3-2. ギフター:奥井 旅人

意識を失った男、奥井を寝かせると、

ユカレイ夫人が手早く三人の状態を確認し、応急処置を施し始める。

アーヴィンとレオは一息ついたが、頭の中は先ほどの異形の魔物と、その恐怖でいっぱいだった。


「改めてアーヴィン、それにお二人にも、ありがとう。」

レオは向き直り、手当てをし、暖かい飲み物を持ってきてくれたユカレイ夫妻に頭を下げる。


「レオさん、と言ったわね。アーヴィンもだけど、体が頑丈なのね?二人とも打撲や切り傷は沢山だけども、大事な骨はどこも折れてはいないみたいよ。」

ユカレイの妻、リセルが奥井の布団を掛け直しながら言った。


ユカレイは人間族でこの村の村長だが、リセルはダークエルフである。

ダークエルフは弓術に優れ、アーヴィンに狩猟術を教えたのは他でもないリセルである。

今ではユカレイは老齢になり、村全体の物事の判断や決断をしているが、リセルはエルフだ、悠久の時を生きる種族なのだ。

今もなお美しく壮麗であり、現場を指揮する事もある人物だった。

アーヴィンは頭でわかっていてもリセルの事は「ばあちゃん」とは呼べず、普段は「師匠」と呼んでいた。

アーヴィンの幼少期、何歳なのか聞くたびに森の中でしごかれて育った記憶がある。


アーヴィンとレオは、ヤマタで取れる希少なピーフィの果実を使った暖かい飲み物をリセルから受け取る。ピーフィの実には治癒力の向上、疲労感の軽減等の効果がある。


「師匠、ありがとう。」


湯気に混じった甘い香りが鼻を抜ける。一口飲み、その甘さが脳に直接喜びを告げた。そして二人の渇き切っていた喉に水分が駆け巡り、熱が胃の中まで通る事を感じた。


「今はしっかり休んで。明日には少しは回復していると思うわ。」

リセルが微笑みながら応じた。


二人は少しの時間、お互い言葉を交わす事なく休息を取った。

身体的な事もそうだが精神的な緊張は簡単には解けなかった。

ユカレイ夫妻が村人とのやりとりをしているのを、ただ何も考えず二人は見つめ、

カップに注がれたピーフィの紅茶を時折口に含むのであった。


―――


いくらばかりか落ち着いたのだろう、レオから魔物のことについて話し始める。

「アーヴィン、あの魔物は一体何だったんだ?」深刻な表情で尋ねる。


「わからない。けど、ただの魔物じゃなかったな。人に擬態する魔物は見た事あるが、あれは動きまで人そのものだった。…あんなもの初めて見た。」

アーヴィンは目に焼き付いたサージの散っていく瞬間を思い出して背筋が冷たくなったのを感じた。


「それに、あの声…。何ていうか…こう、訴えかけるような。」

レオは手に持ったカップを握りしめた。



その時、奥井が小さな声で呻き、目を開けた。


「おい、大丈夫か?言葉、わかるか?」レオが優しく声をかける。


奥井はゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡した。

「ん、ああ。ここは…どこや…。あんたら、さっきの…?」


「言葉はわかるようだな、よかった。落ち着いてくれ。ここはヤマタの森にある村だ。俺はアーヴィン、こっちはレオ。」アーヴィンはレオを指さした。


「ア、アービン?レオ…?海外のお方…?お、俺、奥井…。どうなってんや…?」

奥井は混乱しながらも、自分の名前を言った。


「昨夜、この近くで大きな災厄…えっと、でっけぇ爆発があったんだ。その爆発があった所でお前が倒れていたんだ。俺達が君を見つけた後、見た事もない魔物が現れて、とにかく逃げなきゃって、君を担いでここまで来たんだ。ちょっとくらい覚えてないか?」

レオはゆっくりと奥井に伝わるように言葉を選んだ。


「ん…爆発……。そうなんか…。俺、バイクで事故って。光に包まれて、それで…気が付いたら、知らんとこにいて。でも化け物も見たのは覚えてる…ありえん怖さやった…」奥井は自分の状況を説明し始めた。


