嘘と迷路、
柊 こころ
大好きという名の裏返し。
「郁(いく)ね、蓮(れん)と結婚するの!」
幼稚園の時からの、君の口癖。
「えー、僕は恥ずかしい!」
一生懸命はぐらかす僕は
内心とても嬉しくて。
「いつかねっ!」
が、僕の口癖だった。
もし、それが、叶わないとしても。
中学生の時、僕は転校をした。
郁とは離れ離れになるけれど、当時のケータイ電話でメールはしていたんだ。
「寂しいな、蓮がいなくなるの。
良かったら、手紙書いてもいい?」
郁からのメールは特別にピンクに光る仕様にしていた。
メールが来る度に、ドキドキと気持ちが高鳴った。
「返信出来ないかもしれないけど
こうやってメールしてるじゃん」
「でも、文章に残したいから!
絶対書くから!」
「分かったよ、楽しみにしてるよ。」
他愛のないメールが
とてつもなく好きだった。
僕が引っ越して3年。
いくつかの恋愛をしてきた。
それは誰でも良かった。
可愛い子なら、郁と重ねていた。
「郁だったら、こうしてる」
「郁だったら、こうやって言う」
全て比較対象にしていた。
哀れな僕だ。
それくらい、郁が好きだった。
だけど、最近になってメールが来なくなった。
元気なのだろうか?
不思議に思っている時に、母親が声を掛けてきた。
「明日、郁ちゃんの所行くわよ〜」
「え、2時間も掛かるとこに?」
「うん、挨拶したくてね。」
内心のドキドキが止まらなかった。
会える、逢える。
どんな女の子になっているだろう。
どんな素敵な女性に変わっているだろう。
もう高校生な僕たちは
どんな道を来ただろう。
郁に会う約束の日。
ちょっとお洒落は控えめにして
いつものように振る舞いたいから
ニヤつく自分を殴りたいけれど
そのくらい、好きなんだって気持ちを
直接伝えようと思ったんだ。
2時間掛かる車の中
僕は夢を見たんだ。
いつもの2人でいた公園で
手を繋いでいた郁と僕。
手を取り合って
寒い中、雪の降る夜に約束した
「結婚、出来たらいいね」
「蓮!着いたわよー」
「ん…」
そこは変わらない郁の家だった。
郁…元気かな。
「あら、蓮君!カッコよく育ったね〜!
2時間ちょっと掛かったでしょ?ゆっくりしていって。郁も待ってるから!」
「おばさん!お邪魔します。」
そこには
遺影の郁がいた。
「え…?」
「おばさん!なんで…」
「…郁には黙ってって言われてたの。
郁ね、多発性骨髄腫で。
最期に渡してって言われた手紙があるの。
蓮に見て欲しいって。」
渡されたのは
郁にしては丁寧な字だった。
「蓮へ
これを見ている頃、私はいないかな。
実はね、多発性骨髄腫っていう
血液のガン?になっちゃって。
難しい漢字だよね。私もわかんない。
なりたくなかったなぁ…
もっと、蓮と連絡したかったけど
文字ですら、手が震えるので
ママに書いてもらってます。
私、強いと思ってたけど、弱くて
蓮が居ない世界って、分かんないんだ。
全て、支えてくれていたから。
だけど、泣かないで。
私は死んでも蓮の傍にいるから
ちゃんと、蓮の中で生きてるから。
安心して。呼吸が少し苦しいけど
頑張って伝えたい事を書いてます。
結婚の夢、叶わないなって思って
諦めて坊主にもなりました。
ウィッグ?つけたら変わるかな?
私ね、本当に蓮が大好きだったの。
優しい顔、怒った顔、寂しい顔
全部好きだったの。
何より、皆から好かれている
蓮が大好きだった。
大好きを超えてたかなぁ。
最期のお願いです。
笑っていて。
郁」
声を挙げて泣いてしまった。
郁が居ない世界なんて
僕には必要ない世界で。
なんで教えてくれなかったの?
だから、メールの返事遅かったの?
多発性骨髄腫?血液のガン?
郁がいない世界
僕は郁が全てで
だから偽って恋愛をして
成長したとは言えない
汚い恋愛だけど、積み重ねて
リードしていこうって
そう決めたのに。
決めたのに。
「蓮君、お線香…あげて。」
ぐしゃぐしゃの顔を、ティッシュで整える。
そこにいるのは
笑顔が素敵な郁。
髪の毛は亡くなっていたけど
僕にとって、天使だった。
「置いていかないで…」
知りたくなかった現実。
でも、知らなきゃいけない現実。
一瞬、後追いを過ぎったけど
郁は望んでいない。
きっと、横にいる
そんな気がしたんだ。
ねぇ、郁、聞こえるかな。
僕が沢山恋愛というのをしたのは
大人に見せたい、見栄っ張りなんだ。
好きな人は、郁だけで
代わりの恋愛をしている僕は最低だ。
だけど、だけど
それでも
隣にいてくれるかな?
こんなに恋愛をしたのは初めてだから
郁の為に
出来る限り、生きてみるよ。
いつか、僕がおじいちゃんになっても
笑わないで、逢ってくれそうだから。
蓮!って、呼んでくれたらいいな。
その日は晴れた空。
笑った郁の顔が浮かんだ。
「大好きだよ。」
嘘と迷路、 柊 こころ @viola666
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