【BL】猫の宅配便
千織
宅配の兄ちゃんとなかよくしたい
今日もミスをして怒られた。この仕事、向いてない。取り立てて興味のある業界でもない。就活の仕方がわからなくて、たまたま入っただけだ。こんなに毎回怒られるなら、辞めた方が皆のためにもなりそうだ。
それでもズルズルと居残ってるのは、いつも会社に来る宅配業者の兄ちゃんのせいだ。俺は昼休みになると、ほぼ毎日会社の裏に住み着いている野良猫と遊んでいた。毎回同じ猫じゃらししなのに、毎度本気で掴みかかってくるかわいいやつなのだ。
ある日、その猫がいなかった。何かあったのかと心配していると、来客を知らせるベルが鳴った。渋々向かうといつもの宅配の兄ちゃんだったが、しゃがんであの猫のあごをなでていた。よりによって猫のマークのあの宅配業者だ。可愛いじゃないか、猫もお前も。
その日からその兄ちゃんが来る時は俺がそそくさと対応した。昼休みに入る頃の、ちょうど人が散り散りになるあたりに来るので、ちょっとした世間話をすることもできた。
暑いですね、重いですね、から始まり、ドリンクやお菓子をおすそわけというていで渡した。時間がタイトなようだから長話はできないが、兄ちゃんは愛想が良く、短い時間でも楽しく話せた。
ある日、時間指定の荷物なのに彼が来なくてやきもきしていたら、到着してすぐに大謝りされた。別にこんな会社の荷物なんか一生懸命運ばなくていいのに。さらに次も時間指定の荷物だと言って、「もう何をしようが間に合わないんですけどね」と苦笑いして言ったのが、不謹慎にも萌えた。
俺は友達に飢えていた。
子ども時代に何回か転校しているので幼馴染はおらず、高校の友達はみんな県外の大学に行った。大学でも友達はできたが、その友達は県外生だったのでみんな都会に出るか故郷に帰っていき、結局また友達はいなくなった。
さらに土日に仕事の職場を選んでしまったので、誰とも予定が合わない。職場には若い人がおらず、なんの変わり映えしない毎日がただただ過ぎていた。あの兄ちゃんとの交流だけが、同世代男子フェロモンの摂取機会だったのだ。
♢♢♢
ある日、俺はついに上司にブチキレた。そして急遽2週間後に退職することになった。
2週間もあれば、彼にも一回くらい会えるだろう……。そうたかをくくっていたが、引き継ぎをしたり余計な打ち合わせをしているうちに1週目は話しそびれ、最終週は待ち構えていたが、別の人が来た。聞けば、彼はインフルエンザだと。
失敗した。恥ずかしがってる場合じゃなかった。いきなり"友達になってください"なんてキモいかなと思ってしまい先延ばしにしていたのだ。
一期一会、後悔先に立たずだ……。
♢♢♢
退職して1か月後。俺は宅配を頼んだ。チャイムが鳴ってインターホンの画面を見ると、見慣れた姿があった。玄関を出ると、彼だった。
「ハンコお願いします」
こちらの顔も見ず、彼が淡々と言う。
「あ、あの! すぐそこの会社でお世話になってました……」
彼が俺の顔を見た。微妙な表情から察するに、俺だと気付いていないようだった。
いつもはスーツにコンタクトだが、今日は黒縁メガネにスウェットで、前髪も下ろしていたからだろう。
「あ! お久しぶりです! ここにお住まいだったんですね」
彼は笑顔を見せた。
「ええ、実は退職しまして……」
「そうなんですね。通りで最近見かけないと思ってたら……」
俺はハンコをつきつつ、今度飲みはどうですかと誘った。彼は思いの外喜んでくれて、連絡先を交換してくれた。
「あの……もし良かったら……次回会う時もメガネで前髪も下ろしてもらえませんか? その方が好みなんで……」
彼ははにかんで言った。もしかして、いきなり恋人ができるかもしれない。
―おわり―
【BL】猫の宅配便 千織 @katokaikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます