第13話 侵入者との“再会”
翌日、気になった賃貸住宅、部屋の間取りをさっそく見せてもらうことになった。
「にしても、本当に良かったの?
うちのタワマンから、ほかの部屋とかでもよかったのに」
「それだと貸し出されてるほかの住人さんと不公平ですし。
自分にできること、少しづつでも増やしていきたいんです」
これからはお金のないなり、少しづつ生活の水準を切り詰めなきゃならない。貯めるにしても、防犯にしたって、信用のおけるものを手堅く選びたいものだ。
「もう九年にはなるのか、水瀬くんがあなたを引き取ってから」
「水瀬さん、どうしてますか。
紡くんとは」
「あんまり折り合いつかないのよね。
あのひと自身というより、つむくんはすっかり警戒しちゃってて――元を辿れば、私のせいなんだけど」
水瀬がそれを聞いたらどんな顔をするだろうと、梛木は考えるが、正直想像がつかない。ユイさんは昔から妙に大胆なところのある人だったけど、いくら技術があったからと、公に言及しにくいやり方で、愛する人との我が子を授かっているわけだが……それに対する抵抗感とか、なかったんだろうか?
今はそれを訊く気分にならなかった。だからってほかにいつ訊けるんだ、とも想うのだが。
不動産屋は、予想外のことに蒼白になっている。
「家賃安いところ、とは言いましたし、だからってここ事故物件とも聞いてませんけど?」
「いや、それは……そうなんですが、その」
最初にとんでもないものに当たってしまった。
アパートのなかには、明らかに数時間前まで誰かが寝泊まりしていた痕跡のある。
「いったい誰が」「ひとまず警察に通報だな、あ、でもこの辺て――ダメなのか」
梛木があることに想い至る。
そもここの家賃が低い理由としたら、混成迷宮巣とシンビオシス・ポートへのアクセスが近い反面、迷宮巣に近すぎることで治外法権エリアに隣接しているのだ。
「すぐ隣に治外エリアがあって、そこからは諸国のシンジケートや探索やってる不法就労者が簡単に逃げ込める。
すると管轄の影響で、それ以上の捜査ができない。
だからお安いんでしょうけど……よくあるんですか、こういう?」
不動産屋はずっと失態に畏まっているが、またやられたか、などとさっき毒づいていたのも聞こえたし、それが答えだろう。
よほど間がよくなければ、犯人は捕まらない。
梛木の異能でおびき出せなくはないだろうけれど、自分が住むでもない部屋や不動産のためにそこまでする義理はないのだ。
ただ今度の犯人、妙に気になる。
「梛木ちゃん、大丈夫?」
「――ええ、まぁ」
異能による目先のシミュレーションをいくつかやってみる。
まずは直後、私が単身で部屋の周辺屋外を探索した場合。
……逃げる人影を見たが、もうちょっと詳細に絞りたい。
では見つけたポジションを最速で確保し、容疑者と思わしき当人を確保できるか?
相手は驚いて抵抗、私は頭を横から蹴られた。
「っぐ――」
シミュレーションは見るだけでなく、五感のフィードバックである。これを繰り返すうち、死にかけたことは一度二度ではない。
今のはすっかり頭蓋を揺さぶられたが、おかげで眠気も飛んだからまずまずってことにしとこう。
「梛木ちゃん!?」
「いえ、ユイさん大丈夫です。
次はもうちょっとマシな選択を練りますから」
「また、見たのね」
結だって八年共に住んでいるなら、梛木の超常の知覚がどのようなものか、勝手は理解している――だがそれを目の当たりにするたび、落ち着かないのもまたそうなのだ。
「水瀬くんを呼ぶ?」
「お願いします、ただし――えぇ、本人を確保します」
異能で出現する座標に対して、最低限の指示を伝える。
水瀬さんなら、そういう相手への対応は慣れているはず――もう一度、シミュレーションを開始。今度はあっさり制圧できるようだ。
*
現実が梛木の予測に追いつくと、水瀬が少年を背負い投げてからその後ろ手を固めている。
「梛木ちゃんには、これが二度目ってことだね……急に呼ばれて、何事かと想ったが彼――」
「ありがとうございます、水瀬さん。取り押さえてくれて」
「っ、放せッ」
「いきなり人に殴りかかって、そりゃないだろう少年? ってことはだ、この空き住居を勝手に利用していたわけか。
建造物侵入、おまけに不法在留だから?
日系人とはいえねぇ」
荒事になれているどころか、状況判断能力の高さも相変わらずである。梛木の背後に肩を怒らす不動産屋がいたというのもあろうが。
水瀬は物件と道を隔てたところで、彼を取り押さえているものの――。
「……梛木ちゃん、たしか治外エリアってこっち側だよね。
この中に入ってると、彼を現行犯でしょっぴくのまず無理になっちゃうけど?
そっちに侵入の記録や、物的証拠があるにしても」
「えぇ、わかってますよ。
また会ったねぇ」
「お前は――この前の?」
取り押さえられたのは、杭城漆である。
*
不動産屋に口止めしてさっきの部屋を得ることにした。
最初は安易に侵入される場所なんてダメだとも想ったし、ユイたちにも反対されたが――水瀬が、
「仕方ないから、俺が直で土地ごと買いますよ。それぐらいの金はありますし」
「あなたは――?」
「おたくさんの失態は黙っててあげるんです、あんまり詮索しなくていいんじゃありませんか。
安い金で問題物件貸し出すより、土地ごとちゃっちゃとうっぱらった方が、ね」
財力で、ねじ伏せた。
観測所にいた頃の貯金は残っていて、このような土地なら買い取ってしまったほうが早いと判断したらしい。
「代わりに、この少年とのオトシマエはこちらでつけさせてもらいますので」
ですけど水瀬さん、それってカタギの人間はまずしない言い回しですよ……?
*
不動産屋は当初こそ水瀬の態度はなについたが、面倒な土地を手放せるならと、彼の提案を渋々、受諾することになった。
少年は後ろ手を縛られ、元居た部屋の隅で不貞腐れている。
「……いったい何者だよ。あんたの保護者って?」
「知りたいの?」
「いや――やっぱいいや」
「なんで!!?」
梛木は少年が水瀬のことを知りたがらないことからして、不可解極まりなかった。彼女自身が過大にあのひとを評価しているという思考がないのだ。
「だって普通に怖いし、知ったら後戻りできないアレな仕事に担ぎ出されそうというか……これでも身の程、弁えてるので」
「身の程わきまえてる人間が、空き住居乗っ取って盗電までするんだ、へぇ。
補償分まであのひとに支払わせちゃってさぁ」
「向こうが勝手に払ったんだろう!!?」
「どのみち、あなたの顔写真も証拠も押さえたんだし。
これでしょっ引かれて宇宙へ送還されないことに、感謝もしないと?」
「それは――えぇ、まぁ。おっしゃる通りかもですね」
不動産屋が渋々帰ってから、治外エリアからこちらの部屋まで上げた。
「ということで、あなたのやらかしの証拠は私とあの人がそれぞれ握ってます。治外エリアの外をこそこそ動くにしても、そういうものがあったら、おちおち寝つけないんじゃなくて?」
「……あんた、俺を庇って何が目的だよ」
「うーんと、恩を売るとかじゃないんだけどねぇ。
あなたの考えてる通り、私も利益が見込めなければ、わざわざこんなことはしないんだよ。
あなた――ここの電子錠を無効化したでしょう?
いちおう住居に備わっているものな以上、それなりに面倒くさいプロセスだったはずだけど。
最初不動産の人が入ったとき、顔認証とほかいくつかのロックも込みだったでしょう?
複数の電子セキュリティをそれとなく突破できる腕前があるなら、もっとまともな仕事を捜せたんじゃないの、ITエンジニアなり」
「知ったふうなことを……恵まれたあんたのようなのからしたら、そうなんだろうね」
「――」
「俺にはほかにやりようなんてなかった!
社会のシステムに割り込めないから、治外エリアなんて脱法に頼らなきゃならないし、向こうの連中なんてみんなテロリスト予備群呼ばわりじゃないか、あんたら!
人が何のためにここに逃げ込んだかも知らないで」
「大方ダイソンバイオスから人身売買市場で流れ着いた難民だってんでしょう、あぁ知ってる知ってる」
「……なんで俺から話してないうちからそこまで読めるの?
そういうプロファイリングでもしてる?」
そりゃ梛木にはその気になれば全部視えてしまうんだから、仕方ないだろう。
一世紀近く前から、木星圏アステロイドベルトには、ダイソンバイオスと呼ばれる人工天体とそれに連なる居住域がある。
「あんた、メンタル鋼かなにかか?」
「か弱い乙女になんてこと言うのさ。
大体うちだって、生まれ育ちからしてあんたとそう変わんないんだからね」
それまで刺々しい態度だったのが、少年は急に拍子抜けた。
「え……けど、あんた。
なんかこう、金持ちの娘じゃん!?」
「見てくれなんて知らないよ。
あんたには同情しないでないけど、どれ、なら女の子の前で、これ以上見苦しい言い訳を重ねてみる?」
「――、悪かったよ……俺の負けでいい」
少年は、自分の品性のなさを恥じる程度の良識はあるようだ。
「ところでさ、どうして俺、秒で捕まったのか、まるで納得いかないんだが」
「あんたがそれなり、誠意を見せてくれたら……いつかは、教えてあげなくもないかな」
「どういう――?」
元から異能について、ひけらかす趣味はないし、今話したところで、彼は信じようともしないだろう。私から見ようとするまでもなく、異能が結果を自動で教えてくれる。
時折否応なしに起きる、そういう制御不能なのが嫌なのだけど……お、そろそろ水瀬さん、部屋に戻ってきてくれるのか、それはちょっとうれしいな。
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