第14話 信用に足らない
いつか、水瀬はきっと子煩悩な親になるだろうという、梛木の見立ては結果として当たりだったようだ。
さっきからずっと、紡くんの話ばっかりしている。
「なにを緊張しているかと想って訊いたらさ、ほら部屋の
したら俺が家主で、ユイさんと自分を追い出すんじゃないかって本気で心配しちゃっててさぁ、心配すんなってこう、気づいたらつい頭撫でてやっちゃってて――」
「なんで俺の頭撫でまわすんすか、酔ってませんか!?」
「いっとっけど、俺まだ十代だよ?」
わっちゃわっちゃと、漆が再現のためになぜか巻き込まれている。
「でもいやぁ、あんなに健気でかわいいもんなんだなぁ、昔は男のガキて俺もそんなに好きじゃなかったはずなんだけど、自分でも気づかないうち、変わってたのかなぁ?
それも悪くない変化なのかもねぇ。
勘違いだったとはいえ責任感が強いし、ほんとうにいい子に育ってるよなぁ、よく育ってくれたよ……ほんとに。ユイさんと梛木ちゃんの教育が良かったんだなぁ、くふふふっ」
「~~~~」
水瀬はいつになく上機嫌だった。
巻き添え喰らった漆のほうはすっかりわけがわからないって顔をしているが、ここに至るまでの水瀬の経過など、彼には知る由もないのだから仕方ない。
「なんとかしてくれ、時雨さんよ……」
「ごめん、こんなはっちゃけた水瀬さん、私も初めて見るんだ」
「えぇ?
逆に普段がどれだけ抑えてるん――」
「漆くんだったっけ?
まぁ、梛木ちゃんに引っかかったのは運の尽きだけど、いい出逢いをしたかもな」
「え?」
「――」
「きみと彼女は同郷だ。
すでに聞いてるかもしれないが、彼女は色々あって、こちら側へ帰化する手続きをとった。その際に、ユイさんの養子ってことになったんだけど、その前は俺と住んでたんだ。
俺がちょっくら、ネストの向こう側へ飛ばされてる間、ほら、深域では向こうとこちらの時間の流れは違うって話ぐらい、聞いたことあるだろう?
おかげで老けることなく、八年経ってたんだけど――いうてきみみたいのからすれば、おっさんもいいとこなんだよねぇ……ウザ絡みって?
でもねぇ、うちの弟に久々会ったら、俺より老けてるんだからもう世の中何が起こるかわかんないよなぁホント」
「時雨さん、お助け――」
「水瀬さん、私には構ってくれないんです?」
梛木は口を尖らせる。水瀬は穏やかに微笑んだ。
「この物件ごと買い取ったとはいえ、当たり前だがみんなの部屋は分けるよ。
ほれ、
その点について、異論はないよね?」
「あなたが、今日からここの管理人?」
「あぁ。しばらくここに泊まり込むから」
――、梛木の思考が一瞬止まる。
「私、聞いてません!」
「そりゃ言ってないからな。ほら、つむくんの話したろう。
今一緒にいると、ユイさんとの関係で警戒させちゃってるみたいで、あの子の不安はなるべく解いてあげないとな、多感な時期だし。物件の管理と、金紅に頼まれた仕事もあるから、ここの一室は俺が使わせてもらう。
ということで、入居者同士、お隣仲良く交流と行こう」
「……はぁ」
漆少年は一番ぼんやりしていたが、水瀬は彼に対して甘くはない。
「きみには無断侵入してたってこともあるから、相応のペナルティは課するけど、了承してもらえるかな?
まず、梛木や俺に断りなく、勝手にいなくならないこと。
次に……これは当たり前だが、梛木に危害を加えないことだ」
もはや梛木をちゃん付けで呼んでいない。示しをつけるために、そう呼び分けているだけだったが、すでに水瀬は、梛木を一人前として扱っているということでもある。
漆は緊張しつつも、はっきりと頷く。冗談が許される空気ではなかった。
水瀬の目は笑っていない。
「――つうわけで、それさえ守ってくれれば。
あぁ、あと犯罪になりそうなことはこれ以上しないでね。
いくら梛木ちゃんの温情があるからって、君みたいな人間がやむなくって言い訳とともに再犯繰り返すなんて、俺は飽きるほどみてるから……ようはだ、叩き出されないためだけじゃなく、俺を失望させない方がいい。
少なくとも、裏の世界できみが一番偉いやつだとか想ってるようなのが出張って来ようと、こう」
彼は自分の首へ、親指を横薙ぎに振った。
「――、はったりじゃない。
少年、俺にはできてしまうんだ」
「ええと……なら追い出されないように、励ませてもらいます?」
「あぁよろしい、かたっ苦しいのはこの辺にしよう。
ふたりとも、新居へようこそ。
せいぜい隣人には、節度をもって接するように」
水瀬が先に部屋を出た。
「元々あなたが使ってた部屋なんでしょう?
別にそのままでいいよ、私はお隣になるけど、これからよろしくね。あぁ、こっちの部屋の鍵ハックしないでよ?
私の下着なんかで発奮されてても反応に困るから」
「ンなみみっちいもんをパクったりしねぇよッ!!!??
あの水瀬ってひと……マジで、切原水瀬?」
「そう言ってる」
「あの、繭を消し飛ばしたって、例の――英雄」
「そうだよ、みんな好き放題言いますけど。
私の大切な人だから。
あの人に何かしようなら、そのときは私もあなたを許さない」
「――」
「けど、そうなったらあの人自ら動いて、死んだ方がマシって想うでしょうね、そのときあなたは。
本気で敵に回したいなら、勝手にすればいいよ」
「そういうのが一番怖いて。
できるかよ……」
「あんたが卑屈なのは勝手にすればいい。
だけどさ」
「?」
「あんた、ほんとにそのままでいいの?
誰かの顔色伺ってるだけなら、そこに善悪なんてないでしょう。従ってる自分に責任はないって、誰にでも媚びへつらうなら――そういうひとに、寝首を掻かれるとか……私はそういうの、マジで勘弁だから」
一人、部屋へ残された漆。
静かに頭を抱える。梛木の言わんとしているところ、彼女は敢えてぼかして言ったのだろうけれど、ようは手放しでこちらを信用できないという表明だ。
「っ、わかってる。時雨が正しいよ、今のは……!」
俺があの子や水瀬の信用に足るものを、今日の俺は何も示せていない。それが今ひたすら悔しいし、恥ずかしかった。
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迷宮巣 Labyrinth Nest ~世界の裂け目が開けて八年経ちます~ 手嶋柊。/nanigashira @nanigashi
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