゅりと抱えながら猛然と立ち上がり、その弾力に背中を押されるように執務室の扉を押し開けた――――






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死にたがりの覇王譚~世界を制するリアルタイム放送~ 完。



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死にたがりの覇王譚~世界を制するリアルタイム放送~ 覚山覚 @kakusankaku0

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