「バ、バイク?」アーヴィンとレオは顔を見合わせた。


「そのバイクってのはよくわからんが、とにかくここはルイン・アルラーミって世界のヤマタの村だ。混乱してるみたいだが何か覚えてる事はないのか?」

アーヴィンは落ち着いた口調で伝える。


数秒思考を巡らすように怪訝な顔をする奥井であったが、オタクである奥井当人は信じがたいとは思うものの察しがいいのも事実だった。

「あぁ、俺別の世界に来ちまったのか…?俺の知ってる世界になんとかアルラーミなんて国とか聞いたことないし…この場所とか、さっきのバケモノなんて見たことないからな…。」


―――奥井は自分のいた世界の事を話した。それはアーヴィン、レオにとって聞いたことものない街で文明自体の差がある為、にわかに信じる事は難しかったが奥井自身の身なりや話し方、その内容の詳細さは納得し難くも理解せざるを得なかった。


「んー、って事はあんたこの世界の人間じゃねぇって事か?

災厄の影響でこの世界にきちまった、みたいな。」

怪訝な表情でレオは言う。


「なるほど。ギフトで物が流れ着く事はあったが人が来る事なんてあるのか…。」

眉をひそめながらも、災厄の影響から恩恵としてギフトが流れ着く事を幾度と見てきたアーヴィンはレオのその一言から奥井がギフトとして流れ着いたのだと予想していた。


「それにしたってあの化け物なんやったんや…何か、呻き声と同時にようわからん、『憎い憎い…ハルレイ…』とかなんか…キモ過ぎる…。」

奥井は数秒の出来事であったが目に焼き付いて離れないその恐怖感に背筋が凍るようだった。


「ハルレイ…?」レオが訝しげに繰り返す。


家事をしていたリセルの手が止まった。

「今、『ハルレイ』と言った…?それって…。」


「師匠、その言葉、何か意味があるのか?」

アーヴィンが振り返り、リセルに尋ねた。


リセルはしばらく考え込んだ後、思い出したように答えた。

「もしかしたら『ハルレイン』…それは、かつての勇者の名前じゃないかしら…。」


「勇者…!」アーヴィンとレオは驚きの表情を浮かべる。


「わからないけどね、ハルレインはこの地を救った英雄って話ね。でももう千年も前の話よ…?私ですら父上から聞いたおとぎ話だもの。」リセルが続けた。


「つまり、もしかしたら昔の勇者と関係あって、あの魔物は何か特別な存在ってことか?」レオが問いかける。


「そうかもな…。というか、奥井…あの魔物の言葉わかるのか?」

リセルの話が落ち着いたところでアーヴィンは自身の疑問を投げかける。


「いやそれはそう!!サラッとやべー事言ってるぞコイツ!!ぁあ!やっぱ魔物なんじゃねぇか!俺は騙されねぇぞ!!!」

ガタガタと立ち上がるレオ。


慌てて奥井は弁護する。

「待て待て!なんでそうなんねん!今普通にアンタらと会話してましたやん!普通、魔物は言葉喋らんのでしょ!?今この場で誰よりも喋ってますけども…!」


「落ち着け、レオ。」

アーヴィンが制する。


「あのバケモンの言葉がわかるってのも、なんつーか、直接頭にぶち込まれてるみたいな、そんな感覚やった。向こうは俺の言葉なんて聞こえてへんみたいやったし…。」


奥井は続ける。

「とにかく俺をアレと一緒にせんとってくれ!…それとな、ア、アービン…さん?」


「アーヴィンでいい。」

リセルが用意したレジャーカの煮込みスープを口にしながら答える。


「気になってたんやけど、その服どこで買ったん?その忍者服みたいな…?」


「服…?これは買ったんじゃない、ギフトとして拾った物だ。」


「ギフト…って…なんや?」




―――リセルが振舞ったレジャーカ料理を各自食べながら、アーヴィン達はギフトついて説明をした。




奥井は何の肉かもよくわからない料理を出され戸惑ったが、皆が美味しそうに食べてるのを見て例に倣った。日本食とは違った味だったが奥井も美味しくいただいたのだった。


奥井は話を聴きながら、時に相槌を打ち、わからない事は都度聞くように心がけた。

「ふーん……って事は日本の物が爆発と一緒にここに来てるってこと!?」


