百聖鳥

神通百力

百聖鳥

 百聖鳥ひゃくせいちょうは太古の昔から存在する鳥だった。聖なる光を纏っており、人類が誕生する以前より、恐竜が生きていた頃にはすでにこの世に誕生していた。

 百聖鳥は普通の鳥類とは異なり、その身に百の異能力を宿している。異能力を有していたこともあって天敵はおらず、生物の頂点に君臨し、恐竜をも支配するほどだった。

 だが、百聖鳥はこの世に1羽しかいないため、その存在が世に知れ渡ることはなかった。

 百聖鳥は人類が誕生して以降、人間に興味を持ち始めた。もし異能力を手に入れたら、どんな行動を起こすのかを知りたくなり、百年に一度の頻度でランダムに選び出した人間に異能力を与えるようになった。

 犯罪に利用する者や自分の欲のために使用する者、他人のために使用する者など様々な行動パターンを垣間見ることができた。

 最初はただの興味本位だったが、今では異能力を与えられた人々が、どんな行動を起こすのかが楽しみだった。

 そんな人々を百の異能力の一つである『聖鳥鏡エクゾミレイズ』で観察するのが至福の時間になっていた。『聖鳥鏡エクゾミレイズ』は聖なる光で鏡を作り出し、あらゆる場所をリアルタイムで覗き見る能力である。

 前に人間に異能力を与えてから、もうすぐ百年が経つ。次は誰にどんな能力を与えようか。

 百聖鳥は百年に一度の出来事が楽しみで仕方がなかった。


 ☆☆


 月野優斗つきのゆうとは頭を左右に振りながら、ベッドから体を起こした。ぼんやりとしたまま、カーテンを開けると、陽射しが部屋に入り込んで、一気に目が覚めた。

 陽射しがスポットライトのように部屋の中心を照らすのを横目に見ながら、先ほどの奇妙な夢を思い出した。

 夢の中で眩しいくらいの光を纏った奇妙な鳥が、優斗の目の前で浮かんでいた。その鳥は百聖鳥と名乗り、優斗に異能力を与えたと告げた。与えた異能力はどう使おうが君の自由だし、体のどこかに百聖鳥の紋章が浮かび上がっているとも言った。こちらが質問する間もなく、百聖鳥とやらは消え去ったが、どういうわけか夢にしてはリアルに感じたのだ。

 首を傾げながら、何気なく視線を落とした優斗は息を呑んだ。左手の甲に夢で見た百聖鳥が浮かび上がっていた。紋章はわずかに光り輝いているように見えた。さっきのは夢ではなく、現実だとでも言うのか? そんなバカなことがあるのだろうか。

 そう思いながら、優斗は左手の甲を擦ったが、紋章は消えなかった。何度か擦ってみたが、結果は同じだった。まるで紋章が皮膚に刻み込まれているかのようだった。

 手の甲に現れた紋章に戸惑ったが、百聖鳥が能力名と詳細についても語っていたことを思い出した。能力名は確か――

「――聖鳥糸エクゾレイア

 優斗が能力名を呟いた瞬間、紋章がより強い輝きを放ち、聖なる光を纏った糸が出現した。糸は紋章から出ているように見えた。

 しばし逡巡したのち、優斗は試しに自分の姿を頭に思い浮かべた。すると、糸がまるで意思を持っているかのように蠢き、瞬く間に優斗を紡ぎ出した。百聖鳥によれば、『聖鳥糸エクゾレイア』は頭に思い浮かべたものを糸で紡ぎ出す能力のようだった。どんなものでも紡ぎ出せるらしい。

 糸で紡ぎ出した優斗は、まるで命令を待っているかのように、部屋の中心で仁王立ちしていた。優斗は自分にそっくりな糸を動かしてみた。糸で紡いだ優斗は部屋を歩き始めた。糸とは思えないくらいに、動きにぎこちなさがなく、本物の人間のようだった。ただ生気は感じられなかった。糸だから当然ではあるけど。

 糸を人の形に紡ぎ出せることを考えると、この能力は意外と使えるかもしれない。そう思いながら、優斗は服を捲り上げ、自分の体を見た。体にはいくつもの痣があった。これは姉の御影みかげから暴力を受けてできた痣だった。なぜかは知らないが、御影は優斗をサンドバッグにし、いつも暴力を振るっていたのだ。両親は御影を溺愛し、優斗が悪いと一方的に決めつけ、助けてくれなかった。

 この『聖鳥糸エクゾレイア』とやらの能力があれば、自分の分身を糸で紡いで身代わりにできるかもしれない。まだ部屋を歩き回っている優斗にサンドバッグになってもらえば、自分は御影の暴力を受けずに済むだろう。

