第29話:バレルを目指して
天羽翔太がアニメ主題歌の準備を進めながらも、練習を疎かにすることはなかった。球団の伝手で利用できる専用トレーニング施設に通い詰め、来季に向けた新たな目標――「バレルで捉える打撃」を極めることに注力していた。
施設の打撃ケージで、天羽は黙々とスイングを繰り返していた。トレーニング用のカメラが彼のスイングを撮影し、スピンレートや角度、ハードヒット率などを解析する。近代的な機器が並ぶその環境は、まさにプロ選手専用の研究所のようだった。
「くそ……やっぱり、まだ詰まるか。」
天羽はモニターに表示されたデータを睨みながら呟く。弾道の角度は適切だったものの、ハードヒット率は思ったほど上がらなかった。
彼はここ数シーズンで確立しつつある「結果を出す選手」としての立場をさらに確固たるものにするため、バレルゾーン――理想的な打球角度と速度を狙う打撃に取り組んでいた。究極的には、バレルで捉え続けることで二塁打、本塁打を量産する「怖い打者」になることを目指していた。
◇
その日も、天羽は昼からトレーニング施設にこもり、試行錯誤を続けていた。施設内は閑散としており、球団関係者以外の姿は見当たらない。
彼がモニターを見ながらスイングの軌道を再確認していると、背後から聞き覚えのある声がした。
「天羽選手、相変わらず真面目に練習してますね。」
振り向くと、そこに立っていたのは高橋沙奈だった。札幌ウォーリアーズの栄養管理アドバイザーとして二軍選手をサポートする彼女は、天羽が二軍時代に栄養面で助けられたこともあり、顔馴染みだった。
「沙奈さん? どうしてここに?」
天羽はタオルで汗を拭いながら声を掛けた。
「二軍選手のメニュー作りの打ち合わせがあって、ここを訪れてたんです。そしたら、ちょうどあなたがいたから声をかけました。」
彼女は笑顔を見せながら、天羽がモニターに表示させていた打撃データに目を移した。
「へぇ……バレルを意識した練習ですか?」
「そうなんですよ。これができれば、もっと打撃成績を伸ばせると思ってるんですけど、なかなか難しくて。」
天羽は苦笑いしながら答えた。
「やっぱり簡単にはいかないんですね。でも、そうやって課題を見つけて取り組む姿勢は大切です。ところで……ちゃんと食事は取れてますか?」
彼女は突然切り出し、天羽の顔を覗き込んだ。
「食事ですか? まぁ、普通には……。」
「普通じゃダメですよ、天羽選手。ハードヒットを量産するには、筋力と体力の向上が欠かせません。そのためには栄養バランスの取れた食事が大事なんです。」
彼女はプロフェッショナルな口調でそう告げると、天羽に向かって栄養管理の重要性を説明し始めた。
「例えば、打撃練習の後に筋肉を回復させるためには、たんぱく質だけでなく炭水化物の摂取も必要です。そして、疲労回復にはビタミンCやEが役立ちます。」
「いや、そこまで深く考えてなかったな……。」
「また栄養管理を怠ってませんか? 前に会ったときもそうでしたけど、食事が偏ってたせいで疲労が溜まってたじゃないですか。」
天羽は少し顔を赤らめながら反論する。
「いや、最近は気をつけてるつもりですけど……。」
沙奈は笑いながらバッグから何かを取り出した。
「ほら、これ。栄養バランスが整ったスムージーです。せっかくだから飲んでみてください。」
天羽は戸惑いながらもスムージーを受け取り、一口飲んでみた。
「……うまい。なんか、体に染み渡る感じがする。」
沙奈は満足げに頷き、少しだけ天羽に近づいて言った。
「これからもちゃんと食事のことも考えてくださいね。天羽選手が活躍するためには、体が資本なんですから。」
天羽はその言葉に一瞬ドキリとしたが、すぐに軽く笑って答えた。
「了解です。高橋さんのアドバイス、ちゃんと聞きますよ。」
沙奈は笑みを浮かべたまま、少しだけ視線を逸らした。
「……じゃあ、また何かあれば相談してくださいね。」
沙奈が去っていった後、天羽はスムージーを飲みながら思わず呟いた。
「……なんか、あの人がいると安心するんだよな。」
打撃練習に戻る天羽の心の中には、不思議な温かさが広がっていた。栄養管理のサポートを受けながら、そして彼女とのやり取りに支えられながら、天羽はさらなる高みを目指していた。
プロ野球で注目されると強化される!? ネタ枠だった男が目指す世界一 杉谷 @oproscape
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