第254話 不完全と完全

 最初に穴を出たのはフィース君とエディナさん。遥か上空を旋回しているレッドドラゴンに合体技を決める事は難しくとも、二人が力を合わせれば敵の意識を引き付ける程度の事は児戯に等しい。


 フィース君が上空に白い靄を生み出して視認性を低下させ、それに苛立ったレッドドラゴンが地上に向けて火弾を放つ――――が、エディナさんが大気の屈折率を変えて居場所を誤認させていた。流石の万能性で流石の安定感だった。


 二人が気を引いている間に、僕とカナデさんも地上に上がった。今回の作戦の肝は、僕の火魔術。


 カナデさんの攻撃が物理的に浅いなら、僕の最大火力を弱点部位に直接叩き込む。鉄壁のお姉さんにダメージを与えられる火魔術なら超越種相手でも決定打になるはずだった。


 とは言え、レッドドラゴンは発狂状態でも警戒して下りてこないし、エディナさんに空まで運んでもらうのは隙だらけで自殺行為だ。フワーッと上昇中に狙い撃ちされるのは必定だろう。……だが、僕たちには新たな移動手段が存在していた。


「それではカナデさん、お願いします」

「……ああ」


 まだ迷いを残しながらも僕を荷物のように抱えるカナデさん。そして旋回するレッドドラゴンを鋭い視線で見上げ、ここぞというタイミングで「ッ!!」と僕を投げ飛ばす!


 超人的膂力で投げられた僕の速度は凄まじい。レッドドラゴンが気付く間もなく彼我の距離を埋め、空の星になりかねない程の勢いで至近距離を通過する――その瞬間、『移せ』と念じた。


 そう、これこそが新たな移動手段。


 僕の転移魔術は慣性力をゼロにすると判明していたので、カナデさんに投げ飛ばされた上で軟着陸という離れ業を現実化したのだった。


『…………いやはや、なんとか上手くいったみたいだね。カイゼル君は大丈夫?』

『うむ、子細ない』


 巨大な背に着地して安堵の息を吐く。

 自爆の如く体当たりを敢行してしまう恐れもあったし、疾風の如く戦線離脱を決めてしまう恐れもあったので、無事にソフトランディングに成功したのは僥倖だった。


『皆が注意を引いてるからか発狂してるからか、僕たちが乗った事には気付いてないみたいだね。今の内にパパッと終わらせちゃおう』


 レッドドラゴンに振り落とされないように気付かれないように気配を殺して広大な背中を進む。しかして、探し回るまでもなく件の場所を発見した。


『……ははぁ、なるほど。血が噴き出てるから分かりにくいけど、一メートルくらい掘り進めた感じかな?』


 どくどくと湧き水のように噴き出ている血液。体積換算では微々たる量なのかも知れないが、弱点部位のダメージと考えれば相当なものだ。納得の発狂と言えよう。


 さて、それはともかく。場所が分かったからには為すべき事を為さねばならない――火魔術を叩き込まねばならない。


 もちろん僕の火魔術は大きなリスクを伴う。かつての勇者戦では瀕死で命を繋いだが、一歩間違えれば僕も死んでいた。


 僕の惨状を目の当たりにした王子君が『人の形をしていなかった』と生存を絶望視していたくらいだ。次の機会には命を落としてもおかしくないだろう。


 しかし当然ながら、火魔術の運用に関しては答えを出している。そうでなければ優しい女性陣が快く送り出してくれるはずがなかった。


『それじゃあ早速始めよう。――カイゼル君、を頼めるかな?』


 僕の依頼に『うむ』と重々しく返した後、カイゼル君は首に巻きついたままむくむくと、僕の視界を埋めるように巨大化していく。


 その変化は頭部だけではない。僕の手を、僕の足を、馴染みのある温かい感覚が少しずつ包み込んでいく。


 全ての変化を終えた後、僕の全身はカイゼル君の軟体に覆われていた。――そう、これぞ【カイゼルアーマー】だ。


 完全火耐性持ちの王子君はあらゆる熱を遮断する。勇者戦で巻き込んだ火魔術でもポヨリとしていたので、こんな時の為にアーマー化の練度を磨いていたのだ。


 この合体技の欠点を強いて挙げるなら、視界がゼロになって全く動けない事と呼吸不能になる事くらいのものだ。絆的な一体感や完全火耐性という利点を鑑みれば些細な問題である。


 僕は魔力ビームを放ちながら思索する。


 これを最後に、世界を支配していた超越種は滅び去る。原初の超越種は不老の絶対強者であり、総合力では僕たちを上回っていたが……しかし、彼らは集団でありながらそれぞれ独りだった。


 主という絶対者の元に『駒』として集っているならそれでも支障は無い。


 だが、主を失って惰性で繋がっているだけの集団に、思考を停止して不幸を撒き散らすだけの集団に、僕たちの強固な繋がりが敗北するはずがなかった。だから、この結果は最初から決まっていた。


 一人では魔術を扱い切れない不完全な魔王である事に誇りを持って、どこまでも独りで憐れな完全生物に最期の言葉を届ける――――『焼き尽くせ』、と。






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次回、最終話『死にたがりの覇王譚』

今夜(8/25 0:08)に投稿予定。

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