先に食べ終わったアーヴィンは立ち上がり、食器を片付けようとする。

「奥井の話と俺たちの知っている現象を合わせるとそう言うことになりそうだな。」


奥井はアーヴィンの腰に付けられている装備に目が行く。

「あー、ちなみにその腰のやつ…それ十手やんね…?」


「これか。これもギフトだ。弓を使うからな。敵に近寄られた時用に使い勝手が良くてな。そうか、ジッテ、と言うのか。」


「本物なら日本じゃ歴史的価値のあるものになるんやけど…ちゃんと使い方までそのまんまなんやね…。」



―――村人達との話が終わりユカレイはアーヴィン達の話の腰を折らないよう戻っていた。

そっとリセルの横に腰掛け三人の話を一緒に聴いていた。


「ふむ、腹が膨れて少し気分も良くなったようじゃの。良かった。」


奥井は、この人がこの集落での偉い人なのだろうと察し、会釈した。

ユカレイは椅子に腰掛け直し、穏やかな表情で話を始めた。


「さて、アーヴィン、レオ殿、それに奥井殿。」ユカレイは穏やかな表情で話し始めた。


「災厄が起きると一定の『穢れ』が発生するのは、この地では古くから知られておる。

アーヴィンやレオ殿はわかるな?それでな、君たちの言う魔物の事じゃが…極めて稀なんじゃが、もしかすると、あれは『物体化した穢れ』かもしれん。」


アーヴィンとレオは驚きの表情を浮かべる。奥井もその言葉に耳を傾ける。

「物体化した穢れ…?」アーヴィンが反芻するように呟いた。


「そうじゃ。あくまで推察じゃが今回の大きな災厄が起きた事で、ヤマタの地に満ちる負の感情が集まり、具現化したんじゃないかの。見張りに確認させたんじゃが魔除けの香炉の煙が風にのって森へ行かんのじゃ。黒い風が集まったと言ったな、それが穢れが一点に集中したという事じゃないかの。」ユカレイは続けた。


奥井はその言葉に驚き、加えるように質問を投げかけた。

「じゃあ、俺が聞いた『ハルレイ』って言葉の意味は…?」


リセルが答える。

「…そうね。『ハルレイ』という単語が、もし勇者ハルレインという意味なら、重要な意味を持つかもしれないわ。かつてアルラーミを救った勇者の名前。もしその『物体化した穢れ』がその名前を口にしていたとすれば、何か深い因縁があるのかもしれないわね。」


「ふむ、それについてはわからない事も多い。じゃが、それよりも重要な事を忘れてはならない。」ユカレイが再び口を開いた。


「災厄の度に現れる『ギフト』についてじゃ。ギフトとは、異世界からもたらされる物や、知識の書、技術のことを指す。これまでも我々はギフトを活用し、この村の発展にも寄与してきた。これは恐らく世界中でじゃ。」


「俺の服や十手もギフトだって話だよな。」アーヴィンが確認するように言う。


「この宝石類もな!」レオも布袋を開きながら見せる。


「その通りじゃ。」ユカレイは頷いた。


「そして、奥井殿、君もまたギフトの一つなんじゃないかの。災厄と共に君がこの地に現れたということは、君自身が何らかの役割を持ってこのアルラーミに来たのかもしれん。」


奥井はその言葉に驚き、そして戸惑う。

「俺自身が…ギフト?そんな…でも、俺はただのバイク乗りで…。こんなとこ来ちまって…ええ?」


ユカレイは真摯に、だが優しい目で奥井を見つめた。

「ギフトの形や役割は見た通り、様々じゃ。あれだけ大きな災厄が起こったのじゃ、物や書物じゃなく、人がギフトとして送られてきてもおかしくはないじゃろう。君がここに来たのも、何か大きな意味があるのかもしれん。我々もまだ全てを理解しているわけではないが、時間をかけて解き明かしていくことが必要かもしれんな。」


レオはその言葉に同意し、奥井に向けて頷いた。

「そうだぜ、奥井。ギフトの人って事はギフターってか?」レオが励ますように言った。


「ギフター…、俺が…。」

奥井は改めて異世界に来てしまった現実を突きつけられた。

元居た世界に戻る方法もわからず、魔物や化け物がいるこの世界で、奥井は余りにも覚悟が足りていなかった。彼にとってその事実は受け入れがたく、表情は強張る一方であった。