 いや、それよりも糸で何かしらの武器を紡ぎ出して御影を殺害した方が良いかもしれない。御影を消せば、分身を糸で紡いで身代わりにする必要もなくなる。

 優斗はベッドから降りると、頭に刀を思い浮かべた。紋章から糸が出現し、瞬く間に刀を紡ぎ出した。

 優斗は刀を右手で取ると、部屋を歩き回る自分自身を残したまま、自室を出た。それから階段を降り、一階のリビングに向かった。


 ☆☆


「……これはどういうことだ?」

 優斗は目の前の光景が信じられなかった。リビングになぜか両親の遺体が転がっていたのだ。

 優斗は警戒しながら、ゆっくりと両親の遺体に近付いた。父親の遺体を蹴飛ばし、うつ伏せから仰向けにした。驚くことに父親の顔はのっぺらぼうのような状態になっていた。目も鼻も口も見当たらなかった。母親の遺体も確認すると、同じくのっぺらぼうのような状態だった。なぜ両親の顔がなくなっているのかが分からなかった。

 優斗はどうするべきかと考えていると、急に顔の

「……んぐっ!」

 優斗は右手の刀を自分に向けると、急いで口を覆う皮膚を切って呼吸を確保した。自分の皮膚が唇に付着して気持ち悪かった。

「……優斗は何で刀を持っているのかな?」

 優斗は反射的に声がした方を振り向いた。リビングと地続きになっている台所の壁にもたれかかるようにして御影が立っていた。右手の甲に百聖鳥の紋章があることに気付いて優斗は目を見開いた。まさか自分だけでなく、御影までもが百聖鳥から異能力を与えられているなんて思わなかった。

 そうなると、御影が何らかの異能力で両親を殺害したと考えて良さそうだ。両親がのっぺらぼうになっていたことを考えると、御影は皮膚を伸ばす異能力を与えられたのかもしれない。さっき自分の皮膚が伸びて口を覆ったことからも、そういう異能力と見て間違いないだろう。

 問題はなぜ両親を殺害したかだ。御影は優斗とは違い、両親から溺愛されていたし、殺害する動機はないように思う。

「疑問に思っているんだね。なんで私が両親を殺害したのか」

「溺愛されていたのに、何で殺したんだ?」

「溺愛? 優斗は何を言っているの? 私は愛されてなんかいなかったよ」

 御影はどこか悲しそうな表情を浮かべた。溺愛されていたように見えていたのは勘違いだったのか? 少なくとも優斗よりは御影の方が両親にかまってもらっていたのは確かだった。

「……私はね、お父さんから性的暴行を受けていたんだよ。しかも、お母さんの目の前でね。お母さんは笑うだけで、お父さんを止めてくれなかった」

「まさか、俺に暴力を振るっていたのは、その時のストレスを発散するためだったのか」

「その通りだよ。私よりも弱い存在は優斗だけだったからね」

 ストレス発散のためだけに、弟に暴力を振るうなんて最低の姉だなと優斗は思った。父親から性的暴行を受けていたことは同情の余地はあるが、だからといって、弟の優斗に暴力を振るっていい理由にはならない。どんな事情があろうとも、優斗は御影を許す気はなかった。

「優斗に恨みはないけど、両親の遺体を見られたからには死んでもらうよ。さっさと遺体を処分しなかった私も悪いけどね」

 御影はそう言いながら、もたれかかっていた壁から離れると、こちらに向かって歩き始めた。

「――聖鳥膚エクゾネイム

 御影が呟いた瞬間、右手の紋章が強い輝きを放ち、優斗のあごの皮膚が勢いよく伸びた。伸びたあごの皮膚は意思を持っているかのように蠢き、優斗の首に巻き付いて絞めてきた。

「っぐぅ!」

 優斗は苦しくなり、首に巻き付いたあごの皮膚を掴むと、力任せに引き剥がそうとしたが、上手くいかなかった。苦しむ優斗を近くで見ようとしているかのように、御影は一歩ずつ距離を縮めてくる。

 優斗は息苦しさを感じながらも、刀を斜めに振り下ろし、御影の左腕を切り落とした。御影は苦痛に歪んだ表情を浮かべたが、それも一瞬のことだった。すぐに御影の左腕の皮膚が伸びて切断面を覆い、流血が止まった。どうやら皮膚で切断面を覆うことで止血したようだった。

 その間に優斗は何とか引き剥がすことに成功し、伸びたあごの皮膚を刀で切り落とした。あごに痛みが走ったが、歯を食いしばって堪えた。

 優斗は刀を父親の遺体に突き刺すと、御影に向かって投げ飛ばした。御影が能力名を呟くと、遺体の首の皮膚が勢いよく伸びて天井から吊り下がった電気の傘に絡みついた。まるでブランコのような状態になり、勢いを削がれた父親の遺体は御影にまで届かなかった。

 御影がホッと一息ついた隙に、優斗は急いでリビングから出て階段を駆け上がった。


 ☆☆


 御影は優斗が階段を駆け上がる音を聞きながら、床に転がる自分の左腕を拾い上げた。左腕を切断面に当てると、皮膚を伸ばした。伸びた皮膚が切断部分の周囲を覆うことで左腕同士は繋がって元通りになった。

 御影は左腕がちゃんと動くのを確認すると、優斗を追いかけて階段を上がった。一番奥が優斗、真ん中が両親、手前にあるのが御影の部屋だった。階段を駆け上がったことを考えると、優斗は自分の部屋に逃げたのだろう。

 御影はゆっくりと優斗の部屋の前まで近付いた。警戒しながら、御影は部屋の扉を開けた。部屋の中心に優斗が仁王立ちしていた。右手に刀は持っていなかった。

「刀はどこにやったの? まあ、別にいいけど。刀がないなら、私には勝てないよ」

 御影はニヤリと笑みを浮かべ、優斗の顔の皮膚を伸ばした。伸びた皮膚は目や鼻、口を覆い、のっぺらぼうのような見た目になった。けれど、優斗はまったく苦しんでいるようには見えなかった。顔はないはずなのに、平然としているように見えるのだ。

 怪訝に思っていると、急に今まで体験したことのない痛みを感じた。視線を下げると、


 ☆☆


 優斗は階段を駆け上がり、自室に入ると、扉近くの壁に背中をくっつけた。この家の扉はすべて内開きだった。この位置ならば、扉を開けられた際に、裏側に隠れることができるはずだ。

 優斗は息を潜めて御影が来るのを待ちながら、チラリと部屋の中心を見た。糸で紡いで部屋に残したままだった優斗を部屋の中心で仁王立ちさせていた。

 じっと待っていると、扉が開いて御影が部屋に入ってきた。

「刀はどこにやったの? まあ、別にいいけど。刀がないなら、私には勝てないよ」

 御影の声が聞こえ、刀を持たせるべきだったかと焦ったが、優斗の異能力を知らないことを考えると、別にいいかとも思った。 

 優斗はそっと扉の影から出た。分身の優斗はのっぺらぼうのような状態になっていた。足音を立てずに、ゆっくりと御影の背後まで近付くと、刀で体を貫いた。

「優……斗? じゃあ……あれは何? 刀の……異能力……じゃないの?」

 御影は息も絶え絶えに呟いたが、疑問に応えてやるつもりはまったくなかった。これから死ぬ奴に、異能力について教えたところで仕方がないだろう。大嫌いな御影に冥土の土産をくれてやる気なんてなかった。

「じゃあな、御影」

 優斗は刀を抜くと、思いっきり振り上げ、御影を真っ二つに切った。御影の体はキレイに二つに分かれて、音を立てて崩れ落ちた。御影は死んだ。これでもう二度と御影に暴力を振るわれることはなくなった。

 安堵のため息をつくと、優斗を紡ぐ糸を解き、これからどうするべきかと思案した。

 しばし思考を巡らしていた優斗は、糸で。この『聖鳥糸エクゾレイア』で、理想の家族を紡ぎ出すことにしたのだ。見た目は今までと同じだが、優斗の意思で自由に動かすことができるし、上手くすれば、家事をやらせることも可能かもしれない。

 優斗は御影との戦いでお腹が空き、母親の分身に朝食を作らせることにした。御影と父親の分身には死体の処理をしてもらうとしよう。

 優斗はそれぞれの分身を動かすと、朝食をいただくために、一階へと降りていった。


 ☆☆


 月野優斗と月野御影の行動を『聖鳥鏡エクゾミレイズ』を通して観察していた百聖鳥は非常に満足していた。まさか『聖鳥糸エクゾレイア』で理想の家族を紡ぎ出すなんて思ってもみなかった。『聖鳥膚エクゾネイム』の使い方も興味深かった。この二人に異能力を与えて良かったと思った。

 他にも異能力を与えた人間はいたが、月野優斗と月野御影みたいに、面白味のある行動を取った者はいなかった。

 百聖鳥は早くも次の百年後が楽しみになっていた。

 百年後を待ち遠しく思いながら、百聖鳥は深い眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

百聖鳥 神通百力 @zintsuhyakuriki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