レオは察した、奥井が失意の中にある事を。そして真剣に伝えた。

「なぁ奥井、お前の居た世界の事、もっと教えてくれ。元の世界に帰れる方法なんかわかんないけど、生きていれば何か帰れるヒントもあるかもしれないぜ。俺もこう見えて冒険者だ。お前のその顔見て決めた。何か出来ることがあるなら手伝うからさ。」


「レオ…。なんでそんな優しいんや…?俺にできる事なんかないで…」


「俺もこの森で本当にピンチだった時、アーヴィンに助けられた。今はお前がピンチなんだろ?何かの縁だ。次は俺がお前を助けてやるよ!それに、できる事なんて今考えてもしょうがないと思うぜ。まぁ、その内きっと奥井が必要になる、俺はそんな気がするぜ!っていうか奥井ってタビヒトだっけ、言いづらいしタビーって呼んでいいか?」


奥井は笑って励まされる事にこれほど救いを感じた事はなかった。


「タビー…?タビーね。微妙なあだ名やな。ま、なんでもええよ。ありがとう、レオ。」

レオとタビーはこの短い時間で何となく気が合うやつだな、とお互い思った。


アーヴィンはその光景を見ながら少し納得したように微笑み、口を開いた。

「さて、俺達はこの穢れについて、もっと調べる必要がある。特に…とりあえず名前を『黒風の穢れ』としよう。あれが現れた理由と、あいつの倒し方だ。」


ユカレイも頷き、話を続ける。

「そうじゃな。災厄が起きた時に発生する穢れは、通常なら魔物や自然物に蓄積し少しづつ変化が起こるもの。しかし、物体化した穢れなど初めてじゃ。その『黒風の穢れ』を放置すれば村にも大きな危険が及ぶ可能性がある。」


タビーは不安そうな表情で尋ねた。

「じゃあ、その『黒風の穢れ』ってやつ、どうすればいいんや?俺、なんもわからんし、役立てると思えんけど…。」


アーヴィンが真剣な表情で答える。

「まずは、俺達で情報を集める。そして、対策も。タビーは出来る範囲でいい、村の警備や備えを手伝ってくれるか。」


リセルも優しい表情で付け加えた。

「そうね、奥井さん。もうタビーさんの方がいいかしら…?改めて、あなたがここに来たのは偶然ではないかもしれないわ。今はできる事からゆっくりはじめましょう。」


タビーは深く息を吸い込んだ。

「わかった。俺にできることなら手伝うな。戦ったりできひんけど…」


レオが肩を叩きながら励ます。

「そうだ、その意気だ!大丈夫、なんとかなるさ!」


ユカレイが最後にまとめる。

「よし、皆、今はしっかり休息を取ろう。黒風の穢れが森を徘徊するだけなのか、何か目的があって動くのかもわからん。こちらもできるだけの態勢を取り、この危機を乗り越えよう。」


アーヴィン、レオ、そしてタビーはそれぞれの思いを胸に秘めながら、一夜の休息を迎えた。外はいつにも増して闇に包まれていたが、彼らの心は、あの黒風の穢れと対峙した時には無かった勇気の光が少しだけ差し込んでいた。


―――


そして夜は更に深まる。


村の周囲に立つ見張りは、警戒レベルが上がり、いつもよりさらに遠方まで陣を広げていた。その中の数人が何かを感じ取り、森の奥へと目を凝らした。

風が止まり、静寂が訪れる中、彼らは微かな異変を感じ始めていた。

うっすらとした黒い霧がゆっくりと村の方へと迫ってくる。

その中心には、穢れの集合体である『黒風の穢れ』の姿が浮かび上がっていた。

それは足取り重く、ゆっくりと一歩づつ歩いていた。


眠りについているアーヴィン達の誰もがその危険に気づいていないが、ユカレイの言う通り、迫り来る脅威は確実に近づいていたのだ―――

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2024年12月23日 08:00
2024年12月30日 08:00

風のアーヴィン 〜Gifter〜 ばってんまる @Battenmaru

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